第四章 魔王様への願い

第27話 今、何位?


「さて、私、一度役所に行ってきます」


「あら、マサヒデ様、なにか役所にご用事が?」


「ええ。ここしばらく、この町で平和に暮らしてますから、今、自分が勇者祭でどのくらいの順位なのか、確認したいんです」


「ふーん・・・確認して、どうするの?」


「あまりに順位が低いようだったら、ちょっと相手を探しませんと」


 え、と皆が驚く。

 慌ててカオルがマサヒデを止める。


「ご主人様、今はトモヤ様も抜けてしまわれて、1人ではありませんか」


「そうですが」


「相手が多かったらどうなさるのですか。

 勇者祭の勝負は、1対1ではないのですよ」


「まあ、順位が低かったらですよ」


「では、順位が低ければ、お一人で参られるのですか?」


「そうです」


「ご主人様、いくらなんでも、無謀でございますよ。

 1人では少々腕が立つという程度でも、複数人ではいくらなんでも」


「マサヒデさん、私もそう思いますよ。

 訓練場で何度か1対複数の訓練をしていますが、とても・・・」


「役所に行くだけなら平気ですよ。

 そのまま相手を探しに行ったりはしませんから」


 きり! とカオルの顔が引き締まった。


「・・・私も付いて参ります。

 ここ最近の温い暮らしに慣れすぎておりました。

 既に、ご主人様はその力を世界中に示されました。

 とびきり高得点の参加者になっておられるはずです。

 ご主人様が1人で出歩くとなれば、良い的です」


「心配しすぎですよ。しょっちゅう1人で出てるんですし。

 こないだも、森の前で闇討ち組に襲われましたが、ほら、平気ですから」


 心配性な・・・と、のんきな顔をするマサヒデと対称的に、カオルは厳しい顔で皆の方を向く。


「皆様、私の見方、間違っておりますでしょうか」


「私はカオルさんに賛成しますね」


「私もです」


「私もそう思います」


「私もカオルに賛成。一緒に行くよ」


 のしっとシズクが起き上がる。

 いつものにやにやした顔ではない。


「ちょっと・・・皆さん、心配しすぎですよ・・・」


「だめです。マサヒデ様、1人で行くと言うのなら、閉じ込めてしまいますよ」


 ぴしり! とマツが厳しい顔で止める。


「う、ううむ、分かりました・・・じゃあ、3人で行きましょう」



----------



 役所へ向かう道。


 メイド姿でしずしずと歩きながら、ぎらぎらと鋭い目線を周りに配るカオル。

 いつものへらへらした顔が消え、獣のような殺気を振りまくシズク。


(これは参った)


 2人共、物騒で仕方がない。

 虫が飛んできただけで「死霊術師か!」なんて大暴れしそうだ。

 シズクの顔をみて、ひい、と逃げ出した町人は何人目だろう・・・


「ちょっと二人共、顔が怖すぎます。町の人達が驚いてるじゃないですか」


「ご主人様、これくらいでちょうど良いかと」


「そうだよ。いくらマサちゃんが強いっても、闇討ちとかいたら大変じゃないか」


「大丈夫ですよ。レイシクランの方もいらっしゃいますし」


「え」


 いたのか?

 カオルには感じられなかったが・・・

 シズクも「え?」という顔をしている。


「ちょっと! 気付いてなかったんですか? 全く・・・」


 ふう、とマサヒデはため息をつく。


「いつもついてきてくれてますよ。

 二人共、普段はレイシクランの方の気配、察してるじゃないですか。

 気を張りすぎてるから、そうなるんですよ・・・」


「・・・」


「適度な緊張は良いですけど、しすぎは良くないですよ。

 目ばかりに気がいってます。少し肩の力を抜いて、良く探ってみて下さい。

 いつも、お二人の方が、私より早く察してるじゃないですか」


「む・・・」


 落ち着いてみれば、確かにいる。

 屋台の酔っ払い。前から歩いてくる町人。

 長椅子に座っている冒険者・・・

 皆、独特の雰囲気がうっすら感じられる。レイシクランの忍だ。


「いる・・・いるね」


「だから言ったでしょう? 役所に行くだけなら、平気だって」


「なぜ仰って下さらなかったのです」


「そうだよ。言ってくれればいいのに」


「皆さん、クレールさんの命令で来てるんじゃないんですよ。

 クレールさんの前じゃ言えないでしょう。

 勝手に配置を動いたら、怒られちゃいますから」


「え? それは」


「じゃあ、命令無視して来てるの?」


「家にはちゃんと見張りの方はいますし、休みの人達じゃないですか?

 出かける時は、わざわざ、こうやってついて来てくれてるんですよ。

 最初に気付いた時は、クレールさんの命令かと思ってましたが」


「・・・」


「休みなのに、来てくれてるってこと?」


「そういう事です。きっと、私だけじゃなくて、皆さんが出掛ける時もですよ。

 さすがに、カオルさんには付いてはないかもしれませんが。

 レイシクランの皆様には、本当に、いつもお世話になってます」


 カオルもシズクも、急に力が抜けてしまった。

 出歩く時は、いつもレイシクランの忍が、こっそり護衛についていたのだ。


「なんだあ・・・そりゃ確かに安全だわ」


「まあ、1人で相手を探しにってのは、無謀だったと反省してますよ。

 先日、闇討ち組を返り討ちにしたことで、ちょっと調子に乗ってましたね。

 正確にいうと降参されちゃったんですが・・・申し訳ありませんでした」


「出過ぎた事を・・・ご主人様、こちらこそ、申し訳ありませんでした・・・」


 カオルがしゅんとしてしまった。


「クレールさんに言っちゃいけませんよ? 皆様が怒られてしまいます。

 休み返上だなんて、本当はいけないんですから・・・」


「おう、兄ちゃんたち! 大丈夫だよ! 外に出るの、楽しいだろ!」


 屋台の酔っ払いが、マサヒデ達に声を掛けた。


「いつもありがとうございます」


 ぺこ、とマサヒデが酔っ払いに扮した忍に、軽く頭を下げた。

 カオルもシズクも、続いて頭を下げた。

 忍は「ははは!」と下品な笑いを出して、くい、とお猪口を傾ける。



----------



 役所はいつも通り混んでいる。

 いつもと言っても、マサヒデがこの町の役所に来るのは初めてだ。


 以前、シズクに話を聞いたが、こんなに混んでいるとは・・・

 椅子も一杯だ。

 シズクはうんざりした顔で、壁に背をもたれかける。


「へぁ~・・・やっぱ混んでるねえ・・・」


「順番札をもらってきます」


 カオルが人混みをするすると通り抜けていく。

 こういう時に忍がいると便利だ。

 受付の上の壁には「待ち時間:約1時間」と出ている。


「あーあ、1時間か。これ、絶対1時間じゃないよ。前に届け出を出しに来た時も1時間て書いてあったけどさ、2時間くらいかかったよ。その後、手続きとかでもーう面倒くさいのなんの!」


 村役場では、扉を開ければ「こんにちは、若様!」で、待つ事などなかった。

 手続きも、名前をさらっと書いて終わりだった。

 人も数人いる程度だったが・・・


「ご主人様、順位だけなら、すぐ分かるそうですよ。こちらにお名前を」


「あ、そうなんですか。ちょっとうんざりしてきた所です。良かった」


 渡された紙にさらさらと名前を書く。


「では、お待ちを」


 カオルがするすると人混みを抜けていく。


「なんだ、すぐ分かるのか。良かったじゃん。何位くらいなのかな?」


「さあ・・・そういえば、どの位の組が参加しているかってのも分かりませんね」


「そうだよね。何組くらいいるのかな?」


「人の国、全部から参加するんですから・・・それは多いでしょうね」


 するすると人混みを抜けて、カオルが戻って来る。

 にこにこしながら、先程の紙をマサヒデに差し出す。


「ご主人様! すごい順位ですよ!」


 87210位。

 これはすごい順位なのか? 数字が大きすぎて分からない。


「・・・これ、すごいんですか?」


「それはもう! さすがご主人様です!」


 カオルは目を輝かせているが、シズクも良く分からない顔をしている。


「100人中で言ったら、どの位ですかね?」


「そうですね・・・95から90、くらいではないでしょうか」


「95から、90・・・ですか?」


 それはすごいのか?

 下から数えた方が早いではないか。


「カオルさん。すごく下に思えるのですが」


「ご主人様、毎日何百という組が減るのですよ?」


「まあ、そうですが」


「では、何もせずとも1日に何百位と上がっていくわけです」


「ええ」


「魔の国から遥かに遠く離れたこの地で、この順位はすごいですよ!

 魔王様の所へ歩いて行くだけで、1位になれてしまいますよ!」


「ううむ・・・?」


「よろしいですか。魔王様の城まで、急いで半年、ざっと180日とします」


「はい」


「で、日に100組が減るとします」


「はい」


「では、全く戦わずとも、魔王様の城に着く頃には、18000位上がりますね」


「ふむ」


「しかし、実際は毎日何百という組が減ります。日に100組の計算は少ないです。

 分かりやすく増やして、日に500組が減るとしましょう」


「はい」


「すると、180日で90000位上がります。

 つまり、魔王様の城に着く頃には・・・」


「えっと、今87210位・・・ということは・・・とっくに1位!?」


「ええ!? 嘘だろ!?」


 数字を書かれた紙を覗き込んでいたシズクも、仰天して仰け反る。


「まあ、少なくなればなるほど、減る数も少なくなりますから、この計算はおかしいのですが、この地でこの順位はすごいですよ! 道々、適当に戦っていくだけで、どんどん上がっていきますよ! 1位も夢じゃありませんよ!」


「・・・すげえな、マサちゃん・・・」


 顔を上気させ、大興奮のカオル。

 唖然とした顔で、順位の書かれた紙を見つめるシズク。

 1位・・・?

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