エピローグ

エピローグ

 目が覚めると、フィリエルを腕に抱き込んだリオンが、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。


 リオンの胸にそっと頬を寄せ、フィリエルは昨夜のことを思い出す。

 たくさんキスして、たくさん話して、いつの間にか眠っていた。

 リオンはたぶん、自分の感情を手探りで少しずつ理解している最中で、今まで胸の奥に固めて放置していた他人への好意に向き合おうとしては戸惑っている。

 他人を信頼し心を傾け、そして裏切られることを怖がって頑なになったリオンの心の傷は、フィリエルが思っているよりずっと深いだろう。


 でも、昨日、彼は少しだけ吹っ切れたようにも見えた。

 少なくともフィリエルを好きだと言ったリオンは、以前よりも他人へ抱く好意を恐れなくなった気がする。

 フィリエルを、その心の内側に受け入れてくれたような気がするのだ。


(今日は、賓客の見送りとかでバタバタする予定だけど……まだ、いいわよね)


 起きるにはまだ少し早い。

 時間が許すギリギリまでリオンの腕の中でまどろんでいたい気分だった。

 目を閉じてうとうとしていると、頭が撫でられたような感触がして、フィリエルはぼんやり目を開ける。


「起こしたか?」


 見上げれば、リオンが優しく目を細めていた。


「一度起きて、のんびりしていただけなので、大丈夫です」


 あくびをかみ殺しながら答えると、頬がくすぐられて鼻先にキスが落ちる。


「おはよう、フィリエル」

「おはようございます、陛下」


 リオンの、どこか甘い雰囲気に照れていると、何度か頬にキスをした彼が唇を塞いできた。

 寝起きなのもあって、とろんとしながらキスを受け入れていると、どんどん口づけが深くなっていく。

 息が苦しくなって、酸素を求めて大きく口を開ければ、リオンが唇をくっつけたまま笑った。


「君は可愛いな」

「にゃ⁉」

「ふふ、また猫みたいな声になっている」


 フィリエルが口を押えて真っ赤になると、それはだめというように口から手が外された。

 そしてまた落ちてくる口づけに、フィリエルはおろおろしてしまう。


(なんか、なんか……、陛下が甘すぎる‼)


 猫だった時も甘やかされてはいたけれど、それとこれとは全然違う。

 もちろん、嫌ではない。嫌ではないのだが――急な変化に、心臓がバクバクしてしまう。

 リオンは戯れるようにたくさんキスを落としてから、ふと思い出したように少しだけ顔を離した。


「フィリエル、去年、俺が言ったことを覚えているか?」

「い、言った、こと?」


 たくさんのキス攻撃にいっぱいいっぱいになっていたフィリエルは、真っ赤な顔で首を傾げる。


「その、君を抱くことはないし愛人を抱えてもいいと、言っただろう?」


 言われて、フィリエルはあれかと思い出した。


 ――あなたとの間の子はいりません。ですので、この先俺があなたを抱くことはないでしょう。生活は保障しますから、どうぞご自由におすごしください。ただ、愛人を抱えるのは認めますが、子は作らないようにお願いします。俺の子だと思われると困るので。


 フィリエルが人をやめて猫になろうと決意した、あの時のことだろう。

 猫になってから現在までいろいろあって、すっかり遠い記憶のかなたに追いやられていた。

 頷くと、リオンはそっとフィリエルの頭を撫でながら、眉を下げる。


「ずっと言おうと思っていたんだが、その、なかなか言えなくて……。都合がいいことを言うようだが、あの時言った言葉は、撤回してもいいだろうか。俺は君を抱きたいし、君に愛人も抱えてほしくない」

「え、あ……、は、はい……」


 こくこくと頷きながら、フィリエルは自分の体温がぐわっと上昇していくのを感じた。

 リオンは時々、言葉がストレートすぎる。


 恥ずかしくなって、もぞもぞとリオンの胸に顔をうずめる。

 フィリエルの髪を梳くように撫でながら、リオンが続けて耳元でささやいた。


「ひどいことを言って、本当にすまなかった」

「いえ、あの……いいんです」


 以前も謝ってもらったし、リオンの事情もわかっている。

 だからまた謝る必要はないと思うのだが、どうしたのだろうと思っていると、リオンが「本当にいいのか?」と訊ねてきた。

 あの発言ならとっくに許しているのだからいいに決まっていると、リオンの胸に顔をうずめたまま首肯すると、リオンがホッと息を吐く。


「じゃあ、いいんだな」

「えっと、はい」


 リオンが頭のてっぺんにちゅっとキスを落とした。


「では……今は時間がないから、今夜、楽しみにしている」

「はい……ん?」

(あれ? 時間がない? 今夜?)


 会話がどこかかみ合っていないような気がして、フィリエルが顔を上げると、これ以上ないくらいの綺麗な微笑みを浮かべたリオンがいて、胸がきゅんとなった。

 リオンがすごくうれしそうな顔をしているのだがこれは一体どういうことだろうか――、と考えて、はたとする。


(ちょっと待って。今は時間がなくて今夜って……つまりそういうこと⁉)


 短く息を呑んで、フィリエルはリオンの腕の中で硬直した。

 いや、もちろん、フィリエルとリオンは夫婦だし、フィリエルとしても異論はないけれど、急に言われても心づもりというものがあって――


(せめて三日! 三日前に言ってほしかった!)


 いやでも三日前に言われたら三日間ドキドキしっぱなしだからむしろ今夜と宣言されてよかったのだろうかと、意味もわからないことをぐるぐる考える。

 どちらにせよ、今日一日は夜のことを想像して挙動不審になりそうだった。


(ヴェ、ヴェ、ヴェリア――‼)


 これは、ヴェリアに相談だ。誰かに話さないと落ち着かない。というか、今すでに「わーっ」と大声で叫んで走り回りたい気分だった。


「名残惜しいが、そろそろ起きないといけない時間だな」


 フィリエルと違って、冷静そうなリオンがまたちゅっとキスをして、そしてベッドから起き上がった。

 フィリエルも赤い顔のままベッドから抜け出してガウンを羽織ると、身支度を整えるために部屋出て行こうとする。

 そんなフィリエルに、ああ、と思い出したようにリオンが声をかけた。


「フィリエル。早いうちに、夫婦の部屋を整えよう。そうすればずっと一緒だ」


 すでにいっぱいいっぱいのところに、さらにそんな嬉しいことを言われて、フィリエルは「はい!」と上ずった声で返事をすると、急いで部屋から飛び出した。

 扉の前の兵士に挨拶をするのも忘れて、そのまま、勢いよく走り出す。


「ヴェリアー‼」


 獣医の部屋に飛び込むと、仕事がはじまる時間まで続き部屋の寝室でごろごろしていたヴェリアは「くだらないことで起こすんじゃないよ!」と怒りつつ、「よかったじゃないか」と苦笑した。


「ま、あたしはあんたが幸せならそれでいいさ」


 そう言って微笑んだヴェリアに感極まって抱き着いて鬱陶しいと怒られながら、フィリエルは、人生どう転ぶかわからないものだなと、およそ一年前の自分を思い出して、泣いて笑った。



                                  完



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お読みいただきありがとうございます!

これにて本作完結です!

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夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~ 狭山ひびき@広島本大賞ノミネート @mimi0604

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