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01-01
「やることないなぁ」
5月の最初、まだ1年生たちは垢抜けてもいなく2年生は大体のことが分かって放課後の使い方を覚えてるような季節。
俺たち、天文学部は1.2ヶ月に1回夜の学校から星を観察するというやること自体はただのお泊まり部と化した部活に入っていた。
何気に人気だったのか3年の先輩は朝まで話せる機会としてワイワイやっていたが4月の時点で部活は卒業。 あとは俺たち2年生だけになった。
1年の新入部員は0。 危機感を抱いてもいいと思うがこの部活自体、 顧問の趣味でしかないし俺たちも積極的に何かやろうとは思ってなかった。
「なぁすーさん」
「すーさん言うなたっくん」
すーさんとは一応部長の鈴木メイのことで彼女の中では新入部員が入らないことに危機感など一切なしに今日の暇つぶしを探していた。
「そんなダラダラしてないでいい加減新入部員探さないとまずいんじゃないか?」
「来るもの拒まず、去るもの追わず」
「去るものどころか来るものもねえじゃねぇか」
まったりとした部室には沈黙だけがあって俺もカバンに入ってた本を読み始めた。
10ページほど読んでるとガララと扉が開く音が聞こえてくる。
扉の方を見るとあからさまに不機嫌そうな相良が立っていた。
「どうしたの相良くん、 そんな不機嫌そうな顔して」
「聞いてくれ、鈴木、拓海くん」
どうせつまらないことだろうと思って相良の言葉を待つ。
「ハヤシライスとビーフストロガノフの違いがわからない」
やっぱりと言う顔で鈴木はスマホに顔を移した。
なんとなくほっとくのも可哀想だと思ったので答えてみる。
「同じじゃないのか?」
「いや、小学校の頃の給食の献立を思い出してそういえばハヤシライスの日とビーフストロガノフの日があったことを思い出した。
あの当時はカレーじゃないのかよと落胆したがどうやら今になって疑問となって頭から離れない」
本当にどうでもよかった。
興味はないわけではないけどそこまで必死になる程でもないなとすら思う。
「現代科学の結晶を使えば簡単だよ〜」
と鈴木がスマホをひらひらさせながら言う。
「ばっか! すーさん! そんなんだから俺たち若者はすぐスマホに頼ると現代技術についてこれない人間に馬鹿にされるんだよ!」
「すーさん言うな」
「と言うわけで俺はこれからハヤシライスとビーフストロガノフの違いについて調べる。
もし、外国人が来てどっちが美味いのかと聞かれた時に説明できるように。 ちなみにハヤシライスのほうが美味い気がする」
「そっか、頑張れよー」
と答えて視線を本に戻す。
憮然とした顔をした相良は図書室から持ってきたレシピ本(猿でも人間になれる! 最高のレシピ本 初級編)を読み始めた。
こういう部活だ。部活らしいことは月に1回であとはみんな集まりもしない。兼部してる奴のほうが圧倒的に多いし幽霊部員として在籍だけ持ってるのもいる。 それももちろん自由だった。
部室は化学室を分けられていて第2化学室は科学部、第1は俺たちのたまり場になっていた。 化学部の方は好奇心旺盛でよく化学コンテストなんかに出場しているらしいが俺たちはそのおこぼれに預かるように化学部(天文学班)という区切りにされている。 部会でも気にされていることなく、 「今学期の目標は新しい星を見つけます」と発表して鼻で笑われている。
「そういえば鈴木、 榎本がいい加減文化祭の出し物考えろだと」
「文化祭ね〜今年も展示じゃダメなのかな」
あいにくとゆるくやってるもので文化祭も力は入れていない。去年は天体の動きによる地球への影響をボードに貼ってあった。もちろん、誰も見には来なかった。
「ハヤシライスとビーフストロガノフの違い」
「天体要素がないなぁ」
相良が本から目を離さず言うと鈴木からはすぐに却下の声がかかった。
「なーにかないかなぁ。 でもぼーっとしてるくらいがちょうどいいんだよなぁ」
どうするか鈴木も考えているが本気で考えてはいない。俺だって鈴木と同じで平穏を望んでいる。
そんな話をしていたら扉の向こう側から足音が聞こえてくる。榎本が部室の様子でも見にきたのかと思ったが足音が違う気がした。
やがて扉の前でピタッと止まると遠慮がちなノックの音が響いた。
「誰だろうね」
「さぁ」
「はーい」
鈴木が扉のほうへ歩いて行き扉を開けると堂々とした様子の小柄な女子が立っていた。
「失礼します」と言って入ってきた女子を鈴木の背中越しに様子を窺う。緊張のせいか少し顔がこわばっているようにも見えた。それでも鋭い目をしてはいなく柔和そうで大人しめな印象を受けた。
「ここって天文部ですか?」
「そうだよ、正しくは化学部天文班だけど。 あなたは?」
「小鳥遊小鳩。 2年B組で……」
「あ、それじゃ同じ学年だ。 それでどしたの?」
鈴木の人当たりの良さに幾分か緊張が解けた彼女は鈴木にこう言った。
「入部したいの」
「入部……」
鈴木は少し戸惑ったようで。
「小鳥遊さん2年生だよね。 他に部活入ってなかったの」
「前はナレーター部にいて辞めちゃった」
「ナレーター部……辞めちゃった……」
鈴木は訳がわからないというような感じで反芻する。その様子に小鳥遊は戸惑っているようだった。
「えっと、小鳥遊さん。 この部って何か知ってるよね」
「うん」
そう短く答えると用意された原稿を読み上げるように話し出した。
「我々天文学部は宇宙の神秘を追い求め四季折々の星のロマンの元、この地球に生きる人たちへ伝えられる活動をし、新しい星を探しながら新しい活動を積極的に取り入れて行きます」
生真面目な口調で結局何をやるのかよくわからない文章は今学期の部活報告書に俺が書いたものだった。こんなもの読むやつなんかいるんだなぁ、と少し俺は感心した。こんな小さなサボり部まで読み込むやつなんかいるんだと。
「えっと、じゃあ小鳥遊さんはウチの活動に賛成してくれるんだ」
「うん。 そのつもり」
「どうするたっくん?」
「なんで俺に聞く」
「だって活動報告書いたのたっくんじゃん」
確かに鈴木が頭を悩ませていたからそれらしい文章を書いてそれらしく発表したのは俺だけど。いつも通りじゃ味気ないと思って新しい活動とか星を探すとか書いたけど「顧問と相談した結果、なにも成果はありませんでした」で終わらせるつもりだった。
鈴木の視線に俺は知らんぷりをするととうとう諦めたかのように鈴木は肩をすくめる。
「あのね、小鳥遊さん。 部に入るのはかまわないかけど、うちの部は人が少ないし大がかりなこともできない。 月1の顧問の趣味である天体観測が関の山」
「うん、でも、何か新しいことを始めるつもりなんでしょ?」
「えっと、それは」
嘘でした、なんてことはさすがの鈴木も言いにくそうだった。俺だってあの立場なら言いたくない。
「新しい活動って何か考えてるの?」
「まだなんにも」
「だったら、入部すると同時にひとつ提案したいことがあるの」
「提案?」
俺たち三人で小鳥遊を見る。
いよいよ悪い予感がして、俺は目の前にいる少女を観察した。
俺たち3人の視線にたじろぐこともなく、とっくに言うことは決まっていたといわんばかりの表情で、小鳥遊はいった。
「プラネタリウムをやらない?」
俺と鈴木は顔を合わせた。
「プラネタリウム?」
「そう、プラネタリウム」
俺はあの視線について考えた。
あれは熱意とか決意とかそういうものに近しいものだ。俺たちにとってはほど遠いもので気がつかなかった。
ナレーター部を退部して、ここでプラネタリウムをやる。 その理由は俺にはよくわからない。ただ、彼女にとっては大きな理由になるんだろうと伝わってきた。
かといって俺たちがそれに付き合う義理はない。
「小鳥遊」
俺がそう口を挟むと警戒したような目でこちらを見た。水を差された気持ちになったのかもしれない。それでも俺は言い続ける。
「入部するなら職員室によって榎本に入部届けをもらうといい。そのときに活動内容やら提案があればその後、榎本も交えてミーティングがあるだろう。プラネタリウムをやるのはその結果次第だろうな」
「たっくん、性格悪い」
窘められるように言われたが実際どうなんだろうな。何が悪いのかはわからないけど。
「ごめんね、小鳥遊さん。 私、部長の鈴木。 こっちは副部長の遠藤拓海くん。態度が悪いのは思春期のせいなんだ。 それでね、 プラネタリウムのことなんだけど、ちょっと難しいと思う」
「.....どうして?」
突然の成り行きについていけないのか、小鳥遊はにわかに気色ばんだ。鈴木は割りきったように平然とした顔をしている。
「だって、みんなやる気ないもの」
なんでもないことのように鈴木は言う。小鳥遊はあっけにとられたようにポカンと口を開けた。
鈴木のこういう悪びれないところは尊敬に値する。
小鳥遊はどういう期待をしているのかはしらないが天文部は基本的にろくに活動もしていない。 月に1度あればいいくらいの天体観測があるのは本当だ。それ以外は放課後の使い方をしらない俺たちが適当に集まってそれぞれ好き勝手なことをしているだけだ。
俺だって鈴木だってそこに文句はない。そうわかっているから榎本も幽霊部員たちをのさばらせているのだろう。俺だって精力的に力を使わず本を読んでいたい。部員全員、できればまじめな天体についての勉強なんてしたくないのかもしれない。毎日毎日ぐだぐだと生きて、総会の時くらいに「天文部は地球と宇宙の神秘を......」とでも言えれば満足なんだ。
他の天文部はまじめに天体を勉強してM90星雲に集まる星を探してると思うと申し訳ない気もするが、よそはよそ。俺たちには俺たちなりのスタイルがある。というほど大袈裟な話ではないのだろう。
もっともこんな有り様なのは俺たちだけの責任ではないのだろう。この部は入る前からこんな有り様だったらしい。言い替えれば「部の伝統を重んじ......」というやつなのかもしれない。蹴ったら遠くまで飛びそうな重さだとは思うが。
入部するならそういう部だとわかった上で入部しないと、あとになってお互い困るだけだ。
「やる気がない?」
こんどは小鳥遊が鸚鵡返しする番だった。
「そう、だからね、プラネタリウムなんて誰もやりたがらないんだ。 たっくんの言い方はまどろっこしいけどそういうこと。みんなで多数決を採ったところで賛成になるとは思えない。顧問はどうかしらないけど」
ここにきて、小鳥遊もようやくわかってきたようだ。
「つまりここは天文学部じゃなくて」
「そう、サボり部」
小鳥遊は眉をよせて悔しそうな顔をしたあと、背を向けて部室をあとにした。足音がどんどん遠くなる。鈴木はそれが聞こえなくなるまで入り口を見ていた。やがて、小さなため息をついてからつかれた顔で笑った。
「ちょっと悪いことしたかな」
「事実だし、しかたないだろうな」
たしかに少し気の毒だったかもしれない、とは思う。だからと言って力になりたいと思えるほど殊勝な人間でもない。妙な期待を持たせるくらいなら最初から断った方が楽だし、期待に応えようとするのは疲れる。
「なぁ」
「なに?」
鈴木は気分を新しくしたかのように軽快に答える。
「新入部員集めなきゃならなかったんじゃないか?」
「あー......」
鈴木はまた困ったように笑った。
相良はこっちには興味がないとばかりにレシピ本を読んでいた。
青い傘 @takaryan060530
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