氷の王権
尾崎滋流(おざきしぐる)
氷の王権
トビオが旧市街で連絡を絶ってからもう七日が経った。
テラスの外でスコールが地上へと叩きつけられ、手摺に預けたタキシードの袖を濡らす。
湿ったジタンを捨てて新しい一本に火をつけると、ミシェルが羽虫のようにテラスに寄って来た。
「忌々しい雨だな。こればかりは慣れんよ」
視線でシガレットケースを指す白髪の男に、一本くれてやる。
「おっと、お披露目の成功おめでとう。成功でいいんだよな?」
「どうでもいいさ、これは個人的な事業だからな」
にこりともせずに答える。余裕の無さは、ミシェルにも伝わってしまうだろう。
蒸すような暑さのせいだと思ってくれるといいが。
「今日は一緒じゃないのか? あの可愛い使用人は」
「トビオは使用人じゃない」
「ふん、そうだったな。今日はお使いか?」
グレーのスーツの男は、嘲りの表情を隠すつもりもない。
答えずに室内へ目をやると、二階のホールは着飾ってシャンパンのグラスを手にした白人たちとマレー人たちで満杯になろうとしていた。
色とりどりの頭部の間から、奥の壁面に掛けられたカラヴァッジョが垣間見えると、改めて敬虔な思いに打たれ、ひととき焦燥を忘れた。
凍てつくナポリから運び出された『キリストの笞打ち』。
それがこのボルネオ島に飾られるまでの日々を思い、深いため息をつく。
トビオがここにいればいいのに。
「聞いてるのか? おい、トマ!」
ミシェルの声と激しい雨音が蘇り、束の間の安息が乱される。
厚い雲の下に広がる熱帯の木々が匂い立ち、コロニアル様式の屋敷とカラヴァッジョを包み込む。防湿処理がうまくいっているといいが。
「うるさいな、聞いているよ。大きな声を出すな」
「上の空でも話を聞けるっていうのも、〈
そこで室内からの一団が、二人の間に割って入った。
「ムッシュー・エスコフィエ! 我らがトマ・エスコフィエ! 貴殿の偉大なる業績に乾杯を!」
暑さに耐えて正装した白人たちの一団が、手に手にグラスを掲げて祝いと感謝を並べ立てるので、ようやく笑顔を浮かべて頷きを返す。
「いやまったく、私たちの文化に対する、貴方の貢献は計り知れないものだ。貴方が救い出されたあの一枚の価値は、何物にも代えがたい──」
「生き返る心地がいたします。これまでの苦労が報われたような──」
「私にも乾杯させてください、我らが〈子どもたち〉!」
欧州各地から落ち延びて来た人々の喝采は、多少の慰めにはなった。
どんなに唾棄すべき者たちであろうと、この赤道地帯における大切な同胞には変わりない。
「とんでもないことです。これはただ──ただ私自身の心が命じたことですので」
これは取り繕う必要もない真実だった。ミシェルの浮かべる表情が忌々しいが、見えないふりをする。
喝采の波をやり過ごした後で、おもむろにミシェルが顔を寄せ、本題を切り出した。
「まずいことになった。クチンの司教が住民側につく」
「ばかな、話はついてたはずだ」
「手のひらを返しやがったよ。これでデルタ地帯の引き渡しはまた振り出しに戻る」
「くそっ、一体いくらつぎこんだと──」
舌打ちして髪を掻きむしると、白髪の男の物言いたげな視線とぶつかった。
「トマ、お前やっぱり冷静じゃないぞ。何かあったのか?」
何かだと?
ふざけるな、トビオと連絡が取れないんだ。
物心ついた頃から──そう、あの頃、たった一世代で中高緯度地帯の全てが雪と氷に包まれた黙示録の時代からだ──ぼくとトビオは一緒にいた。
資産家だった父のお気に入りがトビオの父親で、父の出資でトビオはぼくと同じ寄宿学校に通った。
日本から来たトビオは「ヤポネ」と呼ばれてからかわれたが、どういうわけか常に毅然としていて、決して卑下するところがなかった。
同級生の数人と諍いになり、顔を何発か殴られた後、トビオは平然と彼らを眺めて、
「それで終わりかい?」
とだけ吐き捨てた。
ぼくが駆けつけて場を収めたのはちょうどその時だったが、その時のトビオの、気高さと軽蔑に冷たく光る目を忘れることはできない。
ぼくらが学校を出る前に、父は他の多くの人々と同様に疫病で死んだが、トビオとその家族の面倒は遺産を引き継いだぼくが見続けた。
一年のほとんどが冬になった頃、ぼくとトビオは社交界にデビューした。
吹雪に覆われ尽くす寸前の、綺羅星のようなパリやミラノやモナコのダンスホールで、トビオのエキゾティックな黒髪と黒い瞳に魅了されない者がいただろうか?
そのしなやかな身のこなしと、アルカイックな微笑みに?
その頃のぼくとトビオは、それこそ向かうところ敵なしだった。ワインと宝石。美術館を借り切ったパーティー。毛皮のコートを着て屋根のないアルファロメオに乗り込み、フォリ・インペリアリを飛ばしながら撒き散らす花束。
都市を暖める燃料が本格的に不足し、異教の神々に護られるかのように陽光を浴び続ける赤道付近への大移住が始まると、五百年に渡る南北の序列があっさりと崩壊した。文明の中心は南下し、ぶつかり合った人々は獣性に身を任せ、理性の遺産は氷河に呑み込まれた。
シャンゼリゼも、リング・シュトラーゼも、そして父母なるアクロポリスとフォロ・ロマーノも、夢見るように雪と氷に覆われ、自ら産み出した汚辱を恥じるように永遠の冬に閉じこもった。彼らの子らによる、新たな略奪を見ずに済むように。
歯を鳴らす寒さから逃れる混乱の年月はしかし、ぼくのような目端の利く人間には肥沃な恵みをもたらす。混乱のあるところには偏りがあり、偏りは利潤を産む。
ぼくとトビオはありとあらゆる不足品を買い漁り、必要なところに売った。富は都市と宮殿から流れ出し、そこらじゅうに渦巻いていた。南へ向けて流れる濁流を、ぼくらはイトスギの板に乗って滑走していた。
トビオは黒い瞳に蝋燭の光を映しながら訊ねる。アーモンド色の肌。
──どんな気分だい、トマ? きみたちの文明が滅びるのを見るのは。
──ぼくの文明じゃないさ。ぼくらは、新しい時代の人間だ。
──それが〈子どもたち〉ってわけ?
──よせよ、お前まで。
地中海以北とオーストラリア以南にほぼ人が住めなくなり、残された地域の国境線が溶解してしばらく経つと、争いに倦んだ人類はおかしなことを囁き始めた。
急速な気候の変化によって、人類に新しい認識が啓かれると。
旧い人類を越えた、平和をもたらす、新しい〈
──くだらん迷信さ。未来が見えるだの、言葉がなくても通じ合えるだの──世の中が乱れるといつもそういうのが出てくる。
その時のトビオの表情を思い出す。まっすぐにぼくを見ている、その二つの黒い目。
──そうかもしれないが……きみが特別なのは確かだと思うよ。
食料、燃料、衣服、酒と煙草と阿片──ブギスの海賊さながらにインド洋と太平洋を往復しながら、やがてぼくらは新たな事業を始めた。入植地の開拓だ。
カトリック教徒の多いボルネオ島北部地域に、ラテン諸国から脱出した人々の安住の地を創るのだ。
すでにあまりにも多くの血と死骸を見てきたので、ぼくは平和裏にことを進めたかった。
森を、畑を、海を言い値で買い取り、殉教者のように涙を浮かべて人の道を説いた。トビオとぼくの言葉に、熱帯に住む人々は徐々に心を開いていった。
同胞たちはますますぼくを称賛し、新たな力を得た人類だと褒め称えた。故郷を失った人々の救い主、現代のノア、地球の意思が産み出した子どもたち──
太平洋上に逃れた投資家たちの注目も集まり、ぼくはフロンティアの小さな英雄になりつつあった。
トビオの姿を探すように、雨に打たれる鬱蒼とした森を見つめる。森と屋敷の間では、舗装された道路に無数の針が弾け、剥き出しの地面は黄土色の河となって流れている。
トビオが一人で旧市街に出向いたのは、地元のならず者たちと話をつけるためだった。地域に根を張る結社に様々な便宜をはかり、ついにその元締に渡りをつけたのだ。
──ぼくが一人で行くべきだ。彼らは秘密主義だし、時間をかけて築いた信頼を重視する……おいトマ、そんなにぼくが信用できないか?
耳を貸したのが間違いだった。あの時一緒に出向いていれば。
話を聞いたミシェルは、ゆっくりと煙を吐き出して唸った。
「なるほど奴らのところにな……しかし今回の司教の件、それと何か関係があるかもしれん」
「どういうことだ」
「教会の連中が話していたんだ。路地裏の犬どもが、本当の〈子どもたち〉を見つけたらしいと。いつもの世迷言だろうと、その時は気にも留めていなかったが──」
グレーのスーツの男が珍しく言葉を濁し、不快げにネクタイを緩めた。
「ここの住民たちは、何かを見つけたのかもしれん。俺たちよりも信用できる何かを」
嫌な予感がした。
ぼくらが信用されないのは仕方がない。しかし、十字架と金塊よりも信じられるものがあるとしたら?
「ミシェル、ならず者どもの根城を調べられるか」
「おいおい、お前の使用人が調べたことを俺がまた調べるのか?」
白髪のとぼけ顔をじろりと睨む。
「お前が裏で華人に根を張ってるのは知ってるんだよ。探れば何か出てくるはずだ」
「ふふん、ずいぶんケツに火がついてるようじゃないか。使用人のために俺に借りを作る気か?」
「トビオは使用人じゃない。それに、路地裏で何が起こってるのか、どうやら急いで確かめた方が良さそうじゃないか?」
「まあ……それには同感だ。いいだろう、少し待て」
ミシェルは煙草を捨て、室内の人混みに消えていった。
雨に濡れるのもかまわず手摺に背を預け、部屋の奥のカラヴァッジョを見つめる。
眩い光に照らされる人物たちの背後に、バロックの漆黒の闇が深く深く横たわっている。
暮れかけた空が、サラワクの濁った川面に紫と橙の光を落としている。
白く浮かび上がるアスタナ宮殿──ブルネイのラジャのためにダヤク族を鎮圧した英国人の居城だ──を対岸に眺めながら、川沿いを旧市街へ向けて歩く。
傾いた陽の光はいまだに強く、街を包む重苦しい湿気を熱していた。
この街は百年の間、マレーの王が英国人に与えた王都だった。三代にわたる「白人王」の治世に、多くの華人とタミル人がこの地に住み着いた。
それからもう二百年が経って、今度は故郷を追われた西欧人がここに住もうとしているわけだ。
ここに来るまでに見た場所を思い出す。
サハラで渇きに喘ぐ人々。アラブと南アジアの争乱。華人で溢れるインドシナ。縦に縮減するアメリカ大陸。
何が起こるのを見ても、トビオは絶望したようには見えなかった。
トビオの瞳に宿る冷たい軽蔑の光は寄宿学校の頃から変わらず、まるで最初から、理性などという近代の産物は信じていないとでも言いたげだった。
住民たちの視線を感じながら、
トビオはどこにでも溶け込むことができた。
相手の警戒を解く不思議な力がトビオにはあり、それに助けられたことは何度もあった。
決して下手に出ることもなく、無防備に己を晒すこともない黒髪の東洋人は、なぜか超然としながらも人々の中に入り込み、尊敬を勝ち取ることができるのだった。
──簡単なことさ。ぼくは恐怖というものをよく知っている。
少しだけ得意げに、トビオはぼくを見たものだ。
──強い者も弱い者も、ひとしく恐怖に支配されている。少しだけ、そこから解放してあげればいいんだ。
もうずいぶん長い間、トビオに会っていないように思える。
陰に沈んだ狭い道を進みながら、自分がマラヤの懐に入っていくのを感じる。
幾重もの層をなす、人種と民族と文化の襞をかき分けていく。
ミシェルに知らされた場所は、一見するとパダン料理の店でしかなかった。とりどりの肉と野菜を並べたショーケースの奥に男が一人立っている。
「トビオはここにいるのか?」
男は意外そうに目を丸めた後、横手にある階段を指し示した。表情が読めないが、笑っているようにも思えた。
ショップハウスの上階へ向かう階段は狭く、明かりもない。
冷房の唸り──そう、冷房だ!──だけが壁の奥から響いてくる。
軋む階段を一段ずつ昇るうちに、トビオがすでに死んでいるのではないかという思いが胸を掠めた。狭い階段には昼間の熱が籠もり、汗が額から頸へと流れ落ちる。
この暑さはどうだ? 地球の半分以上が氷に包まれたというのに、ここではこんなにもだらしない暑さが保たれている。早く何もかもにかたをつけて、トビオと共に欧州に戻りたい。氷河となったイタリアを縦断し、あらゆる遺跡が今こそ変わらぬ顔を見せているのを確かめよう。まるで、ヴェスビオの噴火より後のすべては幻にすぎなかったかのように。ぼくらのグランド・ツアーだ。
死骸となったトビオの虚ろな微笑みが暗闇に横たわる。階段の軋みが鼓膜をいたぶり、手摺を握る手が震える。
三階にある扉は鉄でできていて、把手を引くとその重さが全身に響いた。
漏れ出る冷気を潜り抜け、さらなる暗闇へと踏み込む。
「誰だ、お前?」
訛りの強い英語が聞こえた。
「おい、こいつエスコフィエだよ」
「それってあの──ああ、やっぱり──」
「こんなところで何してんだ?──はっ、なるほどね──いや、本当に?」
嘲笑を含んだ低い声が、暗闇のそこここから投げかけられた。
少し遅れて、それが複数の言語であったことに気づく。知らない言葉だ。
いくつもの人影が、闇の中からこちらを見ているのを感じる。
「トビオはどこだ」
忍び笑いが、さざ波のように広がった。
「こいつ、何をこんなにビビってるんだ?──ああ……そういうこと」
知らないはずの言語で嘲られ、屈辱に歯を食いしばる。
その時、誰かが右側でブラインドを開け、沈みかけた陽の光が闇に差し込んだ。
光はまっすぐに部屋を横切り、佇んでこちらを見るトビオが正面に浮かび上がった。
「トビオ──」
思わず名を呼んだ瞬間、後頭部に強い衝撃を受け、意識が途切れる。
目覚めると、ふたたび闇。
細い、ひとすじの光だけがカーテンの隙間から射し込んでいる。
固い木の椅子に座らされ、頭部から首筋にかけて強い痛みがある。
ロープのようなもので椅子に縛り付けられ、身動きができない。
「くそっ、なんだこれは……トビオ!?」
痛みと混乱で考えがまとまらない。
暗闇を見回すと、正面に何かが動いたような気がして、じっと目を凝らした。
やがて、かすかな光のもとに、こちらを食い入るように見つめている顔が浮かび上がった。
金髪の、若い白人の男。
その姿はやつれ、疲労と渇望に蝕まれている。
ぼく自身の姿だ。
そこにあるのは正面にガラスを嵌め込んだ、分厚い鉄の大きな箱だった。
縦長の箱の上部は半円型で、細い鉄骨の装飾が放射状に広がっている。
その、がらんどうの中身を透かすガラスに、椅子に縛り付けられたぼくが映っていた。
「どんな風に見える?」
トビオは闇の中ですぐ傍に座っていて、ぼくと箱の両方を見ていた。
他の若者たちも、部屋の中に散らばって立っているのがわかる。
「こいつらは……お前の、仲間なのか」
七日ぶりの会話。
この七日間のうちに、全てがかつてとは変わってしまっていることを、ぼくはすでに理解していた。
「そうだよ」
「マレー人か? いや、違うな……先住民か」
「いろいろさ。それに……そもそもきみは、マレー人というのが何を意味するか知るまい」
トビオの冷ややかな視線が、今はぼくに向けられているのがわかった。
「何を考えている。何をするつもりなんだ」
「話が早くて助かるよ。ただ、別に特別なことをするつもりはない。きみがしようとしていたことを、ぼくなりにやってみようというだけさ」
「『ぼくたち』がしようとしていたこと、じゃなかったのか」
この部屋で会ってから初めて、トビオが驚いたように目を開いた。
「きみは本当にロマンティックな人間だよ」
暗闇のあちこちから、くすくすと忍び笑いが聞こえた。
ちくしょう、お前らに何がわかる。
ほうぼうから声が聞こえた。
「お前が地ならしした後を、私らが引き継いでやるんだよ」
「ご苦労様ってこと」
「あとはトビオに任せな」
ぼくとトビオが譲り受けた土地、迎え入れた人々、構築した現地人とのネットワーク──そういったものの全てを、乗っ取ろうというのか。
「そういうことだよ、トマ」
トビオが静かに告げた。
周囲の者たちも、まるで全て承知しているというように押し黙った。
「お前らが、〈
ふたたび、忍び笑い。
トビオがおかしそうに答える。
「そういうことにしておくよ。ぼくらは地球が生んだ子ども。気候が変わるほどの苦しみがひり出した私生児だ。みんな、ぼくらに導いてほしがるかもしれないな」
「ふん、ご立派だな。国でも作るつもりか?」
「そうだね。ぼくらは新しい国を作るよ」
皮肉や冗談ではないことがわかった。
「何を言ってるんだ。いまどき新しい国なんて作れると思ってるのか?」
「まあ、それはそうだよ。国というのは言葉の綾かな。ぼくらは、そう、新しい
「ぼくらだって、時には誰かから奪うかもしれない。でもそれは略奪でも搾取でもない、正統なものだ。それを証明するのが主権だよ。そして、それを打ち立てるためにきみが必要なんだ」
「ぼくが?」
「そう、わざわざ来てくれて助かったよ。きみのための祭壇を用意した、この部屋までね」
ぎくりとして、正面の箱を見る。
ガラスに映るぼく。ひどい顔だ。
「トマ、きみには死んでもらう」
トビオはひどく優しい声で言った。
「──ぼくが、お前らの偶像になるのか」
暗闇に聳え立つ、鉄とガラスの大きな箱。がらんどうの中身もまた暗黒だ。カラヴァッジョの、バロックの黒。
「きみは本当に察しがいい……そう、君は人々のため、新しい平和のために死んで、象徴になる。君の身体は、この箱の中で氷漬けになるんだ」
その言葉を聞く前に、ぼくはすでに理解していた。
生ける殉教者を収めた祭壇。
氷漬けになった、偉大なる理性と文明。
アジア大陸の、凍った小さな岬となったヨーロッパ。
死せる白人王の姿を、様々な色の肌と髪をもつ人々が、様々な色の瞳で見るだろう。
奇跡を起こした聖人の遺物ように、ぼくの身体は理念となって人々を統べるだろう。
「ローマ」
口をついて出た言葉に、トビオの表情が変わるのがわかった。
「もう一度、お前とローマを見たかった」
トビオが立ち上がる。
細く射し込んだ光が、トビオの持つナイフに反射する。
「トマ。ずっと君を軽蔑していた。でも、ずっと愛していたよ」
トビオの声は優しい。
ぼくは初めてトビオに会った日のことを思い出していた。父親に隠れるようにしてこちらを見ていた黒髪の少年。
地中海を望む神殿に降りしきる雪と、磔刑の像を飾る無数の氷柱。
そして切先が胸に押し当てられ、ずっと待ち望んだ瞬間が訪れる。
氷の王権 尾崎滋流(おざきしぐる) @shiguruo
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