Primitive-3

 その感情は失恋の辛さではなく、屈辱だった。


「もう少し大人になってから、いらっしゃい」


 潜り込んでナンパをしていたクラブで、年上の女にそう煙に巻かれた。女はタバコの煙をあたしに吹き付けてきて、あたしの気持ちごと馬鹿にした。メンソールの香りが、あたしの心の隙間に静かにしまいこんでいた秘めた憧れを壊した。その時あたしは、前のめりの感情を自分で止められなくて、大き目のパーカーのフードを被って店を飛び出すことしかできなかった。これがただのナンパであれば笑い話のひとつで済むけれど、あたしはどうやら、その女に本気で恋をしていたらしい。肉欲ではなくて心を求めて――。


 ◇


 不愉快な目覚めだった。せっかくの休日を彼女の部屋ですごしているのに、どうしてこんな夢で目覚めなければならないのだろう。あたしはイラっとして、横で寝ている彼女の鼻をつまんでキスをする。寝ていた彼女は数秒後にベッドから飛び出すように起き上がる。あたしはそれにぶつからないよう避けながら彼女に「おはよう」と不機嫌さを隠さずに言うと、眠気が飛んだらしい彼女は驚いて「あ、うん、おはよう」と返した。まるで自分が何かをしでかしたかのような怯えた顔をして。


 それでいい。あたしはその顔を望んでいる。あんな女の事なんてどうでもいいのだ。今は彼女があたしの世界だ。彼女はなんでもしてくれる。命じれば喜んで、足を舐めるし、一晩中キスをするし、あたしが気絶するまで秘所を弄ってくれる。それも愛を籠めて。それに何の不満があろうか。

 

 いや、それが不満なのかもしれない。あんな夢を見るのは、彼女に対しての刺激が足りないのだ。あたしの欲求に原始的な感情を返してくれずに、従順な目をしてあたしの支配欲を掻き立てる姿勢に、まだ理性の残しているように感じるのだ。――あなたはこうすれば、満足なのでしょう――。彼女は自身の思考によって産み出した「あたしの快楽の頂点」に向かって媚びている。あたしはそれに満足して黙って受け取っていたのだろう。操っていたはずの人形に、いつの間にか彼女の詐術によって操られていたのか。あの女の「もう少し大人」という言葉を思い出す。単に年齢のことを言っているのではないのだろう。なんだかどんどんと怒りが湧いてくる。あの女に。彼女に。そして、自分自身に。


 あたしはこれまでのような命令の仕方を辞めた。いつの間にか奪われていた制御権を奪還すべく、もう一度、彼女を躾けることにする。あの女へ。いや、あの女にして欲しかったことを。


「あたしの心を勝手に想像しないで」


 彼女はきょとんとした顔をした。あたしは今すぐ理解しろとばかりに頬を叩く、彼女の頭が壁にぶつかる。彼女は驚いた顔をしてあたしを見る。あたしは何も言わずに反対側を叩く。今度はベッドから床に倒れそうになる。あたしはそれを腕で抑え込んで、自分に抱き寄せる。「お願い。何も考えないで」と囁く。彼女は賢い人で、「わかった」と言って目を閉じる。あたしはそのご褒美に彼女の左胸を思いっきり握る。彼女は険しい顔をするが、耐えようとする。


「だから、勝手に耐えないで」


 あたしがそう言うと、彼女から嗚咽が漏れる。あたしの考えていることが彼女の理性の枠からはみ出したのだろう。ようやく彼女の心を奪えた気がした。今度は優しく声をかける。


「ごめんね。あなたが好きだから。あたしはあなたが頭で考えるような愛は嫌いなの」

「うん。わかったよ」


 その顔を見て、ようやく心の奥底から欲望が滲み出てきた。あたしは彼女をパジャマと下着を破るように乱暴に脱がせて床に転がす。そして思う存分叩く。頬を胸を、尻を、心を。その手に愛の言葉を添えて力を通す。それが原始的な反応を引き出す最短ルートであることを知っているから。


 本当の鳴き声が聞こえてきた。――そう、それでいいの。あたしはあなたのその反応が欲しかったのだ。


「ごめんね。ここのところ、あたしがおかしかった」


 ようやくあたしの本当の愛を伝えることができたようで、彼女を涙を流しながらも笑ってくれる。


「うん。ありがとう。好きだよ」


 彼女の笑顔に救われる。あたしはこれで、あの女へのプリミティブな感情を捨てられそうだと思った。


 今日も良い一日になりそうだ。真っ赤に腫れた彼女の胸や尻を見て、あたしはようやく晴れやかな気持ちになれたのだった。


end.

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Primitive 犀川 よう @eowpihrfoiw

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