とつおいつ心化粧

御堂シロ

どうしよう

触らぬ神に祟りなし


では、神の方から接触してこようとする。この場合の最適解を求めよ。




あの頃の自分に手紙を出せるとしたら、間違いなく、私は、受験勉強でも何でもない、あの女のことを伝えるだろう。


「朱里〜!」


この声の持ち主を付け上がらせるなと。


……中学校生活を目前にして、初対面であろう女に抱きつかれた。


「幼児園一緒だったじゃんね、久しぶり!」


だがどうやら初対面ではなかったらしい。

ミーハー、それが玲奈に対する第一印象だった。


ここは路上。私は友人の恵美に誘われて人生初のカラオケを堪能する日……のはずだった。恵美の友人として来た女子は玲奈と名乗った。私と同じ幼児園に通っていたらしい。らしい、というのは自分に全く見覚えが無いからだ。幼児園の事だから忘れても仕方ないのかもしれない。

駄弁りながらも歩き、とうとう初カラオケだ。耳の熱が冷めるほど歌っていると、玲奈がトイレだと一時退席する。と、恵美から肩を叩かれる。


「ねえ、玲奈が私たちのことインスタに上げてるらしい」

「えっ写真?」

「いや、動画。盗撮されてるよ私たち。友達からスクショが送られてきた」


そう言う恵美のスマホを見ると、ストーリーに猫背気味の私と、歌っている恵美の動画が投稿されていた。盗撮。多少なりと大袈裟に感じつつも、他に言葉もないなと納得する。


「普通にダメじゃない? 消してって言う?」

「そうしよ。朱里は初対面だし私が言うね」

「ありがとう。そうしてくれると助かる」


非常識。あまりにも有害。

それが第二の印象だ。まぁ羽目を外すことだってある。何より彼女はまだ若いのだ(自分と同じ歳でもあるがそれはそれだ)。自分は寧ろ、普段起こり得ないこの非日常に若干の喜びを感じていた。

話もまとまるもそこそこに、おまたせ〜と玲奈が戻ってくる。早速恵美が口を開ける。


「玲奈、インスタに私たちの写真上げたって本当?」

「……なんで?」

「なんでって何」

「なんでそんなこと聞くの?」


この玲奈の返答は、私の脳(常識だったかもしれない)を塗り替えるのに充分だった。あっ動画上げちゃったごめーん、そんなふうにちょっとばかし軽くでも詫びを入れるだろうと思っていたからだ。何故なんで、なんて言葉が出てくるのだろうか。


「友達がラインで教えてくれたの」

「友達は疑わないの?」

「は?」


カラオケの冷房はキツいんだなぁと場違いにも感じた。冷房をつけるにしては些か早い時期な気もするが。私は腕をさすった。


「疑うも何も、インスタに上がってんじゃん。私確認したよ」

「ふーん、ごめんね」

「次からは許可とってよね」

「気をつけるわ」


この女、インスタの確認さえなけりゃ自分が被害者になるよう、演じるつもりだったのか!自分の身体にべっとりと付き纏う汗に、寒さは冷房だけじゃないことを知っていた。


張り詰めた空気のスリルは忘れられるものじゃなかった。この興奮は誰かに伝えねばと使命感に駆られ、帰宅後に早速母親に報告することにした。


「お母さん、玲奈って子幼児園にいた?」

「……ああ、玲奈ちゃんね。あの子別に朱里とは何もなさそうだったけど…」

「だよね! なんか、なんかすごかった」

「なに、あの子と会ったの?親がちょっとね…DQNっぽかったのよ、覚えてるわ」


DQN。親が子供に使って良い言葉なのだろうかと思案したが、好奇心には抗えない。


「なにそれ」

「入園式にパーカーとジーパンで来てたのよ、あの子の親」

「やば。典型的なヤンチャしてるやつじゃん」


昔に夜のコンビニで見せつけられたプリン頭の女とチェーンをつけた男の下品なイチャつきを思い出した。私の中のDQNの代表格だ。


「朱里と仲が良かった訳じゃないと思うけど…ま、中学は同じだと思うから気をつけなさいよ」

「えぇー! 嫌なんだけど」


ケラケラ笑っても、口内は粘ついた唾液でいっぱいになる。外からするパトカーだか救急車だかのサイレンをどこか他人事に聞いていた。


***


がしかし、時は巡るものである。来呑中学校。それは私、松田朱里が今日この日を以て通うことになる中学校だ。そんな中、私の所属する第67代学年で暗黙の伝説が始まる。


「来呑嫌われ四天王」


これを聞く者は哀れだと憐憫の目を向けるか、なんだそれはと好奇の目を向けるかの二択だった。


これは、後に玲奈が四天王の一角を担うと知る私のバカバカしい愚痴である。


***


2回目の邂逅は意外にもすぐだった。

総合の時間にクラスの壁を越えて決められた班に玲奈がいたのだ。すっかり件のことを忘れていた私は、玲奈を歓迎してしまった。


内容は修学旅行の行先を自分たちで決めて発表し合い、そこで勝ち残ったエリアが本当に三年生の時に修学旅行に行く場所となるというものだ。教師も市内の中学校では初ということで力が入っているのか、部外からガイドさんを呼んだりする徹底ぶりだった。

大阪城にVIP待遇で行きたかった私は大阪付近の発表を希望した。そこに玲奈がいるとも知らずに。


「朱里も大阪選んだの……?」

「あ、えーと、うん」


名前を思い出せずに言葉に詰まる。


「カラオケぶりだね!玲奈だよ」

「あ〜久しぶり。私、大阪城行きたかったんだよね」

「ふーん、私はユニバなんだ。頑張ろうね」

「うん」


その日はそれだけで終わったが、これから総合の前の放課に毎回迎えに来ては抱きついてくる玲奈に若干の鬱陶しさを感じることになる。


朱里って可愛いよね、私は全然だからさ、朱里からいい匂いする、朱里マジ癒される。ポンポンと投げられる都合のいい言葉に滲む同じような言葉を望む承認欲求。この感覚に私は覚えがあった。過去の友人である。私のような人と馴染めない人間に擦り寄ってくるのは、その人もまた人と馴染めていないからなのだということは自分の経験則である。そして人と馴染めないことには理由があるが、話しているにコミュニケーション能力に問題がある訳でもない。ならば大抵は性格が悪いことがほとんどなのだ。悲しいことにここで母親との会話を思い出す。順当な教育を受けられていないだけかもしれないと、私は別の視点から彼女を見ることにした。第三者の意見を聞いてみるのだ。


「ねぇ空ちゃん、玲奈って子知ってる?」

「知らないわけないじゃん!」

「えっそうなの?」


青空にまたがる積乱雲を背景に、私よりよっぽど人脈のある親友、空ちゃんは続けた。


「あいつ四天王に入るくらいなんだから」

「四天王?」

「嫌われ四天王だよ、来呑バージョンの」

「あー、結北にもあったもんねそれ」


結北とは以前私が通っていた小学校のことだ。結北小学校、結北嫌われ四天王。なぜだか懐かしいそのワードに視界が右上を探る。


「結北は確か……新木真理と芳岡美希と小樽椛と、谷本にこだっけ」

「そうそう」

「うへぇー、全員女なのガチお察しって感じだねぇ」


小学生の女児なんてグループに入れなかったらお終いだ。確か小樽とは昔一瞬だけ仲が良かったから覚えているぞ。自分が嫌われていることを明かしていたが、私は適当に流してしまったのだ。玲奈の言動に違和感を覚えたのも小樽の影響と言えよう。嫌われる人の特徴だ。他の三人は主張、いやほぼ我に近いものが強かったから嫌われていたのを思い出す。小樽だけは控えめだったなぁと記憶を探る。


「だよねぇ、んで来呑だと新木がいないし谷本は大人しくなったから四天王から抜けて…」

「玲奈がそこに入ったと」

「当たり! もう一人が細田だね」

「細田……宏だっけ?」


聞いたことがあるぞ。結北に居たが、喋ったことがない上にこいつは男だからノーガードでいいだろう。思春期の性の壁は想像以上の分厚さを誇っているのだ。


「そう細田宏! 繰り上がりで見事ランクイン!」

「一人だけ男で入れんの凄いな」

「んね!」


取り留めもないその会話で分かったことは、とりあえず四天王はろくでもないってことだ。



さて、今はまさに受験生と呼ぶに相応しい中学生活三年目の初めの初め。クラスメイト一覧表を見ながら、私は嘗ての会話を思い出していた。


それはなぜか。


「嘘、でしょ」


もう二度と会うことは無いだろうとタカを括っていたからだろうか。だが神様。流石にこれは酷すぎやしないか。いや、或いは玲奈が疫病神なのかも知れない。

なんてことはない、嫌われ四天王、その四人全てが私のクラスでもある3年A組に集結していたのだ。単純明快簡潔明瞭、シンプル、しかし確実にダメージがデカいその年で、誰もが言った。3年A組は魔のクラスだと。これに異を唱える物などそれこそ四天王か教師ではなかろうか。他のメンツはとてもマトモだったが、そもそもこんな四天王を決めている時点で治安が良いとは言えないこの学年で上手くいくはずがなかったのだ。ここは無法地帯に等しいというのに。その上、数人しかいない私の友達は全て別のクラスだったのだ。私は死を覚悟した。

3年A組の編成を考えた教師校長その他諸々は阿呆なのか。クラス分けを見た私は子供ながらに思った。毎年毎年、クラス分けはピアノや学力を考慮した上で決まるのだと、新学年に入る前に教師は喋る。理解出来る。学力に軋轢があってはクラスはまとまらない。ピアノを弾ける子が居なくてはクラスは動かない。だがな、人間関係よりも大事なものは無いと思うんだよ私は。


真っ先にすべきことは友達の確保だ。ぼっちを貫くにも限度がある。課題の確認やグループワークにあたって良好な関係は不可欠である。それはもう必死になった。私には懸念があったのだ。四天王の二人にハブられるという懸念が。その二人というのも、小樽と玲奈のことである。その原因は私の大大大大大親友、空ちゃんにあった。空ちゃんは昔、小樽と玲奈の三人組でつるんでいた。が、些細なことでそのグループが瓦解。その時に玲奈からは憎悪を、小樽からは殺害予告の手紙を貰ったらしい。その頃から空ちゃんは二人とありえないほどにギスギスしている。空ちゃんの話を聞く限り二人が悪者のようだが、彼女は物事を誇張する節があるのでどっこいどっこいの可能性もある。ただ揉めているのは事実のようで学年の共通認識ではあった。

詳細とはこうである。

玲奈と空ちゃんは同じ部活に勤しんでいた。吹奏楽部である。そんな2人は過去のこともあり互いが互いを嫌い、不満が積もりに積もった狡猾な玲奈は空ちゃんのベースをぶち壊したのだ。空ちゃんのベースといっても学校の備品なので当然問題になるが、あろう事か玲奈は空ちゃんがベースを壊したと供述したのだ。周りの玲奈は嘘を吐いているという主張を顧問は無視し(玲奈の親はモンペだ)、空ちゃんが弁償させられたのである。これには私もドン引きだ。

因みにこれは余談だが、このことについて玲奈は私に"空ちゃんの親がモンペだ"と伝えてきたのである。本当に虚言癖もいい加減にしろよお前。私に人を見る目がないって言いたいのか。

そんなこんなで空ちゃんと仲が良い私には間接的にいじめてくるのかもしれない。敵の敵は友でも敵の味方は敵なのだ。


と、考えてもいたが案外これが驚くくらいに外れた。逆だったのだ。そう、逆。二人から好意…友愛的なものを向けられてしまった。なーにがハブられるだ。私の射った矢はてんで見当違いの方向へ凄まじい光のような勢いで飛んでいった。的に掠りすらしない。おかげでA組では私たちは腫れ物扱い。真の友達はできず、毎放課他クラスに避難する羽目になったのだ。そんな日々のストレスか、意識が一瞬飛ぶ日が出来たりしたが余談である。私が好かれた理由は明白、私が彼女たちを拒絶しなかったからだろう。意外にも空ちゃんの存在はどうでもいいのか彼女たちは私に関わろうとして、空ちゃんの一件を知る私は報復を恐れて彼女たちを受け入れた。菌扱いを受け身を投げ出そうとしたり、ネットの匿名性を利用されて身勝手に中傷を受けたりした彼女たちにとって、偏見も無しに何も言わずに肯定し、共感してくれる人間とはきっと喉から手が出るほどに焦がれたのではなかろうか。特に玲奈は熱烈だった。毎日毎日毎日毎日それこそ一緒にいることが密命かのように私に笑いかけてくる。




そんな毎日に辟易としてきたある日、体育の授業で自由にグループをつくりダンスを披露することを知った玲奈が私に話しかけてきた。


「朱里ー! 美希が石橋さんと私と朱里の四人でグループ組まないって言ってるー!」

「えっいいの?」


このいいの?は勿論お世辞、なんなら嘘である。絶対に入りたくない。四天王の中でもトップを誇る二人がいるグループとか配分が明らかにおかしいだろ。しかしこの二人、仲は悪くない。更に、ここで入る利点があった。


「小樽さんは? 玲奈って仲良くなかった?」

「えぇー、あいつも誘う?」


やはりこの反応か。普段は小樽が玲奈に引っ付いているイメージだったから自然と言えば自然だが、やはり玲奈にとって彼女は歓迎される存在では無いことが明確に露呈した。それだけ玲奈がこちらに気を許しているということだろうか。それはさておき、私は小樽が正直嫌いだった。特に理由は無いが。


「おーい小樽ー!」

「ん?」

「ダンスのグループどうする?」

「あ! 私ね、他に友達いるから」

「はぁ」

「誘わないでよね」

「……分かったわ」


唖然。だがしかしこれでメリットができた。し小樽、彼女は大人しいのに何故嫌われているのか。それは彼女が不潔だからだ。彼女が風呂に入っていないことは共通認識で、いつも異臭を放つ彼女は遠巻きにされていた。正直、私はそれだけで嫌われるのは可哀想だと思っていた。中学一年生の時に、涙を浮かべつつも教壇に立ち「私のことをっ、避けないで下さい……!」と痛切に訴える姿に、同情していた。ところがしかし、玲奈の持ちネタは「また胸がおっきくなっちゃった〜」と大きな胸とともにそれ以上の質量を持つ腹を揺らす小樽のモノマネである。それに彼女が空ちゃんに殺害予告の手紙を送っていたこともあり(実物を見せてもらった)、私の同情は消え失せた。好感度メーターもマイナスに振り切ったのだ。そんな小樽が、友達?他の子が聞いたら抱腹絶倒間違いなしだが、こちら陣営につかないのならば問題なし。

かくして来呑嫌われ四天王の二人が所属するグループが出来上がった。渋々だが小樽が居ないならとそこに私も入ったのである。


何はともあれ昼食を摂る。また嫌な日々への対策を考えながらも、コロナで良かったことは一律前を向いて食事が出来ることだなととりとめもなく考える。一瞬、脳にビリッと電気が走ったような感覚がした。


「あ、スプーン落ちた」


冬の冷水で手が悴んだのだろうか。


***


そしてグループ分けの日がやってきた。体育教師の浜セン(浜辺先生の愛称だ)の声とともに広がりながらも友達同士とまとまる女子たち。私も苦虫を噛み潰したような顔をしつつ玲奈と美希、石橋さんの三人のもとへ行く。挨拶もそこそこにしていると、違和感を皆が覚える。横隔膜が震える感覚。奥歯を噛み締め鼻でしか呼吸の出来ないような緊張感。───そう、玲奈の背中には背後霊よろしく佇む小樽がいたのだ。


「え、なんでいんの?」


しまった、スピードスケーターも瞠目するレベルで口を滑らせた。しかし仕方がないだろう。

沈黙がその場を包む。失言も虚しく響くのみでいつもより強い重力から開放されたのは浜センの声が朗々と班を決定した時だった。


「え、このメンバーになったの?」

「は? マジ?」

「変えたいって言った方がいいんじゃない?」


そんな会話も無駄に、誰かが小樽が邪魔とも言えるはずもなく同じ班になってしまったのだ。その後の空気など思い出すことすら厭われる。頻りに四人が良かった偶数で振り付けを考えていたと声を荒らげる芳岡に、お前のせいだと小樽に視線を向けてキツく当たる玲奈、あまりの惨状に無言で床を眺める石橋さんと私。なんとまあ素敵なことだろうか。悪魔が好むに違いない。そんな空間が最後まで続いたのなら、当然目に付くのだ。授業終了五分前に浜センが生徒を集合させる。


「はいじゃあ授業終わるよー、室長号令! あ、美希の班の人たち、後で先生のとこまで来なさい」


終わった。じわじわと汗のようなものが身体を包む感覚がある。このタイミングで呼び出されて言われることなんて一つしかない。どうせ説教でもされるんだろう、私の方が余程被害者じみているというのに。号令後、言われた通りに集まると浜センが喋り始める。


「あんなに偶数とか四人とか言ってたらさ」


そう言うや否や軽く小樽を突き飛ばす浜セン。


「思ってなくても、こんな風に椛が要らないって思っちゃうよね?」


思ってなくてもじゃなくて思ってるんだからそりゃあ言うよ要らないんだもん。という言葉は微かな倫理観に喉奥へと追いやられた。

怒られている。思考が一歩前に隔離されて、自分の精神はべったりと冷や汗がのしかかるあの感覚。


「…はい」


リーダー格の芳岡が返事をする。


「分かったならいいよ、解散」


最悪だ、これだけで私の放課がほとんど潰れてしまった。どうしていつも上手くいかない。原因はなんだろうか。小樽?クラス分け?私の性格?胃をぐるぐるとする不快感に舌打ちが漏れた。


放課後、案の定玲奈の声が聞こえる。今日はきっと、小樽についての愚痴だろうな。


「朱里、一緒に帰ろ!」


案の定、私に拒むコマンドは表示されない。


「…今日のあいつ、信じらんなかったよね!」


だがしかしこれには完全に同意だ。今回の会話(愚痴だが)に限っては楽しめそうで、いつもよりかは快い。


「めちゃ分かるー、ガチでありえん」

「てか、朱里のなんでいんのでガチ爆笑だったんだけど」

「いや思うじゃんね、言ってたよね?」

「そうそう! "私ほかの友達がいるから班に誘わないでね"ーって」


おぉ、やっぱり聞き間違いじゃなかったか。少々小馬鹿にしたように玲奈が真似をする。小樽よ、これは擦られ続けるぞ。


「本当にキショい! なんで誘われること前提なのかなぁ」

「マジそれな? なのに私の後ろにいんの本当無いわー」

「ね、匂いとか大丈夫? 臭くなってない?」

「ちょ止めてよー小樽の臭さヤバいじゃん!」


いい気分だ。やっぱり共通の敵なら話題も作りやすいし爽快に罵倒できる。共感者の大切さが身に染みると共に古代の女もこんな風にコミュニティを形成したのかと思案する。にしてもマウントと性格の悪さが凄いなこの女。自分が言えたことでもないか。


「ああいう女ってさ、若いうちに子供つくって、男から見放されてそうだよねぇ」

「ふは、それは面白いて。エグいけど分かる」


その「ああいう女」にはお前も含まれてるんだよ、玲奈。そんな言葉を暗に含ませて私は言った。まったくの性格の悪さだ。


***


井戸端会議も健全な中学生の門限なら六時辺りで解散なのだ。それに私には今日、いや昨日そして一昨日から楽しみにしていたカツが夕飯に出るのだからいくら玲奈と言えどいつまでも屯って貰う訳にもいかない。


「お母さんただいま! カツ出来た!?」

「おかえりー出来てるから食べな」

「やったー!」


おっと、また手が震えた。だが気にしている暇は無い。熱いものは熱い内に美味しくいただくのが自分のモットーなのだ。あぁ、美味しいなぁ。





ぷつ、と意識が消えた。





どこか遠くから腹に声が響く。


「きあ・・・ます・・・!」


けたたましい規則的な音も聴こえる。


「い、きあり・・・すか!」


よくよく聞くとそれはサイレンだった。薄ぼんやりとした視界は一面が真白で、左には黒い釦が沢山あるのが見えた。ここは家じゃない。


「意識ありますか!」


声を出しているのはガタイのいい男性で、靄のかかった思考でもここは異質だと確信した。誘拐かも知れない。この時間が永遠にも思え、横隔膜からする振動に恐れた。するりと右を見やると母がいることに気付く。一先ずの安堵。


「お母さん、どこここ…怖い」


そう言ったっきり私の思考はまた途切れた。


***


次に目を覚ました時には、天井は少し罅の入った薄茶色で、周りには両親がいて、腕には点滴らしき管が繋がっていた。漸く地に着いた意識で、そこが病院であることが分かった。


「あんた、夜ご飯食べてたら急に痙攣して倒れたのよ」


最近の不調もこれのせいか、明日の学校は休みだろうか。休みだろうな。…ん?夜ご飯食べてたら?


「カツは!?」

「あんた···カツならもう無いよ」

「ああああああ最悪…まぁいいや、明日学校休み?休みだよね?」

「一応受験生なんだから心配くらいしなさいよ。休みに決まってんでしょ」


こんな時くらい、受験なんていいじゃないか。玲奈と関わることは受験よりも深刻に嫌なのだ。


「最近の発作っててんかんって言うんだっけ」

「多分だよ、ネットで調べただけだし。昔お父さんも風呂で倒れたりしてたからね」

「遺伝するの?」

「らしいよ。寝不足とかストレスが原因だって」


これはストレスだな。おのれ玲奈、いや小樽か?もうこの際どっちでもいいが私からカツを奪おうとは。食べ物の恨みは何よりも恐ろしいと聞くが、まさかここで体感しようとは思わなかったじゃないか。程なくして看護師がやって来て、もう帰っても良いと言われる。この後六日間は何をするでもなくダラダラと休養していた。


そろそろ日常的な発作も治まり学校に行ってもいいだろうと勝手にも判断して、とりあえず一日でも登校してみることにした。それが間違いだったが。早起きをして寝不足なのが祟ったか学校へのストレスか、今度はクラスメイト、公衆の面前で痙攣しながら私は倒れた。

担任は察していたのか警戒していたのかは知らないが事は早く進み、また気がついたら同じ病院で天井を見詰めていた。今回のこともあり正式に病名が定まるか薬を処方してもらうまでは登校は厳しくなってしまった。出席停止にはしてくれるらしい。ありがたい。一通りの説明を聞き終わり、家に帰ることになった。現代人としての性か手にスマホが無いとソワソワしてしまう私は、自分にとっての精神安定剤を受け取った。早速空ちゃんに連絡を取ろうとした。したのだが、そこには見慣れたハングル文字のアイコンから、病人が目にするには眩しいキラッキラの絵文字で彩られたメッセージが来た。


[体調どう?あんまり無理しないでね、元気で可愛い最高の朱里が元気で学校来るの待ってるね]


どの、口が。どの口がそれを。元気でを二回も打っているし、人に送るものなんだから推敲くらいしたらどうなんだ。それに、これを送るなら連日休んでいた時点だろうか。心配していた素振りすらなかったくせに、心にも思っていないくせに何なんだこいつは。心配して、キラキラの絵文字を使っている自分が好きで可愛いと思っているくせして、本当になんなんだこいつ!目にするのも堪えられない程にそのメッセージが醜悪に見えた私の五臓六腑に、悍ましい憤慨が駆け巡った。カツカツと指をスワイプして返信する。


[ありがとう!私はすっごい元気なんだけどまた倒れたら良くないからちょっと慎重になってるの···薬もらったからもうちょっとで学校には行ける!はず]


今も湧き上がる嫌悪とはチグハグなメッセージが送られた時の、シュポン、という音と共にため息が漏れ出た。

結局のところ、神に対抗する手段など一人間が持ち合わせるわけもなかったのだ。


「ろくでなしやめたい……」

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とつおいつ心化粧 御堂シロ @zunzun194

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