ひとつ死んでも俺のため

目々

明日は我が身の兄弟懺悔

 俺、道具使っちゃったからな。しかも手近なビール瓶。だから感触とか、よく分かんないんだよ。それだけは、少しもったいなかったとは思うけども。

 初体験って大事だろう、それが人を殴り殺す初回なら、尚更。


 ……お前のね、そういうところは俺結構好きだよ。内容はともかく一回話聞きますよ、みたいなポーズだけでも取ってくれるところ。実際どう思ってるかはまあ、バイト仲間が危ないこと言い出したみたいな感じだろうけど。いや、別に怒ったりはしてないさ。分かってるよ。バイト先の先輩が休憩時間にいきなり人殴り殺したとか言い出したら、趣味と頭のどちらが悪いかって疑うもんだろうから。

 本当だったら──あれだな、後生が悪い、とかになるんだろうか。普通に犯罪だろってのはその通りだけど。


 弟をね、殺したと思うんだ。多分。


 ああ、お前も会ったことあったね。あいつ、やめろって言っておいたのにバイト先に来たから。俺はすぐ逃げたけど。兄のことよろしくお願いしますとかお前に言いにきたの? ……ああ、だからお前あのとき妙ににやにやしてたのか。余計なことしかしないな、本当に。


 それなりに上手くはやってた、と思う。五つ違いで……なんだ、二桁は家族してたわけだしな。それだけ過ごせば他人でもどうにかできる期間だろう。まあ、どうにもできないときはめちゃくちゃ拗れるってことでもあるだろうけど。本棚に適当に本しまっといたら変な歪み方するみたいなさ。あれ全然直んないんだよな。

 仲はな、悪くなかったんだよ。こないだの時も、遊びに来てたんだよ。

 俺はさ、実家出て一人暮らししてるわけだけど、あいつ合鍵持ってるからな。土曜の昼にチャイム鳴らしてこっちが返事する前に鍵開けて入ってきて、実家からの救援物資だって机の上に袋置いて聞きもしないのに中からビール瓶とレトルト食品とビタミン剤取り出してずらずら並べてさ。一人暮らしの長男相手に差し入れっていうのは分かるけど、うん、めちゃくちゃだよな組み合わせが。成人した息子相手に何を渡せばいいのか分かんなくなって、とりあえずそれっぽいものだけ組み立ててる感じ。俺も好き嫌い多いから仕方ないんだけどな、大雑把に覚えてるか、面倒だってことだけ忘れてないんだろうな。キャベツとか食べられないんだよ、生だとことに。あれ柔らかめの紙だろ。定食屋のつけあわせの千切りなんかさ、シュレッダーの中身みたいだと思ってる。

 ああ、弟な。そうやって勝手に入ってきたけど、いつものことだから放っておいたんだ。俺はPCでネサフしたり好きなバンドのアーカイブ配信見たりしてた。あいつはソファに座って漫画読んでたな。本棚から適当に取り出して床に積んで、順番もサイズもごちゃごちゃにして。


 あれだ、映画のチケット予約。頼まれたんだよ。


 弟さ、若者なのに機械とかシステムみたいなやつ全然だめでな。スマホはぎりぎりなんとかなってるんだけど、PCとかアプリの利用とかそういうの本当にできない。無理とか怖いとかダルいとか言って、やらない。回転寿司のタッチパネルとか、ああいうのさえおっかなびっくり手出すんだよ。だから、その手のやつは俺に頼むのがいつものことになってた。

 ただ、俺もちょっと……何だろうな、虫の居所が悪かったっていうか。何となく素直に引き受けんのが嫌で、適当に聞き流したんだよ。そうだな後でな、ぐらいのこと言って。


 兄ちゃんならそんくらいやってよ俺が頼んでんだからってな、言ったんだよな、あいつ。

 そんくらい。そんくらいのことができないくせに、俺が手伝わないからって責めたんだよ。


 まあな、今更ではあったんだよ。それこそ俺が子供のときから、あいつが生まれてからしょっちゅう聞いてたセリフだ。あいつな、色んなことやりたがるんだけど、平気で人のこと頼るんだよ。

 頼るっていうのはあれだな、スマホ新しくしたけど初期設定とか接続とか全然できないし警告表示が怖いからなんとかしてくれとか、好きなバンドのライブチケットが争奪戦になるから朝の受付開始にコンビニ行って手伝ってくれとか、どこそこのイベントに行きたいから経路調べといてくれとか、そういう……お楽しみの手間に当たる部分をな、俺にぶん投げるんだ。


 両親ね、別に咎めないんだよ。手伝ってやんなさいって、家族なら協力し合うもんでしょうって。そういうことをな、俺に言うんだ。兄だからって、な。


 俺な、自分でできないことはやっちゃいけないことだって教わってきたんだよな。

 だから俺はさ、好きなバンドのチケットが争奪戦だってのでバイトの休憩使って予約サイトとにらめっこしてたし、旅行したくて自分で交通機関も調べて調整して日程作った。チケットは負けたら縁がなかったって諦めたし、旅行だって直前で父さんの実家帰るから家族全員揃ってないと駄目だってキャンセルされたけど。仕方ないって飲み込んでたよ。そこまで対応できなかったんだから、俺に非があるわけだろ? ちゃんとできない俺が悪い、できない俺にはやる資格がない。そういう理屈だっていうなら、納得はしてるんだよ。ルールが提示されてるんなら、それに従えない方に非がある。それ自体に異論はないよ、社会性ってそういうもんだろうしな。


 なのにあいつだけできなくてもやりたいからって人を使うことが許されてる。あいつのしたいことには俺は無条件に手を貸さなきゃいけない……おかしいだろ、理屈が通らない。


 説明、ちゃんとつけられないだろ。俺はひとつだって頼れないのに、あいつはできないことをそのままに人を使うことが許されてるなんてさ。不均衡で、不健全で、不平等だ──同じ家族なのに。

 たかだが五年こっちが先に生まれてしまったってだけで、そこまであれこれ負う理由、ないだろ。


 で、さ。

 相手に論理がないなら、こっちも真っ当にやってやる義理、ないだろ。それにな、あの一言で気づいたんだよな、俺。兄だからって理由で、俺ばっかり──。

 だから、もう嫌だなって。どうあがいても俺がこの先あいつの兄だってことから逃げらんないなら、せめて黙らせて台無しにしてやんないと、俺の気が済まない。そうね、思ったんだ。


 だから、ビール瓶。

 親からの差し入れ、役に立つものなんだな。振り抜いても杵にしても、意外と割れない。ああ、ヤクザとかは割ってから刺すんだっけ。映画でさ、抗争シーンとかで見るよな。瓶割ってから構えるの。咄嗟の殺意に対する機転がすごいよなっていつも思う。


 ビール瓶あれがなかったら、そうだな……素手でできたかもしれないな。それしかないなら、仕方がない。できちゃったんだから尚更仕方がない。理に適っちゃったんだよな、できることならしないといけない。これ対偶かな、裏かな。俺数学あんまりできなかったからさ、その辺曖昧なんだよ。受験終わったら思い出さない教科の代表だろ、数学。バイトでだって算数ぐらいしか使わないしな。


 で、まあ、気づいたら弟、ぐちゃぐちゃになっててな。明らかに動かないし息する場所も潰れてたから、ちゃんとできたなって思った。意外と血とか色々飛んで、顔べたべたするなってのも思った。服はまあ、どうせ部屋着だから。燃えるごみの日忘れなければいいだけだしな。

 殺すまでは良かったんだけど、そこから先を考えてなくてな。とりあえず、あの……ああ、クローゼット。そこにさ、しまった。使わない毛布でぐるぐるにして、頭とかにゴミ袋被せてさ。ほら、できるだけ床とか物とか汚れないようにしようって、応急処置。風呂場に置こうかとも思ったんだけど、そうすると俺が風呂使えなくなるからさ。近所に銭湯とかもないしさ、困るから。顔洗いたかったし。


 そんで、まあ、普通に動画の続き見ていい時間になって晩飯食ってから風呂入って、寝たんだよね。

 よく眠れますねって言うけどな、意外とねえ、できる。よく眠れたまであったな、やっぱ疲れたんだろうとは思うよ。人一人どうこうするわけだからさ。


 目が覚めて、スマホ確認したら日曜で十一時回っててさ。そりゃあ部屋も明るいわけだよ南向きだし、夏だったから尚更。めちゃくちゃ良く寝たな、ああでもクローゼットに死体あんだよなどうするかな、日が出てるから運び出したら目立つだろうしそもそもどこに運ぶべきかっての分かんないしなとかごちゃごちゃ考えてた。


 そしたらチャイムが鳴って、すぐ鍵が回って、ばたばたばたって足音が短い廊下を走って──開いたドアから弟が顔出して、


「兄ちゃんさ、おにぎり鮭でいいよな。俺エビカツサンド食べたいから」


 俺が買ってきたんだから俺に決めさせてよ、ってさ。コンビニの袋提げて笑ってた。


 何してたんだよって聞いたら、俺があんまり寝てるから飯勝手に食って、昼近くなっても起きないからコンビニに食いたいもん買いに行って帰ってきたみたいなこと言うんだよ。

 嘘だろって思った。コンビニとか昼飯とかそこじゃなくて、何で死んでないんだって。

 あんまりびっくりしたから、弟の前でクローゼット、開けたんだよ。本当なら布団に包んだ弟がいるわけだから。俺の記憶だと、そうなってたから。

 ──布団がな、こう、筒みたいになってな。ゴミ袋も下敷きになってて。

 中にいたもんが抜け出した、みたいな布団だけ、あった。


 あいつ、扉掴んで呆然としてる俺のこと不思議そうな顔で見て、おにぎり押しつけてきた。俺は受け取って、おにぎり片手に突っ立ってた。


 そんで、あいつ夕方まで居座って、普通に家帰ってった。恐る恐る父さんの電話かけたら、ちゃんと帰ってきたって言ってた。そんで次の週もあいつ来たし、今度は家から缶詰とレトルトのパスタソースに缶ビール持ってきた。いつもと同じ。殺す前と何にも変わらない。


 これだけなら、妄想だろ。弟を殺したって思い込んでるだけの、実際には何にもできてない危ないやつ。


 訂正、しといた方がいいな。

 殺した、で完結してない。。あいつが馬鹿なことを言うたびするたび考えるたびに。


 弟が戻ってきて、そんでまた殺して、なんでか戻ってくる。そういうのをずっと繰り返してる。殺しても殺しても帰ってくるから、止めどきがないんだ。

 殺さなきゃいいじゃないですかって言われたらその通りなんだけど、無理なんだよ。

 月一で限界になるっていうか、最初はやっぱり後悔してるんだよ。あんなひどいことされるようなことしてないだろ、みたいなさ。人間としての俺がそういう……倫理感? みたいなところで止めてくる。

 でも、あいつびっくりするぐらい変わんないんだよな。前と同じように俺に頼りまくって、俺が何となく気が向かないとかやりたくないとかで断ると心外だみたいな顔して、俺のこと詰ってさ。

 で、毎回気づくとあいつが俺の下でぐちゃぐちゃになってる。俺も変わってないってことだよな。ああ、得物は結構変わる。調理用のワイン瓶とか菜切り包丁とかネイルハンマーとかでさ。ネイルハンマーあるんですかって、あるよ。高校のときにさ、本棚作りたくって小遣い貯めて買ったやつ。俺の物だから、一人暮らし始める時も持ってきたんだよ。


 感想、感想か。あんまりそういう観点で考えたことなかったな。

 気分がいいかどうかで言ったら、瞬間の爽快感は確かにある。こっちの善意を疑いもしないでのうのうとしてるやつをぶん殴ってめちゃくちゃにしてやるってのは、気分がいい。全部台無しになっていく、どうしようもなくなっていくって頭のどっかで思いながら手動かしてるときとかな。風邪で高熱出してるときみたいに、背筋っていうか全身がざわざわ落ち着かない。

 ただ最近はあれだな、こいつどうせここまでしても平気で戻ってくるんだよなってのを考えると、あー……萎えるな。慣れもあるだろうし、飽きもあるだろうけど。人殺しても飽きるんだぜ、人間。ひどいよな。

 向こうが覚えてるかとかどう思ってるのかは知らない。そもそも仕組みが全然分からないからな。けど、不服があるならあいつだって俺んことぶっ殺してると思うからな。大丈夫なんじゃないか。何が大丈夫かったら、まあ、全然分かんないけどな。


 なんかそういうバチありましたよねってあれだろ、賽の河原。何だっけ、石積んだらアガリだけど、積んでも積んでも崩されるからどうにもならないやつ。似たような拷問もあるんだろ? 穴掘らせてまた埋めるやつ。微妙に違うか、でも徒労ってとこは一緒だろ。やらないと助からないけどやるだけ無駄、ってとこはさ。

 ただまあ、気になるったらあれだな。今の状況がどっちにとってのバチなのかってことだけは確認したいけど……まあ、分かったところでいいこともあまりなさそうだしな。あいつが悪いんなら俺が巻き添えだし、俺が悪いんならあいつがとばっちりだ。

 兄弟だからお互い様、ってことなのかね。──一番どうしようもないな、それ。

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