第四十四話 援軍二人

「……私とは違い、君は強く、そして誰よりも優しい……まるであの人のように……」


ロトンは戦場にいるとは思えぬ穏やかな声でそういうと、メナンドの放った霧へと飛び込んでいった。


身に降りかかる水煙みずけむりを払いながらも、その体には赤い穴が増え続けていく。


だが、それでもけして怯むことなく、ロトンは声を張り上げた。


「心を強く持てパストラ! その涙は必ず君のかてとなる! 悪魔の言葉などで心を折られるな! 異端であろうと戦魔王の受肉体であろうと、君は間違いなく英雄の子だッ!」


ロトンは顔から全身にかけて無数の穴が開いても、声を張り続けた。


長年あの人の傍にいたからこそわかる。


自分は挫折したが、君が英雄から受け継いだ強さと優しさをこんなところで失ってはいけないと、身を挺してパストラを庇った。


司祭の言葉を聞いたパストラは立ち上がり、涙を拭って駆けだした。


ロトンの言う通りだと魔力を纏って放った拳の風圧で、覆っていた霧をすべてを吹き飛ばす。


「そうだ、そうでいい……それでこそあの人の……」


「ロトン神父ッ!?」


パストラは倒れたロトンを支え、ゆっくりと地面に寝かせた。


かなりの重傷だがまだ息はある。


もう戦えはしないが生きていてよかったと、パストラは心底思った。


「ありがとうございます、ロトン神父……。もう少しで僕、お父さんに顔向けできなるところでした……」


静かに礼を言い、視線を動かす。


目の前には、不機嫌そうな異端術師と燕尾服を着た悪魔。


パストラはそれら両方を見据えながら、纏っていた魔力をさらに上げた。


「なんだよ、急にやる気になりやがって。でもな、こっちは二人。しかもお前よりも強いジュデッカがいるんだぜ。勝ち目なんてありゃしねぇよ」


「いや、三人だよッ!」


メナンドの言葉の後、空から女の大声が聞こえてきた。


見上げた夜の空には、ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥がパストラたちのいる場所へと滑空してきている。


そして地上へ降り立った怪鳥の背からは、赤髪のロングヘアーに紫眼――紫の瞳をした女と、ピンク色の髪をした女二人が現れた。


二人が着ている異端審問官の制服である上下黒の服を確認せずとも、パストラは彼女たちが誰なのかすぐにわかった。


リーガンとユニアだ。


「リーガンさん! それにユニアさんも! 二人とも無事だったんですね!」


歓喜の声を上げたパストラにリーガンがウインクを返し、ユニアのほうは自分の体を抱きながらその身を震わせている。


リーガンは横で悶えるユニアに呆れながら、パストラに駆け寄って声をかけた。


「スケルトンはすべて倒したよ。この場所もトリスが連れてきてくれたんだ。まあ、そのせいでへとへとにはなっちゃったけど」


苦しそうにしているコカトリスことトリスは、「ごめん、もう限界~」とでも言いたそうにコケーと鳴いていた。


そんな怪鳥を優しく撫でたリーガンは魔法陣を出現させ、トリスをその中へと戻す。


スケルトン集団との戦いに加え、ただでさえ飛行することが苦手なコカトリスに無茶をさせたことで、もう戦闘の続行は不可能だと思ったのだろう。


いくら召喚獣とはいえ、殺されてしまえば二度と復活することはない。


ならば戦線離脱させて当然。


それが数少ないといわれている、召喚の固有魔術を持つリーガンの幻獣との付き合い方だ(とはいっても彼女はまだ、トリス以外の幻獣を召喚できないが)。


「たかが異端審問官が二人増えたからってどうだってんだよ。おい、ジュデッカ。俺は受肉体のガキを攫うから、お前は女どもを頼むぜ」


「なにを好き勝手いってんだよ!」


メナンドの言葉を聞き、リーガンは声を荒げた。


それから彼女は魔法陣を出現させ、そこから大剣――魔剣マグダーラを手に取る。


「ユニア、あなたはパストラと一緒にあの口と趣味が悪い術師を倒してッ! ジュデッカのほうは私が押さえる!」


「無茶ですよ、リーガンさん!? ジュデッカの強さはあなたが一番知っているでしょう!?」


リーガンの案を慌てて否定したパストラ。


だが、それでも彼女は一歩も譲らない。


自分がジュデッカを押さえ、その間にパストラとユニアがメナンドを倒す。


そのくらい時間を稼げないで何が異端審問官だと、今までにない彼女の覚悟を表明していた。


「でも、リーガンさんたちはあの数のスケルトンを倒したばかりで……」


パストラはリーガンの覚悟を聞きつつも、やはり無茶だと思っていた。


彼の中ではむしろリーガンとユニアが組んで戦い、残った敵の相手を自分がすると考えている。


それと意識してはなかったが、パストラから見てもリーガンの実力では難しいと判断していた。


「マイベストフレンドの言う通りにしましょう」


そう言いながらユニアは、持っていた荷物の中から傷薬を出して倒れているロトンへとぶっかけた。


適当な手当てをされても気を失っている司祭に反応はない。


それを見ていたパストラが言う。


「ユニアさんまでそんなこと言うんですか!? というかロトン神父の治療が雑ッ! いや、今はそんなこといってる場合じゃなくて……。ともかくいくらなんでもジュデッカを一人でなんて――ッ!?」


ユニアはバタバタとせわしなく話すパストラの傍に近寄ると、突然、彼の頬にキスをした。

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異端審問官の異端者 ~生まれてすぐに悪魔の依り代にされた子~ コラム @oto_no_oto

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