第四十三話 死は許されない
戦魔王は、何も答えないパストラに言葉を続ける。
《もしかしてお前、死にたいのか? そんなことはさせんぞ》
頭を潰されようと。
心臓を貫かれようと。
必ずよみがえらせる。
死を望もうがそんなことは知らん。
自分が体内にいる限り、これから先どんな絶望が降りかかっても、断じて死ぬことは許さんと、ため息交じりで言った。
パストラの頬に浮かぶダンテの口が、次第に笑みを浮かべていく。
《こんなことで戦意喪失など、それでもお前はあの男の子か? 情けない情けない》
上がった口元から見えるのは、ダンテの尖った白い歯だ。
《友を失ったと泣いて死にたがるようでは、今後が思いやられるな。しかし小僧、お前のその滑稽な様は、なかなか絵になっていて笑えるぞ》
ダンテの嘲笑が聞こえても、パストラは何も答えなかった。
いや、彼は返事をすることができなかった。
たしかに大悪魔の言う通りなのだ。
ファノがジュデッカに殺されたとき、パストラはダンテに助けてほしいと叫んだ。
そしてついさっきも、ロワたちを人間に戻してほしいと頼んだ。
困れば悪魔にすがるような自分では、父を生き返す方法を探すどころか、異端審問官としてもとてもやってはいけない――そう思ってしまっていた。
「なんだかよくわかんねぇけど。今がチャンスじゃね?」
「ああ、そうだね。さっさと捕まえて帰ろう」
「でもその前に、このガキには一発もらってたからな。殺しても戦魔王が生き返らせるって言うんなら、さっきの借りを返させてもらうぜ」
メナンドはジュデッカにそういうと、先ほどロトンとの戦いで使っていたナイフを手に握った。
それから異端術師は詠唱を始め、現れた魔法陣から霧が漂い出す。
「固有魔術、霧。
メナンドが出した魔法陣からは、さらに無数の小さな水滴が煙のように立ち籠めた。
現れた霧は視界を遮るほど濃く、飲み込まれれば完全に姿が消えてしまいそうだ。
その魔術によって生み出した霧を、メナンドはナイフを振って思い通りに動かしていた。
「なんせ話によれば今の戦魔王は人間に手を出せねぇみてぇだしな! 俺の
当然その霧が向かう先はパストラだ。
だがパストラは、メナンドが放った霧が向かってこようと避けようとしなかった。
ただ虚ろな目で視界を埋め尽くする
《無駄だ! お前が死のうが何度でも生き返してやる! 苦痛や恐怖、絶望に耐えられないと喚こうが関係ない! たとえ
メナンドの攻撃を避けないパストラの頬から、ダンテが彼を嘲笑っていた。
意志など不要。
動かないなら動かないで、それだけ命の危険が増すだけだ。
死が近づけば、それだけ体の主導権が自分のモノとなる機会が増える。
せいぜい泣いていればいい。
何度も死ねばいい。
お前が何を望み何をしようが、悪魔と交わした契約は簡単に破棄できない。
ダンテは、パストラが聞いてようが聞いていまいが関係なく煽り立てていたが、彼に反応はない。
ただこのまま、メナンドの放った霧にやられてしまうかと思われた。
「悪魔の言葉に耳を貸すなッ!」
だが霧がパストラを覆う前に、ロトンが光の鎖で水煙を振り払った。
それでもすべてを吹き飛ばすことはできず、司祭の左半身には無数の赤い穴ができ、そこから血が流れている。
「ロトン神父!? どうして僕なんかをッ!」
ロトンが自分のために身体を張ったことで、パストラはようやく我に返った。
慌てて彼に駆け寄り、罪悪感に押し潰されそうな声を吐いたが、ロトンは気にすることはないと答えた。
悪魔は人を惑わすもの。
戦魔王とどのような契約をしたかは知らないが、すべてを鵜呑みにしてはいけない。
気を付けなければつけ込まれ、やがてすべてを奪われる。
それこそが悪魔の本質。
だからこそ異端の芽は取り除かねばならないと、傷の痛みに顔を強張らせながら淡々と語った。
パストラにはロトンの言いたいことがわからなかった。
いや、意味は理解できる。
つまりはダンテの話など気にするなということだ。
しかし、その話と自分を庇ったことは繋がらない。
そもそもロトンにとってパストラも異端なのだ。
今は優先すべきことがあるだけで、隙さえあればまた火あぶりにしようとしている――そう思っていた。
なのにどうして?
ロトンは、そんな複雑な表情でいるパストラに背を向け、ゆっくりと立ち上がる。
目の前では、メナンドが再び霧魔術を放っていた。
敵の姿を見据えながら、ロトンは傷の痛みに耐えて光の鎖を出す。
「私は……あの人のようになりたかった。力でなく信頼で人を守る……そんなあの人に……」
ロトンは呟くように声を出し、手に巻いた光の鎖を振り回す。
「だが、できなかった。だから私は自分にできる方法で多くの人を守ろうと……あの人になれずとも聖職者としてやれることをしようとした……。たとえそれが民の反感を買うことになってもな」
「なぜ……今そんな話を……?」
戸惑うパストラのほうへと振り返り、ロトンは彼に初めて笑みを見せる。
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