第3話 伝わっていなかった思い

 バレンタインデー当日のショッピングモールは、日曜日とあって家族連れもカップルも多かった。ゲームセンターも映画館もしかり。景品をチェックし、近日公開の映画のチラシをクリアファイルに入れた俺は、フードコートへ足を運ぶ。すれ違う人が興奮気味に話していた。


「話しかけてみなくてよかったの?」

「無理無理。絶対彼女いるって。かっこいいもん」


 人がまばらな午前十時。約束の時間はもう二十分あるのだが、案内板のそばで佇む柊らしき姿を見つけた。


「しゅーう?」

『おはよう(,,ÒωÓ,, )ノ。:*♡』


 返事の代わりにスマホ画面を見せる男子は、世界に二人といない。俺は安堵の息をついた。


「おはよ。今日は前髪上げたんだな。それに、その服……」


 アーガイル柄のニットベストは、おじいちゃん先生が着るような渋い色ではなかった。赤、黄、空と鮮やかなカラーリングが目を引く。加えて襟元には、白と青のストライプ模様のシャツが顔を出していた。


 主張の激しいアイテムの組み合わせは早いって紅葉から止められたのに、どうして同じ歳の柊は着こなせられるんだよ? 折れそうな脚しやがって。黒のスキニーだと、余計に細さが際立つだろうが。袖もふんわりと洒落たの着てるし、今日が特別な日だって思い知らされるじゃねーか。こんなのもうデート服だろ。いつものパーカーだと俺が浮きまくってたぞ。


 文句は山ほどあるが、柊に一番言いたいことを伝えなきゃな。俺はダウンジャケットの袖を握りしめる。


「に、似合って……る、ぞ?」

『へ⁉ ドキ(✱°⌂°✱)ドキ 雪、今まで俺の服を褒めたことなかったじゃん。どういう風の吹き回しなの? 今日の服、すっごい可愛いし。雪の金髪が映えるね( *∩ω∩)』

「特に意味はねーよ。いつものは俺と似たようなラフな格好だったから、褒める気が起きなかっただけだ」


 俺が着ているのは、ほとんど借り物だけどな。水たまりで汚したら弁償させると、紅葉から脅しをかけられていた。履き慣れないタイトスカートを破る方が現実的で怖い。白いタートルネックに、スニーカーもダウンも全部白でまとめるアイデアは自分では出てこない。さすが俺の参謀だ。


 往来で突っ立っていたら邪魔になる。俺はそろそろ移動しようと柊に話しかけようとした。


「うける。ギャルカノばっかしゃべってんじゃん」

「あれじゃ無口くんフラれちゃうね。せっかくのバレンタインなのに、かわいそー」


 一つのクレープを頬張るカップルに、俺と柊はたじろいだ。


 俺らは付き合ってないっつーの! なりふり構わずイチャつきやがって。中指立ててやろうかああっ! 心の中はずっと前から中指立ててたけどな?


 俺が噛みつく寸前で、柊は画面を見せた。


『行こっか。早くロゼットを雪にお披露目したいから』

「だな! ずっと楽しみだったんだ!」


 俺らはナックでポテトとコーラを買い、席に着いた。柊から渡された紙袋の中から茶色の箱を出す。


「うわぁぁぁ! こんなん、公式が一セット六千円で販売するクオリティじゃん! 色々飾りつけられてるのに、缶バッチがちゃんと主役になってる。やっぱ柊はスゲーよ」


 柊はポテトを噛みながら俯いていた。さっきのバカップルの言葉を引きずっているのか?


「柊もお豆腐メンタルかよ。気にすんな。柊が楽しそうなのは顔文字で分かるからよ」

『気にするよ( ߹꒳​߹ ) 顔文字でも、思っていること全部は伝わらないしさ。゚(っω`c)゚。ピー』

「分かってるよ。柊が可愛いことくらい」

「いいや。分かっていないよ」


 柊の声が俺を捕えた。腕を掴まれた訳じゃねーのに、身動きが取れねぇ。

 

「可愛いのは俺じゃなくて雪だ」

「ひゃ?」


 声が裏返りすぎて、間抜けな響きになる。


「何言ってんだよ! 柊の方が可愛いし! 何なら俺よりも、お前の嫁の方が可愛いだろうが!」

『ナナカは可愛いよ。でも、ユイリィにデレる雪は可愛い。自引きできなくてむくれたときも.*.꒰ঌ(っ˘꒳˘c)‪໒꒱.*.』

「どこに尊死する要素があんだ? キレてるとこばっか見せてるだろ?」

「ウサギがハリネズミの針を背中に背負った感じがして、可愛かったよ?」


 虚勢を張ってるみたいじゃねーかよ。それにしても、可愛いと思っていた花が、実は茎に棘を持つ薔薇だったとはな。ときめきの過剰摂取で死にそうだ。


 柊はリュックから手のひらサイズの箱を取り出した。ブランドチョコに疎い俺でも知っている老舗メーカーのロゴが入っている。ユイリィのチェキを収納するために使えそうだと思っていた宝石箱のような缶は、俺の財布だと手が出なかった。


「雪、返事はすぐじゃなくていい。ホワイトデーを過ぎてもいい。義理チョコだと……思ってくれていい。だから、特に考えずに受け取ってくれないか?」

「そんな気楽に受け取れるかよっ! ほらよ、俺からも本命チョコのお返しだ!」


 ピスタチオとホワイトチョコのクッキーサンドは、言わばナナカの概念チョコだ。顔を真っ赤にした柊が低音イケボを聞かせてくれると思ったのに、あえなく返り討ちに遭いやがった。


 ホワイトデーが付き合って一ヶ月記念日になるのは、また別の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】柊の棘は甘すぎる 羽間慧 @hazamakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ