第8話

「……本当にあの一節詠唱だけでフロアボスを殺せるんだろうな?」


 あれから数時間足らずで鉱山内のモンスターを狩り尽くしてしまったアルファの隣を歩きながら、アーヴィーは呆れたように口火を切る。対するアルファは昨日と変わらぬ無表情のまま一度頷いた。


「大丈夫、私の術式は、防御不可能。連射すれば、勝てる」

「だといいんだが……」


 どこか楽観的なアルファとは対照的に、アーヴィーの表情は固い。確かにアルファの攻撃術式は直撃すれば防御不可能。あれを防ぐ防御術式があるとも思えない。とはいえ、相手はSS級ダンジョンのフロアボスだ。


「安心、して。私には空間転移術式も、あるから。最悪、逃げられる」

「お前はそう言うけどなぁ……」


 ボス戦では空間転移を妨害する結界を張られることもある事実を、きっとこの機巧種エクスマキナは知らないのだろう。


「……着いた、よ?」


 やがてアルファの宣言通り、特設フロアへと続く鉄の扉が現れ二人の行く手を阻んだ。扉からは既に禍々しい濃密な魔素が漏れ出ている。それを知覚した瞬間、アーヴィーは無意識の内にため息を吐いていた。


「もう俺、帰っていいか?」

「ダメ……行く、よ」

「まだ死にたくないんだが」

「大丈夫、私が、いる」


 機巧種にあるまじき暴論でアーヴィーの言をねじ伏せたアルファは何の躊躇いもなく鉄扉に手をつき魔素を流し始めた。鉄扉に埋め込まれた歯車がアルファの魔素に同調して回転し、止まる。


「お前……そのマイペースどうにかしてくれ」

「でもアーヴィー、に、付き合ってたら、今日、終わっちゃう……」

「……それもそうか」


 機巧種であるアルファに死の概念はない。たとえ全壊したとしても彼女の記憶は他の機巧種に引き継がれ、同期されることによって永遠に生き続ける。心臓を貫かれればすぐに死んでしまう人間とは訳が違うのだ。機巧種が人と同じ感情を共有する時代は、きっと来ないのだろう。


「アーヴィー、行こ……?」

「あぁ、そうだな」


 ゆっくりと開き始めた扉の奥。玉座に腰掛けくつろいでいるフロアボスの姿を認識した瞬間、二人は同時に駆け出していた。


『……遂に来たか。創造神の被造物よ』


 玉座から立ち上がったのは漆黒のローブを身に纏う人形の異形。まさしく魔人・・とでも呼ぶべき存在が今、目の前にいる。フードの奥の双眸はアルファの姿だけを捉えていた。


展開アライズ飛翔ソア


 一節詠唱の飛行術式を展開し、アルファの背後に光の翼が具現化する。魔人の頭上を飛び回りアルファは唯一の攻撃術式を展開した。


展開アライズ破壊デストラクション


 集約された魔素の塊が光の奔流となって魔人を襲う。だが。


『こんなものが我に届くとでも……?』


 魔人が左手を虚空に翳しただけでアルファの放った術式はあっさりと無力化されてしまった。


貫通ペネトレイト三連射トリプルアクション!」


 立て続けにアーヴィーが紡いだ二節詠唱も魔人の防御障壁に阻まれる。


「クソ、無効化ディスペルの隙を狙っても駄目か……!」

「……驚いた。私の攻撃術式を防ぐ、なんて……」


 いつの間にかアーヴィーの隣に降り立っていたアルファが抑揚のない声で呟く。が、アーヴィーは気が付いていた。


「……いや、あの魔人にお前の術式を防御するだけの魔素はない。あれは魔素を分散させることによって術式自体を打ち消しているんだ」

「あの左手には、術式を無力化する力がある、と……?」

「その可能性もあるな。普通、魔術の無力化と防御を両立させることはできない。だから俺はお前の術式が無力化される瞬間を狙って攻撃呪文アサルトスペルを撃ち込んだ。にもかかわらず……」

「攻撃は、通らなかった……」


 アルファの術式は無効化され、アーヴィーの二節詠唱では魔人の防御障壁に止められる。あれを正面から破るには最低でも三節以上の攻撃呪文が必要だ。


「どう、する? 一旦、離脱、する?」

「そうだな。今回は引く……」


 と、アーヴィーが最後まで言い終わらぬ内にアルファは再び攻撃術式を放っていた。見れば魔人の姿が眼前に迫り、右手には大剣まで携えられている。目を離したわけではない。それでも、動きがまるで見えなかった。


『作戦会議はそこまでだ。これ以上、待ってやることはできん』

「そうかよ、短気だな。焼却インシネレート!」

展開アライズ防御オブスタクル


 振り下ろされた大剣をアルファの防御術式が阻み、魔人の背後に回り込んだアーヴィーは一節詠唱の攻撃呪文を唱える。虚空に生み出された無数の火球を左手のみで無効化し魔人はため息を吐いた。


『この程度で我を殺せると……』

「思ってるわけねぇだろ! 歪曲ディストート!」


 だがアーヴィーの狙いは当然、一節詠唱の攻撃呪文で魔人を倒すことではない。アーヴィーは術式無効化直後に生まれる、一瞬の隙を待っていたのだ。アーヴィーが選んだのは人体を内側から破壊する攻撃呪文。詠唱終了と同時に魔人の左手が変形を始め、やがてねじ切れる。


『……ッ? これは……!』


 魔人の双眸が驚愕に見開かれた。


展開アライズ破壊デストラクション


 間髪入れずにアルファの攻撃術式が発動。もう、魔人に術式を無効化する手立ては残されていない。が、魔人は躱すことも防御術式を展開することもしなかった。光の奔流に飲み込まれそうになりながら、なおアルファに向かって大剣を振り下ろしたのだ。アーヴィーは咄嗟にアルファの身体を突き飛ばし石畳に倒れ込む。


「転移しろ!」


 辛うじて致命傷は免れたものの、背中を掠めた大剣の感触に違和感を覚えアーヴィーはアルファに転移を命じた。


(おかしい……魔素が、操れない……?)


 魔術師の核となる心臓に疼くような痛みがある。そんなアーヴィーの焦燥には気付かないままアルファは淡々と空間転移術式を展開した。


展開アライズ離脱エスケープ

『ほう……逃げるか! 創造神の被造物よ!』


 土煙を大剣で切り払いながら魔人が吼える。その挑発に顔色一つ変えずアルファは首を横に振った。


「創造神の、被造物……? 違う、私は、アルファ。アーヴィー、が、私に名を与えた、から」


 それは、およそ機巧種の発言ではない。だが、彼女を『アルファ』として定義付けた・・・・・アーヴィーだけはその言葉に確かな手応えを感じていた。この少女は、変われるのかもしれない。機械の身体を持ち、心なく生き、感情を宿す日はきっとそう遠くない未来になるはずだ。

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機械少女と死霊術師 葉月エルナ @05270201

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