31. 邂逅 (1)
華影ノ盟の協力者としてエリシェの防衛に携わってから四日が経過した。ここ数日はケモノの襲撃も落ち着いており、
平和であるのは何よりだが、静寂の包むエリシェの異様さは変わらない。町の活気が取り戻されるのはいつになるのだろうか。二人が連盟の協力者となった直後に派遣されたというラテルス調査隊も、エリシェに帰還したという報せは今のところ受け取っていない。
(今日は午後から東地区の警備に混ざって……そのまま夜まで待機か)
リシアは一人、今日も混雑するロビーの片隅で本を開いている。二人に割り振られた任務は午後からの開始だが、暇を持て余したアユハは町の視察をすると告げ、一足先に出かけていった。当然、リシアも同行するかと誘われたわけだが――最初こそ乗り気であったものの、すぐに思い直して断った。
「あれ絶対、稽古相手を探しに行ったな……」
彼が騎士としての役目を果たすために町へ出たのも事実だろう。一方で、それを口実に別の目的で外出したことも一目瞭然だった。
あの“冬の騎士”が連盟の協力者として一時、エリシェ支部と行動をともにする。その話は瞬く間に連盟員の間で広がったらしい。マルセルとの情報共有を終えた当日の夜には、かの有名な騎士の姿を一目見ようと連盟員が代わるがわるアユハに接触する様子を見かけた。
昨日までは町の防衛について何やらマルセルと話し込んでいたが、今日の彼は外の把握に時間を割くらしい。人のいないエリシェの町、アユハと一太刀交えたい連盟員――周囲の人々に被害を出す恐れがない状況下で、好奇心旺盛な戦士たちに声をかけられれば、むやみに断る彼ではない。
(むしろ自分から声かけてる頃だろうな……)
そういうわけで、一緒に出歩くと早々に巻き込まれる気配を察したリシアは任務時間に彼と合流する予定である。時間が来るまでは最近疎かにしていた歴史書の解読に勤しもうと、持っていた分厚い本を開いていた。
窓の外から差し込む木漏れ日が不規則な影を机に落とす。穏やかな日の光に背中をじんわりと温められながら、リシアはぺらりと古書のページをめくった。
連盟関係者であれば飲み放題らしいコーヒーを片手に、並んだ古語を読み進める。今から何千年も前、遥か古代の物語を記したその書物は、リシアが恩師から譲り受けた忘れ形見の一つだった。
先生とともに作り上げた自作の辞書を片手に、解読に集中するリシアにはロビーの喧騒も遠い。人々の雑踏はすぐに意識の外へと追いやられ、彼女は本の世界に没頭した。
華影ノ盟の入り口が開く。任務帰りの連盟員が受付に向かい、見知った仲間を見つけて片手を上げた。気付いた相手がそれに応じて――その瞬間、けたたましい鐘の音が、華影ノ盟内を割れんばかりに走る。物々しい空気に顔を上げたリシアのもとに、町人の悲鳴に混ざって連盟員の切迫した声が届いた。
「エリシェ東! ケモノの襲撃です!!」
リシアが椅子を蹴るように立ち上がるのと、待機の連盟員が支部を飛び出していくのが同時だった。人々の恐怖と緊張を振り払うように、彼女は彼らを追って華影ノ盟を後にする。
白昼の町におけるケモノの侵攻。規模は不明だが――今、この町には
エリシェの舗装された道をひたすらに走る。一直線に現地へと向かう連盟員を追いかけていると、リシアの耳に先ほどとは別の鐘の音が届いた。
「これは……?」
「西地区の警鐘……! まさか、西側にも!?」
顔面を蒼白にした連盟員が悲鳴のような嘆きを零す。その声音には、この町の置かれた深刻な状況がありありと滲んでいた。
東西エリシェの同時襲撃。アルストロメアでも経験したが、ケモノの襲撃の頻度が尋常ではない。それはオリストティア王国の異常さを鮮明に語り、人々の心に暗い影を落とすものだ。
「皆さん、支部へ!」
「落ち着いて! 連盟員に従って避難を!」
連盟員の懸命な指示が混乱する町に響き渡る。我先にと逃げ惑うエリシェの人々が、今までの静寂など嘘だとでも言うように町に溢れ返っていた。
そんな民の進行方向に逆らいながら、東へと走る連盟員が呟く。
「西側、大丈夫かな……普段はラテルスの調査に行ったヤツらが担当してる地域だから、今は人が……」
「心配いらないと思いますよ」
しかし、不安に揺れるその言葉を彼女は即座に否定する。やけに確信に満ちた声に、前を行く彼は目を丸くして振り返った。
「
冬のような凍てつく空気に包まれているであろう、もう一つの戦場に思いを馳せる。
西はアユハに任せれば良い。言外の意味が正しく伝わったのか、連盟員が目を見開く。その表情は憧憬か、畏怖か。リシアには判断ができなかった。
イースレウムの黙示録 永川日々 @yu_ngkw
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