第48話 潮騒

「おい、おいっ、しっかりしろ。大丈夫か。」

 声をかけられて、起き上がる。頭がぼんやりしている。ここはどこだ?

「助かったんだよ、君たち。導師様が降伏してくださって、リゼア連邦大公様が安全に下ろしてくださったんだ。」

 宇宙船を建造する場所だった大きな天幕の下だった。上体を起こしたまま、周りを見回す。こんなに大勢いたっけ。簡易ベッドが見渡す限り並んでいるが、大半がもう目覚めているようだ。看護師が回ってきて手際よく血圧なんかを計っていく。頭が痛い、というと、もう一度寝させられて点滴をされた。脱水症状ですよ、大丈夫、すぐよくなりますから。

 何があったか、ぼんやりとしか思い出せない。そうだ、俺は、マティで空中に何日か落ちないで止められてた。

「やあ旦那、気がつきましたか。」

 親し気に声をかけてくる男がいた。じっと顔を見つめるが、見覚えはない。やせ気味の、鉄色の髪をした、ソル系でなら50代ぐらいかという年齢の男だ。

「あの、どこかで会いましたか。」

「ええっ、いやだなあ、旦那。交易都市ディクラで、意気投合したじゃないですか。しかし何だって、傭兵部隊になんか入ったんです? ミーシュさん泣いてましたよ。」

「ミーシュ…、何か、ああ…そうだ、指輪。」

 俺はあっちこっち探って小さい紙の袋に入った指輪を見つけた。そうだ、俺はこれをミーシュに渡そうと思ったんだ。死んだ母さんの形見だった指輪…。

「キッドマさん、ですよね。ありがとう、思い出せました。何もかも…。」


― あんなに記憶の書き換えをしちゃっていいんですか? ミーシュさんが別のいい男、見つけてたら、どうするんです?

 アーセネイユがおもしろそうに言う。

― 仕方ないわ。彼の記憶と生い立ちは貴重な資料よ。まだ本当の敵には届かなかったんだもの。それにしても、彼、あの空間の中の世界で生まれたのに、なんでこちらの世界で存在していられるのかしら。彼の母親と姉はこちらの世界に入ったとき消滅したのにね。

 あの男に対する詳細なデータはすでに分析されている。個体としての特質ではなく、あの空間の特質が作用しているのだろうとウロンドロスは言う。それが何なのかを調べなければならない。

 彼の母と姉が消えた原因を、彼はリゼア連合がソル系に対して行った攻撃だと信じていた。極端な人口の減少はパニックを生みやすい。そこに付け込んで連合加入を急がせたのだと。あの女性ばかり犠牲になった病気の流行はその目的のために持ち込まれたウイルスによるものだと。

 実際は逆なのだ。宿主を100パーセント殺してしまうウイルスは、遅かれ早かれ自滅してしまう。そのためウイルス自体が急激に変化して宿主を殺さない弱いタイプになるものなのだ。実際りゼア連合の記録によれば、ウイルス性疾患によるパンデミックが収まってきた段階で、コロニー建設の後押しを始め、それが短期で完成したのを待ってりゼア連合加入に至っている、とある。

カルティバと、もう一人のあの人の配下パーセルモンはあの空間に夢中になってしまって、専らその研究にいそしんでいるらしい。そこは彼らの報告を待つほうがいいだろう。あの人自身は、早々にマティ問題を部下に任せて手を引き、次に来るであろう交易都市ヴァンセルガの問題にとりかかっている。

 自爆テロから脱出した例の個人の住まいのようだった空間は、文字通りなくなってしまったそうだ。あのエレベーターからのルートはもう使えない。そしてカルティバたちが焦って駆けつけたものの、マティの武器の輸送に使われたゲートは、いつの間にかなくなっていた。ゲート本体は影も形もなく、地中まで探査したがあのドームの構造どころかそんなものがあった形跡さえなかったそうだ。地上に残ったのは作業員たちが目印にしていた白い線でかかれた円だけだった。

 あの時、私に話しかけてきたのは誰だったのだろう。暗くした部屋のどこかから話しかけてきた人物は、あの部屋にはいなかったはず。それなのに幻術体(アバター)の私をミトラ王だと知っていたのはなぜなのか。まだ疑問ばかりが残っている。

―考え込んでばかりはおられませんぞ、王。マティには戦災復興支援を出さねばなりますまい。王ご自身が関わられたのですから、ここは采配のしどころです。またメンデ・カシオナとその配下の者たちは教団追放、教団所有の教会の半数のを閉鎖という処置は甘すぎはしないかと、抗議の声も上がっているとイクセザリアからの報告もあります。後始末をしに当分マティへ通っていただかねばなりません。

 そうね,サグ。私の仕事だもの。私がやらなきゃ。


 風の君臨 終

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風の君臨 @kabochamusi

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