第33話 朝日の中のエピローグ

 新しい朝がやってきた。東から昇る太陽が世界樹やアルマニアの都市を照らしていく。


 朝日を浴びながら、私が見る世界は光輝いて見えた。それくらいに、世界樹の上から眺める世界は美しかった。


 しばらくの間、私はその景色に見惚れていた。いつの間にかヴァルが横に座っていて、少し照れくさい気持ちがあった。ヴァルは都市の方を見ながら言う。


「この世界は、こんなにも美しかったか」

「ええ、ヴァル。世界には美しいものがたくさんあるわ」


 だから。


「ヴァル。世界樹を出て、外の世界を見て回りましょ」


 私の言葉にヴァルは頷く。


「そうだな。それは良い考えだ」

「私と一緒に、良いわよね」

「当たり前だ。俺には外の世界を案内する誰かが必要なんだから」


 そうか。ヴァルは数百年前までの世界しか知らないのだから。案内が必要なんだ。


「任せておいて!」

「ああ、任せた」


 これからもヴァルと一緒に旅が出来ることがたまらなく嬉しくて、思わずガッツポーズをしてしまう。そんな私を見てヴァルは優しく笑う。


「よほど嬉しいのか。何かを成し遂げた気分なのか」

「その両方よ!」

「なるほど。両方か」

「ええ、これからもよろしくね。ヴァル」


 私はヴァルに体をよせた。彼は恥ずかしそうにしながらも、私を受け入れてくれた。


 その時、マリーが立ち上がった。


「さて、わたくしはそろそろ行きますわ。観たいものが観れましたからね」


 もう、彼女は行ってしまうのか。それは寂しく感じる。私はもう少し彼女と話がしたい。


「あの!」

「なんですの?」

「その……ここから戻って穴を通ったところに蜂竜が居るんだけど、それはヴァルの……彼の使い魔的な存在なんで……たぶん襲ってこないと思う。だから……」


 私に対し、マリーは微笑んで頷く。


「分かりました。その蜂竜に手出しはしません。それで、もう少し話したいことがあるのかしら?」


 離したいことならいくらでもある。でも、出発する彼女をいつまでも立ち止まらせては悪い。だから、私は最後に一つだけ、訪ねることにした。


「えっと……最後にひとつだけ。訪ねたいことがあるの?」

「では、最後にひとつ答えましょう」

「ありがとう。じゃあ、訪ねるけど、世界で最も甘い物って何だと思う」

「世界で最も甘い物?」


 マリーは私の質問に強く興味をもったみたいだった。彼女はあごの下に指を当てて真剣に考え、やがていたずらっぽい笑みを浮かべた。


「そうですわね。妖精竜の涙か……はたまた幻想樹の花の蜜か……はたまた伝承の果実も捨てがたいですけれど、ひとつを上げるとすれば……」

「ひとつ上げるとすれば?」

「愛する人との接吻かしら」


 とても恥ずかしい台詞を、マリーは平気で言ってみせた。私は思わず耳が熱くなって、でも、彼女がそう言ってくれたおかげで確信を持つことができた。


 ヴァルが探していた世界で最も甘い物とは、愛する人との接吻だったのだ。それは私のことをヴァルが愛していて、ヴァルのことを私が愛しているという証明になるのではないだろうか。でなければ、ヴァルの呪いが解けることはなかったと思う。


「マリー。ありがとう。あなたの答えが聞けて良かった」

「私の答えに納得してもらえたのなら、良かったですわ」


 そしてマリーは私に軽く手を振った。


「では、わたくしは行きます。もしかしたら、またどこかで会うこともあるでしょう」

「ええ、また会いたい。その時を楽しみにしてる!」


 私は立ち上がり、ヴァルも立ち上がった。私たちはマリーが去っていくのを、手を振りながら見送った。


 マリーが去り、後には私とヴァルが残される。私はヴァルを見て、ヴァルは私を見た。しばらくお互いに黙っていて、先に口を開いたのは彼だった。


「一晩考えて、決心ができた」

「決心?」

「ああ、俺の素顔を見せる決心がだ」


 それは……素直に嬉しい。彼の素顔がどんなものか気になるという気持ちがあったし、彼が私のために考えて決心をしてくれたということ自体が嬉しく感じられた。


 ヴァルは緊張している様子だ。


「俺の本当の姿を見ても、笑うなよ。そんなに立派な姿はしていないんだ」

「あなたがどんな姿でも、笑ったりなんかはしないわ」


 でも、実は密かに彼の本当の姿を想像してみたりはしたのだ。きっと、背が高くて、憎たらしい感じのイケメンではないだろうか。


「……じゃあ、変身魔法を解くぞ」

「うん」


 ほどなくして、大きなクマの体がゆっくりと煙のように消えていく。だんだん、その姿は小さく……小さく?


「……これが、俺の本当の姿だ」


 それは私が想像していたのとは随分印象の違う姿だった。顔立ちは整っているが、イケメンというよりは幼さを感じる。美少年という感じの容姿だ。背も私と同じくらいにしかなくて、想像通りだったのは、彼の黒い髪と瞳、あとは長い耳くらいだ。彼の本当の姿は、なんとも愛らしかった。


「……幻滅したか? こんなちんちくりんで」


 トンガリ帽子を手で弄りながら恥ずかしそうにする美少年に、私は言う。


「いいえ、とても素敵な姿。可愛いわよ。ヴァル」


 私の言葉を聞いてヴァルは赤面する。そんな姿も愛らしくてたまらなかった。


「……そういうことを言われるのが恥ずかしかったから、この姿を見せるのはためらったんだ」

「からかってごめんね。ところで、ヴァル」


 私とヴァルの冒険はまだ続く。だから私は彼に訪ねる。


「今日は何を食べよっか?」


 これからも彼にたくさんの美味しい物を食べてもらうのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界樹と蜂蜜 あげあげぱん @ageage2023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ