雨の幽霊3(終)
『雨の幽霊』
雨が降ると、庭先に子供の幽霊が現れる。黄色い長靴と黄色い傘、お下げ髪の可愛らしい女の子。水たまりを跳ねるように歩き、時折くるりと回って、庭に咲いた花の前でしゃがみ込んでツンツンとつつく。我が家の黒猫と時折遊んでは、彼を泥だらけにして楽しそうに笑う。声は聞こえてはこないのだけれど。
(2025/01/04)
『ゆうれい』
幽霊は、最近色んな物を取りこぼして現れるようになった。私がプレゼントした黄色い傘だけ鮮やかで、顔がよく見えなかったり、傘を握る手が靄がかったようになっていたり、足がぼやけてしまっていたり。
多分別れが近いんだろう。
結局彼女がどこから来たのか、誰なのか、分からずじまいになりそうだ。
(2025/01/05)
『幽霊の写真?』
家の整理をしていると、アルバムを見つけた。この家は数ヶ月前に亡くなった大伯母が施設に入るときに譲り受けた家で、彼女のものがいくつも見つかるのだ。ある程度残して処分してしまおうかとアルバムを開くと、いくつかの写真に小さな女の子が写っているのを見つけた。
あの幽霊と、そっくりだった。
(2025/01/06)
『写真の女の子』
大伯母には家族がいなかった。私が生まれるより前に旦那さんを亡くして、ずっと一人暮らしだった。そういう風に大伯母自身から聞いていた。娘がいたという話ももちろん聞いたことはなかったのだけど。それではこの子は一体誰だろう。写真に残る若い大伯母とその夫と、二人ともによく似た小さな女の子。
(2025/01/07)
『女の子のこと』
写真の女の子のことはすぐに分かった。母に尋ねたら、大伯母には一人娘がいたのだそうだ。十歳を迎える前に病気になって、二十歳になる前に亡くなってしまったその子供のことを、大伯母は決して口にしなかったし、周りの誰も口にできなかった。
娘を亡くした母親は、とても憔悴してしまっていたから。
(2025/01/08)
『女の子の名前』
満面の笑みを浮かべた可愛らしい少女が、今にも動き出しそうな様子でこちらを見つめている。この子が動くのを見ているはずだけど、二人が完全に重ならないのは幽霊があまりに儚いからか。
写真を裏返す。少女の名前と年齢が、大伯母の字だと分かる字で書かれている。
「いろは」
それがあの子の名前。
(2025/01/09)
『幽霊が消えた』
雨が降って、庭に幽霊が現れた。ぴょんと水たまりの上を跳ねたその子に、私は小さく声を掛けてみた。
「いろは?」
私がそう呼びかけると、幽霊はぱっと顔をあげ、花が開くように鮮やかに笑って、そして、解け落ちるように消えた。
私がプレゼントした黄色い傘だけ、ポトンと落ちてその場に残された。
(2025/01/10)
『幽霊は現れない』
雨が降っても、幽霊は現れなくなった。
二十歳近くまでは生きたはずのいろはという少女がどうして幼い姿でいたのか。それは大伯母の思い出だったのかもしれないし、家の記憶だったのかもしれないし、彼女自身が一番元気だったときの姿なのかもしれない。
いずれにせよ幽霊は、きっともう現れないのだ。
(2025/01/11)
『傘のある庭』
小さな傘をそのまま捨てるのは忍びなく、別の色の傘も買ってきて庭の飾りつけに使うことにした。
子供用の傘は鮮やかな色が多くて、色んな色を揃えたら我が家の庭は随分明るくなった。
動き回る黄色い傘が無くなったのは寂しいけれど、至る所に鮮やかな色の傘がある風景は、そう悪いものではなかった。
(2025/01/12)
『庭のお客さん』
ある雨の日に、何のひねりもなく「クロ」と名付けた我が家の猫が、庭に向かって鳴いていた。庭を覗くと傘の下に茶色い子猫が丸くなっている。まるで雨宿りでもするようなその姿が微笑ましくて、開けろと鳴くクロに言われるまま戸を開けてやる。クロはしばらくの間、子猫と何やら話しているようだった。
(2025/01/13)
『思い出話』
傘の屋根は、小さな動物たちの雨宿り場所になった。クロが何か話したのだろうか。あの時の茶色い子猫も、時々やって来るようになって、いつか我が家の一員になるのかもしれない。
クロは時々庭に降ろせと鳴いて、彼らに向かって鳴きながら、幽霊がよくいた花のそばや水たまりの場所をつついて回った。
(2025/01/14)
『雨の庭』
雨が降ると、庭先にある傘の下に、猫や鳥が雨宿りにやってくる。我が家の黒猫は時折庭に降りて、何かを教えるように鳴きながら、庭を歩き回ってあちこちつついた。
そんな小さな動物たちを真っ黒な傘が覗き込んでいるような気がする時があるのは、きっと私の思い出が、庭に映り込んでいるからだろう。
(2025/01/15)
雨の幽霊 須堂さくら @timesand
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