スガタミノ、イド

@d-van69

スガタミノ、イド

 それは友人とその彼氏がW県へ旅行に行ったときの話だ。

 W県にはK山という霊場があった。その最奥部には有名な高僧の霊廟があり、そこにいくまでには約二キロの参道を歩かなければならない。霊廟は普段は公開されていないものの、友人が行ったときがたまたま千何百年かの記念の年で、期間限定で一般の人たちもお参りすることができたそうだ。

 せっかくだからと友人と彼氏もそこへ行くことにした。

 参道の両脇には多種多様な人物のお墓が並んでいた。世界的な企業の経営者のものであれば、著名な芸能人のものもあった。

 特に目を引いたのは戦国武将の墓だった。歴史の授業で習った名前が刻まれた墓石があちらこちらにあるのだ。それらのほとんどは、人の背丈ほどもある大きなものだった。

 友人の彼氏は歴史オタクらしく、嬉々としてそれらを観察していたそうだ。しかし一つ一つにあまりにも時間をかけすぎるせいで、一向に先へ進まない。そんな中、友人の彼氏は突然ある墓石に駆け寄った。

 誰の墓だと思い友人が目を向けると、そこに刻まれていたのは聞いたこともない戦国武将の名前だった。それでも彼氏はその人物を知っていたらしく、なめるように墓石を眺めていた。

 そのとき、友人の彼氏は「あ!」と声を上げ、うれしそうな顔で振り返った。その手には小さな石ころのようなものがあった。

 それは墓石の欠片だった。歳月を重ねて脆くなり、角が欠けたものだ。

「祟られるから元に戻しなよ」

 そう諭す友人に対し、彼氏は取り合わないどころかその石を胸のポケットに収めつつこう言ったそうだ。

「この武将ならお願いしたいくらいだよ」


やがて二人の先に、井戸が見えてきた。そこを覗き込み、水面に顔が映らなければ三年以内に死ぬ、という曰く付きのものだ。

「覗いてみよう」と誘う彼氏に対し、「気味が悪いから」と友人は断った。すると彼氏は一人でそれを覗き込んだ。

 井戸の縁に手をかけてじっと中を覗き込んだまま、なかなか顔を上げない彼氏の姿を見て友人は心配になった。

「どうしたの?まさか見えないの?」

たずねる友人に、

「そんなことないよ。俺、視力が悪いからさ……」

 彼氏は水面との距離を縮めるためか、身を乗り出すようにして井戸の中に上半身を突っ込んだ。その瞬間、胸ポケットに入れてあった墓石の欠片が転がり落ちた。

「あっ」と彼氏が手を伸ばしても間に合わず、落ちた石は水面に波紋を広げた。

 彼氏は水面の揺れがおさまるのを待とうとしたのだが、それを友人が急かした。ただでさえ戦国武将の墓で時間がかかっているのに、さらに時間を取るのかと。

「帰りにもう一度見ればいいじゃない」

 友人の言葉に彼氏は納得し、二人は先を急いだ。

 高僧の霊廟でお参りを済ませた二人は再び井戸に戻ってきた。

 ところがその井戸に大行列が出来ていた。海外から来た団体の観光客だ。一人ひとり覗き込んでは安堵の笑みを浮かべている。

「どうする?」

 たずねる友人に、彼氏は意外な言葉を返す。

「別にいいよ。こんなのただの迷信だし」

 往路ではあれほど熱心に覗き込んでいたくせに、どういう風の吹き回しだと思いつつも、友人は先を歩く彼氏の後を追った。

 帰りはスムーズだった。いちいち墓の前で立ち止まることがないからだ。

 順調な足取りに気を良くした友人は、「次はどこへ行く?」と彼氏に問いかけた。

ところが彼は「うん……」と言ったきり返事をしない。

 暗い表情を浮かべる彼氏に「どうかした?」と友人はたずねた。

「あのさ……」

 何か言おうとして振り向いた彼氏が、足元の段差に躓いて転んだ。

「なにやってんのよ」

 笑う友人に照れくさそうな顔を浮かべる彼氏。

 そこへ参道の脇に立っていた大きな墓石がなんの前触れもなく倒れてきた。一瞬の出来事だった。

 彼氏の顔は、墓石に押しつぶされていた。それは欠片を盗んだ戦国武将の墓だった。

 そのとき友人は思ったそうだ。

 井戸の水面に、彼氏の顔は映っていたのか、いなかったのか……。

 


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