12月21日

12月21日 20:37



「オノさんは、ダストパンクの活動はいつからやってるんですか?」

「もう、どれくらいになるかな。一年ちょっとかな」

 オノは、カップ焼きそばを啜る。

 蜘蛛怪人との戦闘後、オノが突然「俺の取材をするんやったら、同じ釜の飯を食わなあかん」と言い出し、二人して一度城東公園に大型バイクと原付を駐車して、コンビニに夕食を買いに行った。

 河ヰの原付のシートにカメラを置いているため、画角にベンチに座って食事を摂る二人が映っていた。

 オノは、ダクトパンクの衣装の上から、上下グレイのスウェットを着ていた。

「ずっと、一人でインガと闘ってたんですか」

 河ヰもオノと同じメニューで、カップ焼きそばを啜る。

「そうや。まぁ、成り行きってヤツかな」

 おにぎりを齧って、麺を口いっぱいに啜る。成長期の中学生みたいな食べ方をしていた。

「ダストパンクって名前や、その装備は、ご自分で作られたんですか?」

「器用貧乏っちゅーこっちゃ」

 オノはペットボトルのお茶を、喉を鳴らして飲む。顔の印象もあってか、蛙の鳴き声みたいだった。

「普段、仕事は何されてるんですか?」

「そこのラブホの清掃員や。ムラムラしたら、あかんで」

 城東公園すぐにあるラブホテルの方向を指さす。

「しませんよ。そもそも、インガってなんですか?」

 河ヰの質問は、とりとめもない。思いついたまま、聞いているのだろう。

「心のゴミや」

「もうちょっと、わかりやすく」

「経験からして、簡単に乗り越えられん壁やったり、まぁ、トラウマとか。そういうのが処理されんままやと、心が囚われてしまう」

「心の弱さが、インガになるきっかけなんですか」

 河ヰは、おにぎりを齧る。さっきから食が進んでいなかった。

「それだけやない。インガになる人間は、タネを貰っとんねん」

 オノは、からあげのホットスナックを一口に放り込む。

「タネ?」

「タネが成長して実になると、インガになる」

「どこで貰うんですか?」

 ついにカップ焼きそばを置き、お茶を流し込む。

「夢の中でや」

「夢…ですか。あの寝てるときに見る」

「デッカイ木があってな。その下に、エラい別嬪さんがおるんや。その姉ちゃんから貰う。どうしてか、そのタネを飲みこんだら、すべてが解決できるって知ってるんや。ただそのかわり、人として生きる上で大事なモノを差し出さんといかん」

 河ヰは、オノが語る荒唐無稽な話を現実のものとして受け入れていた。

「例えば、どんなものですか」

「俺は、自分の寿命を差し出した」

「えっ、寿命って、命ってことですか」

「まぁ、幸いなことにまだ元気に生きてるけど」

 豪快に麺を啜る。活力に満ちた食欲は、とても命の蠟燭が残り少ないようには思えなかった。

「余命はどれくらいなんですか?」

「知らん。寿命とのチキンレースをやっとんのや」

「オノさんは、それであの能力を得たんですか」

「そうや。技名は、デウス・エクス・マキナ。どや、かっこええやろ」

「なんか、中二臭いですね」

 オノは、肩を落として溜息を吐く。

「蜂須賀君」

「河ヰです。もう、覚えてくださいよ」

「面倒くさいやっちゃなぁ。作家でええやろ。作家は、俺を取材したいっていうのに、教養がないわ」

「ありますよ、教養くらい」

「俺が言うてんのは、特撮ヒーローに対する愛がないわ」

 カップ麺の底を箸で掻いていた。

「介護のクズ読ましてもろうたときに、タイトルが漢字二文字やったんは、クウガを意識してんのか思うたけど」

「なんですか? クウガ?」

(※仮面ライダークウガ 2000年1月31日-2001年1月21日まで、テレビ朝日系列で放送された、東映製作の特撮テレビドラマ作品。のちに、平成ライダーと呼ばれるシリーズの一作目。主演 オダギリジョー)

「坂本君」

「だから、河ヰですって」

「キャラクターショーをやってたみたいやけど、なんでやってたん?」

 河ヰは、一口麺を啜る。咀嚼して嚥下する。苦虫を嚙みつぶしたような表情をしていた。何かを思い出そうとするとき、彼はいつもこんな顔をする。

「そのとき、ちょうど、映画の専門学校に通ってて。ほとんど行ってなかったんですけど。求人誌で募集を見かけて。面白そうだなって。経験して損はないなって」

「自分が、どのヒーローに入ってたのか覚えてるか?」

「えっと、なんだっけかなぁ。あの、あれ、あれですよ。ベルトにガラケーがついてる」

「ファイズやっ」

(※仮面ライダーファイズ 2003年1月26日-2004年1月18日まで、テレビ朝日系列で放送された、東映製作の特撮テレビドラマ作品。シリーズ4作目。携帯電話や電子機器をモチーフにした玩具は、100万本以上を売り上げる大ヒット商品となった。主演 半田健人)

 声を荒げると、米粒が口内から飛び出した。

「汚いですよ」

「同じ釜の飯を食うたら、次は特撮の勉強や。次に会うまでに、昭和から令和まで、全部ヒーロー作品を見てこい」

「んな、無茶言わないでくださいよ。だいたい、同じ釜の飯って。これ、コンビニで買ったヤツじゃないですか」

「ええや、ないか」

「同じ釜の飯って、一つの食べ物をみんなで共有することによって——」

「くどいし、細かいな。モテんやろ」

「…知ってるでしょ」

 むっとしたように呟くと、焼きそばを苛立たし気に掻きこむ。

「そうや。食え食え。食わんと元気にならん」

「野菜とか食べないんですか。これじゃ、中学生の昼飯ですよ」

「野菜は、あるやん」

 カップ焼きそばに入っていたキャベツを箸で摘まむと、口に放り込んだ。

「ええと、なんでしたっけ。そうだ。オノさんの能力って、どういったものなんですか?」

 河ヰは脱線した話題を引き戻した。

「囚われていた負の感情を取り除いて、インガやったときの記憶も失くす。まぁ、心の掃除みたいなもんや。作家も見たやろ。ジャングルジムとか殺された人間が生き返ったり。あれは、副次的な効果やな」

「虎怪人の永瀬君は、虎の人格に支配されてましたけど。蜘蛛は、普通に喋って、能力を使いこなしてましたよね」

「そこは、人それぞれの個性や。必ずしも、自分が望んだ通りの結果になるわけちゃうからな。ちょいちょい、おんねん。暴走してるやつが」

 すでにオノは、完食していた。河ヰもお茶で流し込んで完食したが、気持ち悪そうだった。

「なるほど。これって、ここだけの地域限定の現象なんでしょうかね」

「さぁな。それは知らん」

 オノは、ペットボトルのお茶を飲み干した。

「オノさんは、どうしてインガのいるところに、すぐに来ることができるんですか?」

「うぅん。まぁ、勘みたいなもんや。感じるんよ。インガの存在を」

「霊感みたいなもんですか?」

「どうなんやろな。霊感ないからな」

 そう言うと、ゴミをビニール袋に突っ込む。

河ヰは上着のポケットに右手を突っ込むと、顔を顰めて手の甲を眺める。

「インガを言葉で説得することはできないんですか?」

「そんなんできたら、苦労ないわ」

「暴力って、嫌な気分になりませんか?」

「それでも、やらなあかん。インガになった本人が、一番苦しいんやから」

 袋の持ち手をきつく縛った。

 河ヰは、顔を顰めながらスマホを取り出す。

「最悪。壊れてる」

 画面は粉砕して、ブラックアウトしていた。

「あっ、今、何時ですか」

 オノはポケットからスマホを取り出した。

「もう、十時前やな」

「ヤッバ。忘れてた」

 河ヰは慌てて、カメラを回収して、原付のエンジンを点火させる。

「おい、どうしたんや」

「待ち合わせしてたの、忘れてたんですよ。あっ、連絡先教えてください」

 河ヰはカメラを、オノのスマホに向けて連絡先を記録する。

「じゃあ、また連絡しますから」

 河ヰは、ノロノロと走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

正義のクズ (旧リアルライフヒーロー(仮)) @nanashi9601

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画