2分10秒小説『半透明な天使たちが舌打ちを連ねるAM7:32』

「かー」

 痰を溜めた。吐き出そうと街路樹の根元に狙いを定める――と、そこに天使が現れた。

 仕方が無いので、ガードレールの横っ面にぶっかけてやろうと向きを変えた。しかしそこにまた別の天使が現れた。

 足元しかない。靴に当たらないように、真下に落としてやろうと顔を下に向けると、空間が揺らめいてにょきにょきと天使が生えてきた。純白の肌、シームレスな翼。

 私は、喉の奥で凝り固まった小さな悪意を、体外に放出したかった。しかし悉く、天使たちのチームプレイによりブロックされてしまった。天使に吐きかける?それは恐れ多い。信仰心は無いが、私にも汚したくないものはある。

(飲み込むしかない)

 それが神の思し召しなのだろう。喉を鳴らそうとした瞬間、目の前に天使の顔が迫って来た。手には小さな刃物、私の喉に突き付け、首を左右に振っている。

(飲み込むなと言うのか?)

 念じると、天使は笑顔で頷いた。

 

 誰を傷つける意図もなかった。街の景観を汚そうとか、世界の価値を僅かでも貶めてやろうとか、そんなつもりも毛頭なかった。ただただ私は、自分の内に込み上げてきた小さな悪気を凝集し、それを外側に排出しようとしただけだ。ひょっとしてこれを”原罪”というのだろうか?ならば「かー」が罪で「ぺっ」が罰か?


 私の横を飼い主に引かれた雑種犬が通り過ぎてゆく。ピンク色の肛門が、冬の朝をその色彩で貫いて、湯気を立てんばかりに脈々と息づいている。

(私はああいったものが原罪だと思っていたが――)


 喉の奥で、痰が濃縮されてゆく。それは罪の塊。”私”が存在すること自体が、何かを毀損しているのだという証左。

 視界に映る天使の数を数えながら私は、出勤の為に駐車場に向かう私の革靴に、痰を吐きかけた。私の喉で必要以上に温められたそれは、犬の肛門に負けんばかりの熱気を視覚的に明々と表し、実際に小さな湯気を一筋ばかり合皮の上に浮かべた。

 すべての天使が溜息を吐いて、消えてゆくのが見えた。

「じゃあどうすれば天国へ行けるというのですか?」

 半透明な天使たちが舌打ちを連ねるAM7:32

 もう一度時計を確認する――。

 半透明な天使たちが舌打ちを連ねるAM7:32

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