第34話 解放

「ふぁぁ~・・・おはよう・・・。」

 硬い地面でによって固まった腰を伸ばしているとナオキが起き上がった。わざわざ都市に来たのに、この世界の通貨を持っていなかったので宿に泊まることができず、結局野宿をすることになった。

「おはよう、キョーヤ、ナオキ。早いうちに分身のことを聞き出そうではないか。」

 ウルニが少し張り切っている。実際早めに分身のウルニを見つけないと面倒だ。この世界にいること自体は別にいいんだが、あのゴルア村のことで何か言われないかが若干心配なので、騒ぎになる前に早く戻りたい。

「うし、それじゃ行きますか。」

 昨日ナオキが得た情報によると、ここウェールーツ市からかなり北上したところにあるバルワ国という雪国で、それらしい人を見たという商人が複数いるらしい。とりあえずその見たという商人たちに話を聞きに行くことにしよう。


 すみません。こういった女の子をさがしているんですけれども。

「う~ん、雪も降っていたからあんまり確信できる情報ではないんだけどね。黒いローブっていうか、全身を覆った人が女の子っぽい子どもを連れて行っているのを遠目に見たんだよ。バルワは知ってる通り雪国だろう?だから全身防寒装備が当たり前なんだよ、顔をちらっと見ただけだし、確かにそこのお姉さんみたいな感じは無くは無かった気がするけどねぇ・・・。」



「若干望み薄って感じではあるが・・・行ってみるか?バルワ国。」

 既に昼前ほどの時間になっており、闘技場前のベンチに3人で集まって話し合う。今日も闘技場での試合があるらしく、だんだんと賑わい始めている。

「冒険者の人にも聞いてみたりしたけど、見たこと無さそうだったよ。一応依頼も出しといたけど、どうだろうね~。」

「あの村の長の証言では、音も痕跡も無くいつの間にかいなくなっていたという話だったな。であれば、我が分身を攫ったと思われるのはほぼ確定でスキルを持っている者だな。」

「そういえば俺を助けてくれた時みたいに、分身に移り変われないのか?あれができたらすぐ見つかると思うんだけど・・・。」

「あの魔法は我の住む世界でしかできないのだ。大気の魔力がここでは薄いのでな、しようにも意識のリンクが途中で切れてしまう。しかもできたとしても魔力は耐えず消費し続けるから、そう長くは動かせない。」

「まぁそんな都合の良いことできるわけ無いか。出来たら最初からやってるしな・・・。」

 そう話していると、なんだか周りが騒がしくなっている。賑わっているとはいえ何があったのだろうか。そう思っていると、闘技場のプログラムを配っているところに人だかりができているのが見え、俺たちの前を通り過ぎる人達の会話が聞こえた。


「なんだあの人だかり?今日なんかあったっけ?」

「それがよ、この闘技場のオーナーがマルクと戦うらしいぜ!今までオーナーが出ることなんて今まで無かったけど、オーナーが戦えんのかなぁ?」

「すげーな、そもそも戦えんのかってのもあるけど、相手がマルクとはなぁ・・・。」


 どうやら闘技場のオーナーが昨日も出場していたマルクと戦うらしい。連日で試合が行われるのはこの世界の人たちから見ても珍しいようで、次々と人だかりができていた。

「・・・キョーヤ、すまないが今日もこの試合を見ていきたいのだが、良いか?」

「うぇっ?あぁ、いやまぁ、ウルニが良いなら良いけど・・・。ナオキも良いか?」

「・・・うん、今日のやつ、僕も見ときたい。」

「?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「さぁーーーっ本日の試合は前座も何も無しでお届け!!急遽決まりましたこの戦い!!それでは登場していただきましょう!!今回、このウェールーツのメルセスコ闘技場が誇る最速最強の女闘士、マルク・ネアルストに挑戦するのはまさかのこの方!!!!メルセスコ闘技場のオーナー、ゼバ・アニク選手だーーーーっ!!!」

 司会が大きな声でその名前を呼び、会場が沸く。ついにこの戦いが始まる。

「キョーヤ、ナオキ、よく見ておけ。今日1人の獣が生まれるぞ。」

「?どういう・・・」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 今日も深呼吸をして、肩を上げ下げしてリラックスする。想像するのは、最強のアタシ、そして、今までとは違う、本当のアタシ。司会の進行で名前が呼ばれるのと一緒に、入場門をくぐりステージの中央に立つ。向かい側からオーナーが鋭い目をしてこちらを見据えてくる。

「おう、マルク。よく逃げずにやってきた。今回は俺が挑戦者ってコトになってるがな、いいか。オメーは俺にボコボコにされる。絶対に叩きのめしてやる。」

「・・・うん、やってみてよ。」

「・・・殺す!」

 

 お互い、位置につく。剣を左手に持ち、下段に構え半身の体勢を取る。

「それでは・・・始めっ!!!」

 お互い相手に向かって突進し、刃と刃がぶつかる音が響く。押し負けてしまい後ろに跳躍するが、体勢を立て直す隙を与えないようにオーナーが突っ込んでくる。

「お前の強さは最速最強の名の通り、素早さだ。お前のスキル『ムーブクイック』は、お前が教えてくれたんだもん・・・なぁっ!!!」

 右からの大振りをしゃがんで避ける。しゃがんでそのまま足払いを狙うが、後ろに下がって避けられる。もしジャンプして避けたら突きを繰り出そうと思ったが。

「その戦いも、剣も、俺が教えてやった。だからお前が狙ってきてるところだって全部分かるんだよ。それに、最強とも謳われているお前に、何の対策も無しに挑んだと思っちゃいねぇだろうな。」

 当たり前。何か無きゃこんなマッチ組まないだろうし。

「宣言しよう。お前は俺に勝てない。」

 ・・・随分と大きく出るね。まだわからないのに、そんなこと言ってて良いの?

「一瞬でつけれるもんならつけてみろよ、決着。お前の剣は、俺には届きゃしねぇ。」

「・・・そっか、じゃあ行くね。アタシの剣、止めてみせて。」

「来い。」

 距離を取り、相手から眼を放さず、2本目を抜いて構える。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 最初、奴隷闘士としてコイツを採用した日のことはずっと覚えてる。女のガキが冒険者と戦ったところで、前座になんかなる訳もねぇ。そう思ってた。でもコイツは生きて戻るだけじゃねぇ、奴隷闘士でありながら勝ちやがった。闘技場の運営にそろそろ飽きてきていた俺からすれば、最高のチャンスだと思った。コイツを使えば、今までよりもっと客が入る。もっと闘技場が盛り上がる。最近では本でも、底辺からの成り上がりが流行ってるらしい。奴隷闘士からの成り上がり物語の完成だ。

 そして計画は上手くいった。俺が出場していた時よりもはるかに人数が増えた。あの頃は目を引くような派手な試合が全くなかった。どこまでも打ち合い、ボロボロになった末に掴み取る勝利ばかりだった。ただコイツはただの1回もその膝を地につけることなく、勝ち上がりこの闘技場のトップになりやがった。俺は純粋に嬉しかった。トップと言えるような実力を持った者がいなかったこの闘技場に目玉ができあがり、最強へのチャレンジャーを誘えばいくらでも客が入る。実際、客足が絶えることは無かった。

 だからこそ、目玉であるお前がいなくなってしまうと俺たちは困るんだ。だから何としてでも俺が止めてやる。元闘士である俺が、お前を打ち負かしてやる。

 

 剣を腰に差し直し、何時でも抜けるように構える。精神を集中させ、アイツの一挙手一投足を見逃さないように睨む。

 俺のスキルは『イアイ』。自分の設定した構えを取ると、自分から一定の距離の範囲内に敵が入らないと動けなくなる代わりに、五感が通常時の3倍ほど鋭くなる。アイツがどれだけ速く動こうが、俺に見えている限りアイツに勝機は無い。さぁ、いつでも来い。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 騒いでいた観客がゼバとマルクの気迫に押され、一気に静かになる。


 大きな轟音が、静寂を破る。


 ゼバの剣は、振りぬかれていなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 なんだ、何が起きた。何故俺の腹から血が流れている。アイツの動きが見えなかったというのか?なんだそれは、どれだけ速いというんだ。構えを解き、すぐに切られた場所を押さえる。いつの間にか俺の後ろにいたアイツが近づいて話しかけてきた。

「オーナー、アタシね、ずっと嘘ついてたの。アタシのスキルは『ムーブクイック』じゃない。動きを速くするスキルなんかじゃないの。」

 な、に?

「もうすぐ死ぬだろうから、最期に教えてあげるね。アタシのホントのスキルは『カットモートス』。能力は、全ての動作を切り落とすこと。」

 動作を切り落とす・・・?まさか、見えなかったんじゃなくて、動作が無かったというのか?

「動作を切り落として、無くす。だから例え相手がどれだけ目が良くても、見切りの天才だったとしても、アタシの斬る動作はそもそも無いから、見ることができないの。もちろん、デメリットはあるよ。スキルを使った直後は、切り落とした動作の長さによって体が重くなる。1秒切り落としただけで、体重が2倍になるくらい重くなっちゃう。」

 最初から、間違っていた訳か・・・。最強の名は伊達じゃないな、クソが・・・。

「・・・今まで育ててくれてありがとう、オーナー。それじゃあ、さよなら。」

 ・・・二度と、戻ってくるなよ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「・・・ふふ、言っただろうナオキ。良い物が見れると。さて、今日のプログラムはこれで終いだ。外に出ようではないか。」

「・・・うん。すごかった。」

 ナオキとウルニが立ち上がって外に出ていく。マルクのことは俺は何も知らないけど、あの剣は何かどこか、決別というか・・・。決意した一撃だったように、なぜか感じた。



「さて、それじゃあ行きますか。」

「すまないなキョーヤ、時間を取らせてしまった。ただ、あの試合は見ておきたかったんだ。」

「ん、まぁウルニの分身のことだし、別に俺たちはついていくだけだから。それに、そんだけ気になってたんだろ。」

 闘技場の外に出て、伸びをする。とはいえここで有意義な情報はそこまで無さそうな感じがするが、どうしたものか。そう思っていると、後ろから足音が聞こえてきた。

「あっ、あの!!あの、昨日、会った方々ですよね!」

 俺たちに話しかけてきた女性は、先ほどオーナーと戦っていたマルクだった。やっぱりウルニとナオキは会ってたのか。まぁトイレにしては長すぎたもんな。


「おぉ、マルクか。先ほどの戦い、しかと見ていたぞ。素晴らしい一撃だった。」

「あっ、ありがとうございます!」

「マルクさん、おめでとう!あの時特に何か言った訳でも無いけど、勝てて良かった。」

「い、いえ。あなたたちの、あの言葉が無かったら、アタシはオーナーに挑むことなんて考えてませんでした。なので、改めてお礼を言わせてください。本当に、ありがとうございました。」

「うむ、お前は真の自由を手に入れたのだ。これからは、自由に生きるのだ。」

「はい・・・。あ、あのっ!そのことなんですけど!」

「む?」


「アタシも、あなた達についていっても良いですかっ!!」


「・・・我は言ったはずだぞ、自由に生きろと。誰にも縛られずに生きることができる。己の赴くままに生きることができるとなってなお、誰かについていくというのか?」

「そのっ、自由になったからこそなんです。今までは、したいことなんてありませんでした。ずっと闘技場で戦って勝ち残るだけの毎日でした。でも、あなた達に出会って自由を手に入れることができたんです。だから、アタシを助けてくれたあなた達に、アタシ自身の意思で恩返しをしたいんです!」

「・・・はぁ。そんなつもりで言ったわけでは無かったのだがな・・・。我が決めることではない。キョーヤとナオキが決めると良い。」

 ・・・俺も!?

「え~!来てくれるなら大歓迎だよ!多い方が旅も楽しいからね!」

「俺は特によく知らないけど・・・。まぁ、ナオキが良いなら良いんじゃないか?」

「い、良いんですか!?」

「うん、まぁ現地の人が居た方が分身も探しやすいと思うし。」

「あ・・・ありがとうございます!精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いします!!」

 

 こうして俺たちは、新たにこの世界の闘技場で最速最強と言われた、マルク・ネアルストを仲間に引き入れたのだった。

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魔術の存在する世界。 えーすえいち @S5s5S_h8H8h

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