第36話 特號会議



 今回の一件について、誰も罰する必要はない。

 そんな清明さんの言葉に、立花神が戸惑いながら顔を上げた。


「ちょっ、清明サン何言うとるんや!? ワイは暴力沙汰をっ!」


「おや、キミは最初、『教育してやる』と言ってシオンくんを連れ出したんじゃないのかい?」


「せ、せやけど」


「それなら今回の一件は、ちょっと過激な戦闘訓練だったってだけだ。それなら問題ないだろう?」


 そう言う清明さんに、今度は天草さんが「大ありですよッ!」と声を上げた。


「馬鹿を言うんじゃありませんよ清明。チャチな喧嘩ならその言い訳も通りますが、彼らは今回、術式巫装まで使用したんですよ?」


「そうだね」


「であればわかっているでしょう!? 巫装を使っての私闘は重罪! 戦闘訓練に使う場合でも、一等陰陽師以上の者が、責任者として事前に申し出を行わなければ……!」


「してると言ったら?」


「はっ、はぁッ!?」


 その一言に、天草さんは大口を開けた。


「なっ……してるって……!?」


「いやぁ、シオンくんのおかげだよ。――偶然ぶらぶらしてたらさ、廊下をぞろぞろ歩く大集団を見かけたわけ。で、最後尾の子にナンゾコレーって聞いてみたら、『シオンってヤツが、恋人ハニーを罵った立花先輩と喧嘩かますらしいですよ! 男ですよねぇ!』って教えてくれてさー」


「――恋人ハニーッッッ!?」


 お、今度は真緒が声を上げたぞ。天草さんといい元気だな。

 ちなみに蘆屋もそんな真緒を見てニヤニヤしていた。「はにー」ってなんだかわからないけど、みんな笑顔だからいいことだ。


「それで事態を察して、清明ぼく名義で実戦訓練の届け出を出してたってわけだ。わかったかね天草さん?」


「えぇぇぇぇぇ……」


 得意げに笑う清明さんに、天草さんは肩を落とした。


「そ、それじゃあ、事態を聞いて駆けつけた私の立場は……」


「あっはっはっ! 早とちりしただけのイイ人になっちゃうねー!」


「クソがァーッ!?」


 清明さんの脛に蹴りをかます天草さん。だが清明さんはひょいッと避けてしまう。

 ……かくして、天草さんは大きな溜め息を吐き、「あぁ胃が痛い……」とお腹をさするのだった。


「それなら最初から言ってくださいよぉ……。というか清明、よく届け出が即座に処理されましたね? 事務方も忙しいはずですが……」


「そこはまぁコネでね。色々と目的があって、事務方とは仲良くしてるんだよ」


「目的ですか……? ――いや、探るのはやめておきましょう。アナタに関わると、胃痛の種が増えるだけだ……」


 天草さんは「では清明、また例の会議で……」と言い、よぼよぼと医務室から出ていくのだった。

 あの人のほうが医務室のお世話になったほうがよさそうだな……。あと会議ってなんだろ?


「――さて。そんなわけで事態解決ハッピーエンドだ! ただ、立花くん?」


「……うす」

 

「キミら『天狗院』組の『呪い人』への嫌がらせは、マジで問題になりかけてた。僕は別に先生でも善人でもないから放置してたけど、こうなった以上は注意しておくよ。もう二度とやらないね?」


「はい、よくわかってますわ。……かわええ義弟おとうとたちには、ワイのせいで痛い思いさせてもうたからな……」


 ちらりと、立花神は壁のほうを見る。

 薄壁一枚隔てた向こう。寝台が並んだ隣の部屋には、気絶した高橋さんたちが寝かされていた。


「よしよし。考えなしに悪意を撒けば、いつか自分の大切な人たちまで傷付けると学べたようだね。…………うん、キミは本当にギッリギリだったよ。シオンくんは“やられたらやり返す”主義の極致だから、嘘でも『殺す』とか言ってたら……」


「うげっ!? かっ、考えたくないっすわぁ……!」


 顔を青くする立花神先輩。全身ボロカスだし、体調が悪くなってしまったようだ。

 そこで優しい俺は、仲直りの意味も込めてスッと手を差し出した。


「立てるか、神よ? これからは仲良くしていこう」


「お、おぉう……! ちなみにその、神とかいうふざけた呼び方は――あぁいや、もう別にええわぁ……!」


「そうか」


 こうして俺は、新しい友人を得たのだった。解決!




 ◆ ◇ ◆



 ――深夜零時。

 妖魔伏滅機関『八咫烏』内の一室に、十三名の者たちが座していた。

 黒き正装スーツに身を通した集団。

 彼らこそ、『特等陰陽師』。妖魔の群れより人々を護る、裏世界の最大戦力者たちである。


「では皆さん、お時間だ」


 その中の一人――中央に腰かけた長身の青年、清明が場を取り仕切る。


「国家を守護せし特等陰陽師の方々。今回の『特號会議とくごうかいぎ』にお集まりいただき、まことに感謝を。本日の議長はわたくし、安倍清明が務めさせていただきます」


 気取った様子で礼を執る清明。そんな彼に対し、参加者たちは厭らしげな目を向けた。


「って、わーお。もしや僕って人望ないー?」


『……』


 否定の言葉は、出なかった。


 なお、集まった者たちは本気で彼を嫌っているわけではない(※一部除く)。

 “清明という適当な男に場を仕切られる”。それはせいぜい、瞳に宿った嫌悪感の内の三割程度である。

 そして、大部分の七割はというと……。


 

「――土御門殿はどこだ。特號会議の議長役は、統括陰陽師である彼が務めるものだろうが」


 

 忌々しげな声を響かせたのは、傷跡にまみれた赤髪の女だった。

 彼女こそ特等陰陽師“第四席”『サヤエ・中原』。全十三名の特等陰陽師のうち、実力上位陣に数えられる女傑である。

 そんなサヤエの問いかけに、清明は苦笑した。


「土御門統括なら、政治パーティーに参加中だよ。会議までには戻ると言ってたが、どうやら楽しくて抜け出せないそうで」


「は? 政治パーティー? もう夜更けだぞ? 早寝なジジイ共の集まりが、こんな時間までなぜ――……って、まさか」


「ああ、国民に知られるのはどうしても避けたい内容らしくてね。噂では、幼い少年たちに、を――」


「ふざけるなッ!」


 サヤエは強く机を叩いた。傷付いた美貌を激情に歪ませる。


「政治付き合い自体はいいさ……。古来より陰陽師の活躍には、権威者たちの協力が必要不可欠だからな……!」


 その点については否定しない。

 元より陰陽師は官職の一つ。なれば重鎮がたとの関係構築は、立派な職務ですらある。そう考えれば土御門はよくやっていよう。

 だが。


「しかし、ソレにうつつを抜かして本職を疎かにしたあげく、下劣な淫催にけっているだと!? 馬鹿にしてるのかッ!」


 吼え叫ぶサヤエ。そんな彼女に他の特等たちも頷く。


 

「――あっしもサヤエねえさんに同意だねェ。こちとら遠方から出てきてるッてのに、そいつぁーちょっとないんじゃねェかい?」


 

 次に口を開いたのは、スーツの上に遊女の着物を羽織った傾奇者・特等陰陽師“第六席”『たいらの心世春こよはる』だった。

 その髪は奇抜すぎる緑色。ただし、これは染めているわけではなく、己が『霊力』の色に変異した結果である。


「もう二十年ばかし陰陽師をやってきたがよ、土御門の旦那の乱行は酷くなるばかりだ。やれやれどうしたもんかねェ……」


 緑の前髪を弄ぶ平。

 髪色の変化はよほど陰陽師として適性の高い者か、あるいは長年戦い続けてきた者に起こるとされている。

 その基準でいえば、平は後者だ。遊び人のような風情をしたこの男だが、妖魔伏滅機関『八咫烏』京都支部の陰陽師として、古都の平和を守り続けてきた実績がある。

 そんな彼が京都の守りに穴を開けてまで会議にやってきた挙句、議長たる男はふざけた理由で不在だというのだ。その心中は計り知れない。


「――拙僧、怒りを感じますれば――」

「――これならウチで寝てたかったかも~――」

「――おいなんて薩摩かごしまから出てきたんじゃが、こんたどげん了見じゃ……?――」


 サヤエ・平に続いて口々に不満を漏らす特等たち。

 一部の者は殺気すらも放つ中、清明は軽く手を叩いた。


「みんな、気持ちは分かるがここまでだ。土御門統括の件は一旦忘れて、そろそろ会議に入ろうじゃないか?」


 彼の言葉に、全員が渋々押し黙る。

 かくして、会議室に静寂が訪れたところで――特等陰陽師“第一席”『安倍清明』は議題を掲げる。


 

「本日の議題は他でもない。――妖魔による人類支配、そんな最悪の“天下統一”を目指す組織『天浄楽土』のだ」

 

 

 ――さぁ、そろそろ本気で潰し合おうぜ、と。


 国家最強の陰陽師は、その美貌に好戦的な笑みを浮かべるのだった。

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