第18話 心のない礼は礼ではない

 ベッドに入る前にヴィオーラとの出会いを思い出したせいか、微睡むスクードの頭の中には、これまでの記憶が映像で流れる。

 眠れない夜に何度も見た映画を流し続けているかのような感覚だ。


「スクード・・・・・・様」


 むず痒そうな表情で敬称をつけるヴィオーラ。ヴェリン家に仕えるようになってすぐ、敬語を学んだことのないヴィオーラが必死に言葉遣いを直しているところだ。

 しかし、どこかしっくりこないようで、何度も言い淀んでしまうらしい。


「スクード・・・・・・様。ヴェリン子爵令息様、うん、これだな」


 何故か彼女は、他人行儀な呼び方に落ち着こうとする。

 毎日そんな仰々しい呼び方をされるのは嫌だ、とスクードはそれを訂正した。

 その結果『スクード坊っちゃま』なんて小っ恥ずかしい呼び方が定着したのである。それがヴィオーラにとってギリギリのラインだった。

 眠りに落ちる直前のスクードには、それが夢なのか思い出なのか判断がつかない。

 けれど、温かくて幸せな気持ちだけは確かだった。

 思えば、転生してからの人生は幸せしかない。生きているのだから、多少大変なことはあるが、恵まれている。優しい家族と頼りになる執事。この生活に不満はない。

 こんな日々が続けば、それでいい。他に望むものなど何もなかった。


 翌朝、いつも通りスクードはヴィオーラに声をかけられ起床する。

 水を飲み、服を着替え、母と妹と三人で朝食を食べ、屋敷を出た。

 屋敷の前には既に馬車が三台用意されており、先頭の馬車に使用人たちが乗る。二台目の馬車にはミエラとヨルシャ、三台目に荷物が載せられた。

 何かトラブルがあった時、先頭や最後尾にいると回避しきれない可能性がある。そのための並びだ。


「それじゃあ、スクードをよろしくね、ヴィオーラ」


 ミエラはそう言い残すと、馬車に乗る。


「かしこまりました」


 ヴィオーラは深々と頭を下げると、馬車の扉を閉めた。

 土埃を巻き上げ、馬車が出発するとヴィオーラは見えなくなるまで頭を下げる。それは彼女がヴェリン家の執事だからではない。彼女が心の底からヴェリン家に敬意を持っているからだ。

 例の『奴隷事件』以来ヴェリン子爵領では大きな事件は起こっていない。それでもヴィオーラが自主的に屋敷を見回っているのは、彼女にとって大切な場所で、大切な人々だからだ。

 ヴィオーラは己の全てを賭して、ヴェリン家に仕えている。一度のお辞儀からも、そんな彼女の意識が感じられた。


「さて、スクード坊っちゃま、屋敷の中へ。勉学に励みながら、朗報を待ちましょう。果報は学んで待て、と言いますからね」

「寝て待て、じゃないかな。いや、聞いたことない言葉だけど」

「私のオリジナルです。人生は長いように見えて短いですから。寝るよりも学んでいた方が、効率的です。本日はこの国の歴史を学ぶ予定ですよ」


 

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その女執事、強く、美しく、甘く。〜最強の女執事と一緒に子爵家を守ります〜 澤檸檬 @sawaremon

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