「味噌餡のお団子」編 (シリアス)

 ピヨ♪


 スマホから、少し間抜けなメッセージの通知音が鳴る。

 あぁ、またか。はよっぽど暇なんだな。

 陽介ようすけと違って私は結構忙しい。いちいち相手なんかしていられないのに。


 でも、万が一くだらない要件じゃなくて大変な事だったら困るから、一応メッセージを確認する。

 ……確認してガッカリするような、ホッとするような気持ちになった。やっぱりくだらない。


 彼の今日の昼食の写真と、その下に一行だけメッセージが入っていた。


『お前の作った味噌汁、しょっぱすぎたよな』


 写真はグリーンピースの乗った親子丼、がんもどきと根菜の炊き合わせ、若布とネギのお味噌汁。おまけにデザートに苺まである。彼のために栄養バランスを考えてきちんと作られた食事。

 贅沢なものだ。こっちは昼休みが一秒でも惜しくて、朝のうちに買ったコンビニおにぎりを野菜ジュースで流し込みながら各所にメールしたり、調べものをしたり、手続きしたりとバタバタしているというのに。


『悪かったわね、もう二度としょっぱいお味噌汁を飲ませることもないだろうから安心して』


 ついそんな文章を打ち込み、はっとして慌てて✕ボタンを長押しする。これは嫌味がキツすぎる。

 面と向かって喋るよりも、こうやって相手に伝わる前に自制できるのが文字のやりとりの良いところだ。


『わぁ、いいなー。凄く美味しそう~♪』


 ♪の後ろにキラキラの絵文字までつけようとして、今度は馬鹿馬鹿しくなった。

 これじゃ薄い関係の人間のインスタ写真につけるコメントみたいだ。相手はあいつなのに。

 もう一度✕ボタンを長押しして消す。


『ふん、上げ膳据え膳でいい御身分ね』


 よし、これでいい。ほどよく毒を交えながらも陽介を傷つける言葉ではない。

 毒も少量ならば薬になる。こういうほうが彼をニヤリとさせるのだと長年の付き合いでわかっている。

 私はメッセージを送信した。





 陽介が倒れたのは数日前の事だ。

 普段は好き勝手に色んな女やら男やらと遊び歩いてろくに連絡もしてこないくせに、いざとなると頼れるのは私だけらしい。まあそうだろうな。そういうヤツだ。

 私も私で、見捨てる事もできずに入院の手続きだの、彼の家の片付けだの、着替えだのと面倒を見てしまった。まあ私もそういう性分ヤツなんだろう。

 なんだかんだで、彼とは離れられない運命なのだ。


 以前私が作ってあげたお味噌汁をしょっぱいと文句を言いながら、それでも笑顔で完食していた彼の顔を思い出す。

 あの時の我が家はまだ温かい家族だった。目頭が熱くなる。


 ピヨ♪


 通知音が鳴る。


『やだよー、味薄いし、ずっと点滴とかに繋がれてて全然良い身分じゃない!! つまんねぇ!! おとといやの団子食べたい!! ハルナ、買ってきてー!』


 ピヨ♪


 プンプンしている黄色いヒヨコのスタンプが差し込まれた。

 なんだこれ。こんな可愛いスタンプ使うヤツだったっけ? 思わずすぐに返信する。


『どさくさ紛れに一粒200円の高級団子を所望すんな』





 なんとか仕事帰りにギリギリでおとといやの団子を買えたので、病院に向かう。


「陽介……」


 病室に入り一目彼を見て、予想が当たっていたとわかった。


 最初はただの暇潰しで送ってきていたと思っていたメッセージ。途中からやたらとおどけ、可愛いスタンプまで押してきた事に違和感を覚えた。

 彼は無理をして明るく振る舞っているんじゃないか。そんな風に感じた。


 ベッドの中の陽介は顔色が悪くやつれている。あの昼食はちゃんと食べられなかったに違いない。


「あ、ハルナ……」

「はい、これ。買ってきてあげたから一緒に食べよ」


 箱を開ける。六個入りのお団子。黒餡と白餡と味噌餡が二つずつ。

 昔家族でお団子を食べた時、私と彼は黄色い味噌餡のお団子を奪いあった。二人とも好きな物がやっぱり似ている。


「今日は特別にあんたに味噌を二個あげるわ」

「えっ? いいの?」

「ふふふ。陽奈はるな様と呼べ」

「ハルナ様、お姉様、女神様~」

「キモっ。そこまで求めてない」


 いつも通り少しだけ毒を忍ばせた会話をすると、陽介は力なく笑った。私も笑った。

 でも、黒餡のお団子を口に運ぶと上品な甘さでさらりと舌の上で溶ける筈のあんこが何故だかしょっぱい。


「……ハルナ、泣くなよ」

「……だって……もう、パパもママも居ないのに……あんたまで死んだら、私一人になっちゃうじゃん……」

「死ねねえよ……まだやり残したこといっぱいあるし」

「え」


 思わず素直な疑問がぽろりと口から出た。


「嘘……あんたあんだけ好き勝手やってきて、まだあるの?」

「ぶふっ」


 言った瞬間しまった、と思ったが陽介は気分を害するどころか逆にツボに入ったらしい。さっきの弱々しい笑みとは全く違う笑いが出た。


「ははっ……そりゃあるよ。……そうだな。隅田川で花見をしたい」

「……花見?」

「昔家族で行ったろ。おとといやで団子買って、その隣で桜餅買って花見してさ。……あの時は子供だったけど、今はそれをツマミにビール飲んでみたい」

「うわっ、キモっ。和菓子でビール飲むなよ」

「えー? 旨いぞ」


 私は涙を拭い、わざと明るく言った。


「じゃあ甘いのとバランス取るためにしょっぱい味噌汁も、魔法瓶で持っていってあげる」

「うわ、汁物にビール?」

「和菓子よりはマシだよ」


 そんなとりとめの無い会話をして、私は白餡のお団子を食べていく。

 陽介は手をつけない。全く同じ形のふたつの味噌餡のお団子が箱のなかでぴったりと身を寄せあっているように見えた。

 まるで私達のようだ。


 二卵性双生児ふたごの弟、そして今はたったひとりしかいない私の家族、陽介。


 私達はそっくりで、そして普段はお互いに連絡などしなくても、完全には離れられない運命にある。

 だから神様も私から陽介を取り上げたりしない。絶対に。


「大丈夫。来年はお花見に行けるよ。行こうね」


 私はふたつのお団子を見つめたまま、そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編集】この味噌汁はしょっぱすぎる【※カクコン版】 黒星★チーコ @krbsc-k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ