「ウザい夫」編(コメディ)
「ン?どうした?」
味噌汁を飲んだ私の顔を見て、夫が言う。
「別に……なにも」
「
テーブルを挟んで向こうに座る彼の眼鏡にピカッ!と光が反射した。
もうこうなると駄目だ。この人は私が口を割るまで許してくれない。さしずめ彼は獲物を追いかける肉食獣で、私は逃げ続けても最後には追いつかれ食べられる可哀想な贄なのだ。
「……ちょっと、しょっぱい……かも」
「ンンンン!?」
夫は左手を目一杯横に拡げ、顔の下半分を覆いながら親指と人差し指で自分の眼鏡の左右の端を支える。明らかに芝居がかった動きだ。
ウザイ。ほんとウザイ。
「そんな訳ないだろ~ぉ?僕が!どれだけ!君の健康に!気を遣っているか……」
「……わかってるよ。感謝してる」
「いいやッ!!
夫が左手で眼鏡を支えたまま勢い良く立ち上がる。ガッタァァ~ン!!と椅子が音を立てた。
ウザイ。なんでイチイチ変なポーズをとるわけ。
呆れた私は次の瞬間目を剥く。
「!?」
彼が右手でスーツのジャケットの左側をバッ!っと拡げた直後、彼の人差し指と中指の間、中指と薬指の間に棒状の物体が一本ずつ挟まっていた。
多分スーツの内ポケットに入っていたものを手品のような素早さで取り出したのだろうが、なんでソレを内ポケットに入れてるのか。
いや、それよりも今の動き!実はこっそり何度も練習していたんでしょう?顔を覆っていた左手が外れると口元がニヤリ、としている。
ニヤリ、じゃないよ。ウザイ。ほんとウザすぎ……
「るふッ!?」
夫は素早く私に近づくと、その棒状の物の先端のキャップを外し、スイッチをいれて一本を私の口に突っ込む。残りの一本は味噌汁のお椀に突っ込んだ。
どちらも彼の事だから抜かり無く洗浄済みだろう。
私は彼に言われるまでもなく、それをきちんと舌下に収め、椅子に座ってじっとする。
……毎度の事、ちゃんとやらないとウザさが更に5倍増しになり、朝の貴重な時間を無駄にするのを身をもって経験済みだからだ。
彼は私の様子を見てまたニヤリ、とした。
「フフフ、良い子だ」
―――――数分後。アラームが鳴る。
夫は二本のそれらを(イチイチ変なポーズをしながら)回収し、其々の小窓に表示された数値を見て満足げに頷いた。
「見たまえ。体温計は36.3度。塩分計はきっちり1.0%だ。これが何を意味するか
「……私の体調は悪くない」
「そうだ。今朝の君の体調は悪くない。因みに昨夜は
「……ッ!!」
私は理解した。今朝の味噌汁がしょっぱいのではない。
夫の眼鏡がまた反射して、ピカッ!と光った。
「君は昨夜もひどい顔をしていたよ。僕の味噌汁を飲んで、大してご飯も食べずにすぐ寝てしまった。味を感じなかったのだろう?……体温を計ったら微熱もあった。だから……」
私は思わず自分の左腕を確認する。そこには小さな針の跡があった。
「とりあえず様子見でビタミンとブドウ糖の点滴を打っておいたよ。良く効いたみたいで何よりだ。君はちょっと働き過ぎじゃないか?」
バッ!と音がするくらいに夫の両腕が空を切る。まるで「おいで」と言うようにそれを拡げた。
「愛する君には、ずっと健康でいて欲しいんだッ!」
……ウザイ。ほんとにウザイ。
こんなことしてくれって頼んでない。どこまで私を甘やかす気なの?
しかも滅茶苦茶ドヤ顔で、変なポーズでキメ台詞言ってるつもり?なんなのそれマジでウザイ。
……でも。
「ありがとう。心配かけてごめんなさい……私も世界で一番あなたを愛してるわ」
そして私達はガッシ~ィン!!と抱き合い口づけをした。
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