【短編小説】交差点

綿来乙伽|小説と脚本

交差点

「コノミに会いたいよ、ぜひ来て」


 ゴールドに埋め尽くされた大きなドアを開ける。私は同窓会に来ていた。私の唯一の友達のナオに会えると知ったからだ。


 高校卒業と同時に上京したナオ。大学卒業と同時に上京した私。会えそうで会えない距離を、同窓会が埋めていく気がした。上京した同級生だけの同窓会。私はただナオに会うためだけに参加を決めた。


 高校を卒業して十年。皆もう立派な大人だった。だらしなく着ていることが正義だった制服は、誰とも被らないカラースーツに変わっている。容姿が違うだけで、高校の時より華やかだった。


「コノミ!」


 聞き覚えのある声だった。私が唯一心を許していた、人気者のナオの声だ。彼女は周りの友達と会話を自然に終わらせて、私のもとに走ってきてくれた。


「元気だった?就職こっちだって聞いてさ」


 誰よりも目立つ露出の多い服。高価かどうか私には判断出来ない小さなバッグ。もうすぐ折れてしまいそうなヒールの靴。会えて嬉しいよ、と、彼女はいつもの高い声で話す。


 私はこの声が好きだ。


 甲高くて、機嫌が悪かったらそこそこむかつく声だけど、今日の私の機嫌はすこぶる良い。だから彼女の声のオペラを聴いている時のように、優しい心で対応出来る。


 青木ナオ。高校一年のクラスが一緒で、出席番号が近く、入学時にすぐに話しかけてくれた。自分から人と関わることが苦手な私は、彼女の「消しゴム一緒だね」の一言に大分助けられた。クラスが離れても、就職・進学と進路が分かれても、私達は友達でいると誓った。


 あの日から、もう十年も経っていた。


「聞いたことある。その名前。コノミが作った玩具が、今お店に並んでるの?」

「企画部には入ったばっかりだから、今は上司のサポートとか、会議の議事録とかでいっぱいいっぱい」

「そっか。コノミ昔から玩具好きだったよね」


 私には妹と弟がいる。二人を泣き止ませたくて、玩具を自分で作ったり、考えたりしていた。気付けばそれを「楽しい」と感じるようになって、「好きなことを仕事にする」を叶えることが出来ていた。


「ナオは古着が好きで、古着のバイヤーになったって」


 高校を卒業したナオの進路は、「上京する」という情報のみだった。「服飾の専門を卒業して、アパレルメーカーに就職、独立するために古着屋に転職した」という全て人伝いの情報を駆使して彼女に伝えた。


「うん。今は世界中飛び回ってる」


 彼女の口角が小刻みに上がった。高校の時から彼女は格好良い。好きな物を貫くその姿勢はいつも羨ましかった。また後でね、と彼女はいなくなった。彼女の人気は、高校を卒業しても変わらないみたいだ。


「安藤さん?」


 振り返ると、高校一年で同じクラスだった一木君がいた。


「久しぶり」

「……久しぶり」


 彼も何も変わらなかった。私が好きだった、あの頃の彼だ。お酒に弱いのか、彼の顔は赤く、特に耳は真っ赤だった。


「あっ」


 彼の視線の先には私がいて、私の後ろにはナオがいた。ああ、彼はナオを見ているんだ。


「ナオと話してきたら?」

「え?」


 青木ナオ。

 彼女は私が一木君を好きなのを知っていて、彼と付き合った。けどそんなのずっと前。今彼の顔を見なければ忘れていた。


「なんで青木さんと話すの?俺は安藤さんと話したいんだけど」


 元恋人というのはそんなに気まずいものなのか。高校の時に恋人がいることに、こんな影響があるとは知らなかった。


「元彼でも、ナオは気にせず話せるタイプだと思うけどな」


 彼が首を傾げる。あまり納得していないのだろうか。


「元彼って誰の事?青木さんの元彼がこの中にいるの?」


 ホテルの大広間。たくさんの食事と、人間と、声と、音楽。混沌としてたその中にいたはずなのに、彼の言葉が私の耳を深く塞いだ。


「……高校の時は、安藤さんが好きだったんだ。青木さんにもよく相談してた。でも青木さんが、安藤さんは俺のこと嫌いだって言ってて。だから告白もしなかった」


 視界が歪んで、目の前の一木君がゆらゆらと揺れていた。おかしい、何かがおかしい。


 上京した時、スクランブル交差点が怖くて仕方が無かった。皆違う方向を歩いていて、それでもぶつかることは無くて。いつもその動きや速さやうごめく人間の数で私は圧倒され、一度も綺麗に渡れたことがない。

 そんな光景が、今私の頭の中にある。スクランブル交差点と化した。様々な綺麗な記憶も、嫌な思い出も、全てが自分の居場所を失って走り回っている。どこに向かおうか、誰もそれを知らない。


「コノミ?」


 振り返った先にはナオがいた。さっき見た彼女とおんなじ服装、おんなじ髪型。


 そして甲高い声。


 彼女の声が、体中に響き渡った。今の私は、彼女の声が嫌いだ。

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