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〇月♡日

 寒くなり、体も心も乾燥する季節になった。私の唇は、寒さに少しでも抵抗しようとすると、皮が張り裂けそうで、紅をひかなくても紅く染まりそうだった。だから仕事帰りにリッププランパーを買った。ドラッグストアには、ミントの香りがする透明のものと、無香料の淡いピンクの物があった。私はミントが嫌いだ。ミントも、炭酸も、清涼感のあるものが嫌いだ。だからパッケージも中身のピンクに染まったプランパーを手に取って、レジに並んだ。

帰宅後、リッププランパーを持ってすぐに洗面所に向かった。メイクを落とす前に、着替える前に、自分が本当の自分に変わる前に、家から出て世間に馴染む自分に似合うのか確かめたかったからだ。

パッケージはピンクに寄せたベージュだった。大人になろうと試みる女子中学生が最初に好きになる色だ。蓋を取るとそこにはパッケージの大人しさとは打って変わって、かわいらしい、おもちゃのような配色のプランパーが潜んでいた。使い方をよく知らない私は、、通常のリップと同じ要領で唇に塗りたくった。

清涼感。スース―というオノマトペを考えた人は誰なんだろう。その人が一番「スースーする」と感じたのはいつなんだろう。

清涼感。
嫌いだった。でも今は嫌いじゃない。むしろ、唇が潤っていく感覚、張り裂けそうだった皮がようやく繋がれて、水よりも唾液よりも信頼出来る包容力を感じた。
清涼感。この感覚が苦手になって、初めて、ああ私も大人になってしまったのかと感じた。

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