第23話 一人暮らしの殺意②


 父を説得するために、僕は下宿代と生活費は自分でまかなうことを宣言した。


 そのためにコツコツと貯金をしていたし、合格後には密かにアルバイトを始めた。下宿代を安く済ませるために大学寮に入る心づもりだったし、食費を節約するために大学の近くで賄い付きのアルバイトも見つけてある。


 実は、受験勉強と並行して、あらかじめ下調べをしておいたのだ。一人暮らしの夢を叶えるためなので、受験勉強と同様に少しも苦にならなかった。はなから不合格になるつもりはなかったが、我ながら用意周到よういしゅうとうだったと思う。


 最大の懸案事項は言うまでもなく、父の反対をひっくり返すことである。その対応策も練ってあった。下宿代と生活費を自分で賄うだけでは弱い。もう一押しが必要だ。


 そこで、高校の担任教師を巻き込むことにした。僕の気持ちを正直に伝えた上で、父を説得してもらうようにお願いした。さすがに父に殺意をおぼえていることは省いたが、三者面談を経て、頑固者の首を縦に振らせることができたのだから、我ながら策士だったと思う。


 こうして、僕の一人暮らしは幕を開けた。ほどなく自分が世間知らずであることを思い知らされた。ご飯を炊く際に水の分量を間違えておかゆになってしまったし、生煮えのカレーをつくったり、焼き魚を真っ黒に焦がしたりもした。


 だけど、そんな失敗さえ、僕には楽しかった。要は同じ失敗を繰り返さなければいいのだ。なんといっても、「失敗は成功の母」なのだから。


 対人関係においても、失敗はあった。同じ寮に厄介な先輩がいたのだ。顔を合わせる度に、「カネを貸してくれ」と言ってくる。つい小銭を渡してしまったのが運の尽き。毎日のように、千円、五百円とたかられた。


 返すつもりがないことは一目瞭然である。聞けば、他の新入生も被害にあっていたらしい。先輩には二度と小銭を渡さないようにしたが、総額五千円ほどの被害は返ってこない。勉強代としては高すぎた。


 一人暮らしを始めると、先輩のような厄介な人間が目に付くようになった。すぐに腹を立てたり大声をあげたり、社会に不平不満を抱えて生きている人間は、僕が考えていた以上に多かったらしい。


 周囲に同世代しかいなかった中高生時代には気づかなかった現実である。厄介な連中は相手が年下だと見るや、身勝手な振る舞いを見せるのだ。一人暮らしをする以上、そういった連中から我が身を守らねばならない。


 もしかしたら、二十人か三十人の一人ぐらいの割合で、厄介な人間が潜んでいるのかもしれない。例えばバスや電車で考えれば、一台・一両に一人ぐらいの割合ということだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

XXを殺すかもしれない 坂本 光陽 @GLSFLS23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ