第22話 一人暮らしの殺意①
思春期に受けた仕打ちの結果、僕は父と距離をおくことを決意した。
高校の三年間は自分から話しかけないようにして、会話は必要最低限にとどめるように心がけた。理由はいうまでもない。不愉快な気分になるやりとりを可能なかぎり排除するためである。
その成果はあったと思う。中学の三年間よりは穏やかな気持ちでいられたし、充実した高校生活を送ることができた。思春期にふさわしいストレスを味わったことは確かだが、その一方で文化祭や球技大会など楽しい思い出もたくさんある。
大学進学は大きな転機になった。志望校は関西の私大だったのだが、家から通えることができても、絶対に下宿をしようと考えていたからだ。もっとも、父の反対は容易に想像がつく。もし不合格ならば鼻で笑われるだけである。
僕は何が何でも志望校に合格しなければならなかった。石にかじりついても、一人暮らしをしたかったのである。そのために、ひたすら受験勉強を行った。高校三年の一年間ほど勉学に励んだことはなかったと思う。
大学受験に合格すれば、父親から離れられるし、夢の一人暮らし始めることができるのだ。受験勉強自体はつらかったとは思わない。目標を達成するためならいくらでも頑張ることができたし、振り返ってもとても充実していたと思う。
おかげで、志望校に合格することができた。父の経済的負担をできるだけ減らすため、入学金や授業料が低めであることも条件だったが、それも見事クリアできた。僕の志望校は関西の有名私大の中で、もっとも経済的負担が軽かったのだ。
下宿先として大学寮を選んだのも、同じ理由からである。夏は暑くて冬は寒い部屋だったが、家賃が普通のアパートの半値以下なので、選択の余地はなかった。貧乏学生なのだから、節約できるお金は使わないのが一番である。
親元を離れたおかげで親のありがたみを知った、という定番の言い回しがあるが、僕には当てはまらない。自炊や洗濯、掃除などは少しも苦にならなかった。食生活は低下したかもしれないが、それとは比べ物にならない解放感を満喫していた。
実は、すんなりと事が進んだわけではない。父は当初、実家からの通学を求めていたし、僕の下宿には反対だった。ただでさえ、多額の入学金と授業料を支払うのに、下宿代や生活費まで出せないというわけである。
父と一緒に住んでいると、ふとした拍子に殺意を抱き、今度こそ殺してしまうかもしれない。だから、実家を出るという決意をしたのに、当の父から猛反対を受けるとは、何とも皮肉な展開だった。
まさか、本当の理由を父に告げるわけにはいかない。
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