第21話 首吊りがいっぱい②


 僕は撮影機材を手に現地に向かった。基本的に行き当たりばったりの撮影だが、自殺現場を訪ね歩くという方針は立てていた。あらかじめ事件の概要は調べておいたので、五人がそれぞれ首を吊った場所はわかっていた。


 不思議なことだが、五ヵ所の自殺現場はあまり離れていなかった。直径一キロメートルの円の中にすっぽり収まるぐらいである。


 野菜保管用の小屋や鬱蒼うっそうとした雑木林の中、国道の高架下といった現場で、僕は淡々と撮影を続けた。自殺の現場であるにもかかわらず、陽ざしが明るかったせいか、あまり恐怖は感じなかった。


 幽霊らしきものや不可解なものが映り込むこともなく、撮影は予定通りに無事完了した。


 ただ、恐怖感や不安感を前面に打ち出したいのに、ビデオ特有のくっきりとした映像では難しそうだった。おどろおどろしいBGMを合わせてみても、どこか空々しく見えてしまう。


 そこで、セピア色のレンズフィルターを使って、一から撮り直すことにした。さらに思い切って、地元の方々に路上インタビューも行った。もし、自殺をした五人の知人や関係者にぶつかれば、事件の真相に近づけるかもしれない。


 連鎖自殺の原因については、いくつかの仮説があった。社会の閉塞感や金銭トラブル、中には他殺説まであった。もっとも、明確な根拠はなく、すべてマスコミの創作、無責任な戯言である。


 結論から言うと、路上インタビューに芳しい成果はなかった。まったく相手にされなかったり、面白半分にとりあげるなと怒られたり、けんもほろろの対応ばかり。


 連鎖自殺事件から半年が経過していたが、地元ではタブーだったのかもしれない。


 それでも撮影映像のダビング編集を行い、ナレーションやBGMを加えて、十五分ほどのドキュメンタリー映画を完成させた。


 しかし、その出来上がりを観て、僕はがっかりした。イメージしていたものと全然違った。理想と現実の落差は、予想以上に大きなものだったからだ。


 自主映画コンクールに出すつもりだったのだが、とてもそういうレベルではない。その作品は誰にも見せずに封印することにした。


 十数年の時が流れた。久しぶりに実家に帰った僕は、押入れの中を整理中に、その封印作品を見つけた。懐かしくなって、早速ビデオデッキで再生してみた。


 しかし、ビデオテープとビデオデッキの互換性がよくないのか、映像は乱れまくってノイズだらけ、音声もひどい雑音混じりである。かろうじて聞き取れたのは、最後の方の甲高い笑い声だけだった。


 少し考えてから、背筋が凍った。そんな笑い声には、まったく心当たりがなかったからだ。もしかして、五人の自殺者に祟られたのだろうか? 不謹慎な行為をしたために、霊たちからとがめられたのだろうか?


 気味が悪くなったので、自殺現場を巡り歩くことは、金輪際こんりんざいやめることにした。ちなみに、問題のビデオテープは可燃ゴミとして捨ててしまった。振り返れば、神社などでおはらいを受けた方がよかったかもしれない。




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