黄金のとかげ
虻瀬犬
黄金のとかげ
食肉加工場や、郊外(といっても僕の家の近所?だけど)のファミレスだとか、何を作ってるのか分からない工場だとか。ああ、あとは遠くにゴミの焼却場の煙が見えるね。あと原子力発電所、設立反対ののぼりや看板ども。
面白いぐらいにつまらないモノを面白がってる毎日にうんざりしているんだよ。猟銃を持って、ジャコウウシを仕留めてやりたいぐらい。……そんな毎日が来たら、それはそれで根を上げるんだろうな。僕は弱いから。
ねえ、母さん。最近はどうですか?
「元気にやってるよ、そっちはどう?」
僕は相変わらず、どうにもなっていないです。
子供の頃に熱中していた戦闘機の設計も、今はなんの興味もなくなった。「F」が付くような型番を愛する自分の気持ちを否定し続けたせいか。それか、僕が世間の言う「つまらない人間」になったからか。いや、「つまらない人間」になったというのは違う。「つまらない人間」は物凄くちゃんとしている、素晴らしい人だから。
僕は地元の地方都市から逃げてきて、今や地方都市とも言えないような北の田舎に住んでいた。それは、ある時出会った北斗七星のタトゥーを額に彫っている、ヨシロウと名乗った人物から訊いた話だった。
「ミロウネは良い街だよ。なんか最悪で」
彼の故郷だと話していた。
「海がさ、恐ろしいほど生活と近いんだよね。それはもう物理的に。冬には流氷が襲ってくるよ。沼地にはオオバナミズキンバイが水面を覆って、魚を殺してる。ちっちゃな砂丘もあるし」
そうなんだ、と適当な返しをしてしまっていたと思う。
僕は焦っていたんだ。地元の歓楽街のゲイバーで出会った、旅人の男。多分これから再び会うことなんてないだろうな、と。分かっていたけれど、手放すのは
ミロウネには、規模は小さいが、公立の水産大学があった。特別、水性生物やら漁業なんかには興味がなかったけれど、取り敢えず志望してみることにした。母さんは大反対していたけれど、父さんは「お前が行きたいと言うなら、責任を持って応援をする」と言った。僕はありがとう、と言ってこの街に一人暮らしをすることになったんだ。断熱の為にあてがわれた厚い壁の、独房みたいなこの部屋に。
思いの外、水産大学での授業をまともに受けれている僕のこのココロは、一体何を表してるんだろう。戦闘機が好きだった過去や、ゴミが焼き尽くせれる音を聴きに行くココロと何も違わない気がした。一過性の興味と爆発の中でしか、自らが動けないことに殊更うんざりしているのかもしれない。しかし、それにさえ弱気な自分には気付く権利すらないように感じていた。
「君のココロ喰ってやりてえな」
頭上でゲーグ・ヘルナ E.IIIのエンジン音が通奏低音で流れていた、あの日のミロウネ埠頭でのことだ。厚い雲が疎らに氷の粒を吐き出して、それが重力に逆らうように動く日のこと。
「君のココロが黄金に輝いてるよ」
どこから発せられているかも分からない、ただ脳に伝わってくるだけの振動が僕にそう言う。「なに、なんなんだ、これ」
「黄金に輝いてる君のココロを食ってやりてえな」
僕はなんだよ、とただ吐き捨てていた。幻聴には聞覚えがあった。熱の時に見る夢の延長のような幻聴は、僕のココロの病気の一つだった。
「黄金に輝いてるよ、君のココロ」
「じゃあ、だから」「だから、だから、なんだよ」「僕はまた」「僕はまた何かいけないことを思い出そうとしているのか」
「シャー」
シャー? 確かに脳はそう震えていたんだ。
右手に冷たい、ネトっとした感覚があった。そこに目をやれば、カナヘビのような小さな爬虫類が先を二手に分かれさせた舌を出している。
「シャー」
その生物は僕の右腕を這って、肩まで来た。
「君のココロが黄金に輝いているんだ」
そして、さっきまでよりも大きな振動が脳で震えた。
「輝いてる、って、どういうことだよ」
「シャー」
それ以上、彼は何も言わなくなった。肩に止まったとかげは、ふとジャンプをして海へ飛び降りた。彼は多分死んだ。
僕はそこで、自分の汗が真っ白に凍ってしまっていることに気が付いた。いつからここに居たかも、思い出すことが難しかった。自分の名前や、ここに居る理由が一瞬だけ思い出せなくなっていた。
携帯を見た。友達からの着信。掛け直す。ツーコールで出た。
「いや、暇かなって。今日うちで飲むから、来いよ」
僕は、分かった、と言った。今やってる課題が終わったら行こうかな、と。
ああ、今日も僕はおかしかった、おかしかった……でもおかしくないんだよな、だって友達はこんなに優しく、僕もこんなに普通で生きれてるんだし……。
「なんでそういうことするんだよ、バカヤローが」
掠れた声で海に向かって言った。海は沈黙、空は未だに戦闘機が叫んでいる。ソニックウェーブを感じたいのに、あの型の戦闘機ではマッハを超えることは不可能だ。だから聴いてやるんだ。生の音しか出せない旧世代のクソ兵器の音だけは聴いてやるんだ。
僕は舌打ちをして立った。海風が強く吹き続け、顔面は真っ赤に染まった。鼻水は出しっぱなしで、頬のあたりでその生命線を途切れさせていた。
帰ったら彼から死ぬほどもらった浅利で適当なスープでも作ろう。一つしかないガスコンロを上手く使って、そこに乾麺のパスタをぶち込んだりして。適当に、かつ美味しいものを食って、そして夜はアイツんちで飲んで……。
僕はポケットに手を突っ込んで、鼻を摩って帰った。
好きな人に誘われた飲み会が、楽しみでしょうがなかった。
黄金のとかげ 虻瀬犬 @kai8tsu
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