どんなコミュニティにも「姫」と呼ばれるポジションは発生しうる。趣味のサークルであれ、教室であれ、職場であれ、人間関係が構築されるあらゆる空間は「姫」が芽生える土壌となるのだ。そして本作はその舞台に老人ホームを持ってくるのだからすごい。
いや、でも、確かにチャーミングなお婆ちゃんとかいるもんね、お婆ちゃんの「姫」がいたっていいもんね! と思ったら、この老人ホームにいるのはほぼ男性のみ。そして本作で「姫」となる優希(78)は男なのだ。お爺ちゃんである優希(僕っ子)が可愛さを追求し、その可愛さに周りのお爺ちゃんたちが籠絡されていく……。何食ったらこんなもん考え付くんでしょうね。
この優希(アラエイ)の老人ホームでの立ち回りや入居者のバックボーンを詳細に描き、老人ホームでお爺ちゃんが「姫」として君臨するという、奇抜すぎる設定に説得力を持たせる筆力が凄い。だが、本作でそれ以上に注目すべきが起承転結の作り方なのだ。
優希(姫)が新規入居者の旭(72)に目をつけて、なかなかなびかない旭を色々アピールして落とそうとするのだが、中盤で意外過ぎる真実が明らかになると物語は誰もが予測不可能な展開へと猛スピードで転げ落ちていく。そして全くの予想外の展開が繰り広げられながらも、本作はラストで完璧な着地を決めてみせるのだ!
設定だけでもぶっ飛んだ作品だが、出オチで終わらずにストーリーの力で設定のインパクトを上回っていく色んな意味で常軌を逸した小説だ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎 憲)
「老人ホームの姫(ポジションにいる老爺)」。なんだそりゃと思ったが、粗筋の時点でもうズルいくらい面白い。
それはつまり、この題材を使えば多少心得のある者ならば、一定の面白さが保証される――すなわち、1テンプレート、新ジャンルを発明したと言っても過言ではない。
だが、この作品の後に「老人ホームの姫」をやろうとすることは、大変な苦労を伴うだろう。なぜなら、本作品はこの粗筋とタイトルの力を1.5倍マシで引き出した怪作だからだ!
当初、私は連打される「~た」の文体をボケーッとアホ面で眺めていた。手を止めなかったのたは、粗筋の面白さと、時おり入るツッコミ所満点のジョークに引っ張られたからだ。
そして気がつけば、この小説がおちゃらけただけのコメディではない、「本物」だと悟る。
老人ホームの姫・優希がいかにしてそのポジションに君臨しているかという手練手管、ホームの面々の奥深い人間性。これらがわずかな分量で過不足なく描写され、「これは優希に落ちるわ……」と圧倒的姫性に打ちのめされる。
そして「自分になびかない新入りに姫は猛烈アタック」のターンに入り……ここから始まる怒涛の展開はあまりにも予想不可能だ。だが伏線は入念に張られているのだから、もはや夢中で文字を追うしかない。息をつく暇もなく。
予想外に予想外を重ねた果ての決着は、この作者はどこまでも、一滴たりもお茶を濁す気がないと再三思い知らされるものだった。
振り返ってみれば、作品が持つあらゆる要素を完全に使いきったエンディング。もはや何を言うにも野暮……この粗筋に興味を持たれた方は、こんなレビューより本編を一刻も早くお読みください!!!