43.銅像を作られた男
カランカランと小気味好いドアベルの音が開き、この日初めての客が入ってくる。
「いらっしゃい」
一人の男が客を出迎えた。長い金髪を後ろで括っている美丈夫だ。年の頃は二十代中盤といったところだろうか。
「やあ。今日はいい天気だね」
「ああ、さっき干した洗濯物の乾きも早そうだ」
「おまえが干したのか。相変わらずかみさんの尻に敷かれてるんだな」
客の男性が呆れたように肩をすくめると、男は朗らかに笑いながら言い返す。
「かみさんのためなら洗濯物を干すくらい何でもないさ」
「お熱いことで。ところで、うちのオーブンがどうやら壊れてしまったらしい。その修理を頼みに来たんだ」
「オーブンか。魔石の調子はもう見てみたか?」
「ああ、魔石は問題ないようだったが、火が着かない。早く直さないと俺がかみさんに叱られるんだよ」
「尻に敷かれているのはどちらも同じだな」
ははは、と大きな声で笑うと、男は後方の戸棚から工具を取り出した。
「今日はすぐにやらないといけない作業があるんだ。それが終わったら行くとおかみさんに伝えておいてくれ」
「ああ、わかった。助かるよ。じゃあよろしく」
その後取り掛かった修理作業を終え、男が客先まで歩いていると、途中の大きな国立広場の中心部に銅像ができていた。初めて見るものだが、確か二十日ほど前に通った時にはなかったはずだ。
「ずいぶん急ピッチで進めてたんだな。一体どこの英雄の像なんだ?」
これは客先での話の種になるかもしれないと思いつき、男は像に向かって歩き始めた。だんだん近付くにつれてその顔立ちなどが判明していったが、どうも見たことのある顔のようだ。胸から上しかないため体型はわからないが、男性のようで、顔だけでも親近感を覚える。
「人物の名前が……なになに、アオヤマ・レン像…………アオヤマ、レン…………」
名前から目が離せなくなった男は思考をしばらく停止させていたが、やがてはっと我に返った。
「……蓮、おまえ一体、何をやったんだ……?」
**********
男は客先でオーブンを直しながら、そばにいたおかみさんにそれとなく尋ねてみることにした。
「広場に銅像ができてたな。あれは誰なんだ?」
「ああ、あれね、どうも第一王女殿下が感謝を捧げたいとおっしゃっている人とか」
「第一王女殿下が、感謝を?」
この時点で男は「王族が感謝って……俺の息子は一体何を……」しか考えられなくなったが、オーブンを修理する手は止めていない。
「いい男だって、若い女の子に人気らしいよ」
「は? 人気?」
「王族に感謝されるくらいだから、外国の要人かもってみんな噂してるよ。少なくとも貴族、もしかしたら遥か東方の国の王族じゃないかって言う人もいるね」
「貴族、か、王族ね……」
心中では大いに戸惑っているが、男はやはり手を止めずに修理を進める。修理作業が一通り終わり魔石を操作して着火を確認すると、おかみさんは大層喜んだ。
「ああ、直ったね、よかった。お茶でも飲んで行きな」
「おかまいなく。で、あの銅像のことなんだが」
「何だい、やけに気にするね」
「あの名前は聞いたことあるか? 一体何をやったんだ?」
「いや、ちょっと聞き慣れない名前だね。だからよけい、遠方の外国の方かもしれないなんて話が出るんだろう」
おかみさんはお茶を入れながら言葉を続ける。
「何をして感謝されたのか知らないが、お人柄の良い第一王女殿下が感謝を捧げたいとおっしゃるんだから、何かしらの偉業じゃないかね」
「そうか……」
おかみさんが入れてくれたお茶を一口飲むと、男は立ち上がった。
「せっかく茶を入れてくれたのにすまない、急用を思い出した。あいつによろしく伝えておいてくれ」
「え、あ、ああ、今日は助かったよ、ありがとう」
焦った様子でぞんざいな挨拶をすると、男は自宅へと急いだ。
**********
「……というわけで、蓮と話したいんだが」
「いるかしら? あ、在宅勤務になったから大丈夫かも。じゃあちょっと呼んでみるわね」
「頼む」
男の妻が自ら開発した魔導具に魔石をセットすると、壁に白い画面が現れた。
「蓮、いる? 蓮?」
呼びかけて一分ほど経っただろうか、蓮が「母さん? あれ、父さんもいる? 何?」と応え、姿が映し出される。
「今話せる?」
「大丈夫だけど、どうしたの? しら……じゃなくて、達也さん今いないけどいい?」
蓮はちょうど勤務時間中で、後ろのキャビネットの扉と引き出しが開いている。資料整理でもしていたのだろう、それならじっくり話せそうだと父は安堵した。
「おまえ、銅像作られてるぞ。何やらかしたんだ?」
一番尋ねたいことを率直に口にしてみる。「やらかしたって……ひどい」と膨れる蓮に、更に父は言葉をかけた。
「あと、おまえが貴族か王族じゃないかって噂されてるぞ」
「貴族か王族? よくわからないけど、この間醤油を送ったら銅像建てられたよ。そっちの世界だったんだね」
「醤油を? 第一王女殿下に?」
「うん。でも依頼者が第一王女殿下だなんて依頼書に書いてなかったし、あまり深く追求しないで普通に商人と取引しただけだよ」
商人が嬉々として蓮に再コンタクトを取ってきたのだ。銅像なんかいらないと言っても、聞き入れてはもらえなかった。
「つまり、第一王女殿下の依頼品である醤油の取引を商人経由でしたら感謝されて銅像が建ったってことか?」
「そうそう、その通り」
「それだけで銅像って建つもの?」
何か言いたげな父を遮り、今度は母が話し始めた。
「そこらへんはそっちの価値観だろ。僕はいらないって言ったのに、もう製図は終わって制作段階です、なんて言われたよ」
父と母が顔を見合わせて無言になったが、蓮は気にせず話を続ける。
「あ、第一王女殿下、満面の笑みで『ごはんが進むー!』って言ってたらしいよ」
「満面の笑みで『ごはんが進むー!』って……もしかして……」
「うん、絶対日本からの転生者だよね」
「……そうよね」
「それで、そんなに感謝されたのか……」
父も母も続く言葉が出ないようだが、蓮は既に作られてしまった銅像より気になっていたことを聞くことにした。
「ところでさ、貴族だの王族だの言われてるってどういうこと?」
「ああ、『アオヤマレン』がこっちじゃ馴染みのない名前だってことと、人柄が良いと評判の第一王女殿下が感謝を捧げる人だってことで、外国の貴族かも、もしかしたら遥か東方の国の王族かもって噂が立ってるんだよ。蓮、若い女の子に大人気なんだってさ」
「……なるほど、そうなるんだ。東方の国っていうのは当たらずとも遠からずだけど。ていうか若い女の子に大人気なのはこっちの世界であってほしい……何でそっちでモテるんだろう……」
「……そうだな……」
「……そうね、何でかしらね……」
ペーターラビットの座布団の上でがっくりとうなだれる蓮から、父と母が目をそらす。
「くっ……悔しい……。絶対こっちでもモテるようになってやるっ……! 話はそれだけだよね!? じゃあね!」
「え、ええ、がんばってね。じゃあまた」
蓮がキレながら話を終えると母は魔導具から魔石を取り出し、ため息をついた。
「あの子、若い頃のあなたに似て顔と頭はいいのに」
「何がいけないんだろうな……」
「まあでも、これからきっと忙しくなるだろうから、モテなくてもいいのかもしれないわ。銅像のおかげで東方の島国がもてはやされそうだし。商品は蓮が担当しているんだから」
東方の島国の商品は日本の大学生が担当しています 祐里(猫部) @yukie_miumiu
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