42.安物でいい簡単なお仕事
式のあとのガーデンパーティーも無事に終わり、蓮と白井とさくらの三人は着替えをせず衣装のままタクシーに乗り込んだ。
「時間あるから、先にお隣に行く方がいいね」
「そうね、先に行こう」
蓮たちの両親と約束している時刻にはまだ余裕がある。お隣に新郎と新婦を連れて行ったらきっと喜んでくれるだろうと自然に口元がゆるむ蓮に、さくらが答えた。
マンションに到着して三人でエレベータホールまで行く間に、礼装とウェディングドレスの二人は住人から注目を浴びてしまった。「おめでとう」と声をかけられ、難なく笑顔を作り対応するさくらと白井は尊敬できると、蓮はしみじみ思う。
お隣の老夫婦は在宅中で、挨拶に行ったらとても喜んでくれた。ついでに自宅で白井と一緒に仕事をすることになったということも話したところ、「疲れたらいつでもいらっしゃいね」と、ばあさまが白井に穏やかな口調で伝えていた。「はい」と恥ずかしそうに笑って答えるその時の白井は、蓮にとって貴重な姿だった。
「さっきの白井さん、写真撮っておけばよかったな。今まで見たことなかった、あんなに恥ずかしそうにしてるところなんて」
「いやぁ、あのご夫婦、包容力すごいな」
「でしょ? あの雰囲気、クセになるんですよ」
「夫婦喧嘩したらお隣に行けばいいよね」
「……さくら……そういうことは思ってても言ったらだめだって、僕でもわかるのに……」
さくらの言葉を聞いて一人で何やらぶつぶつ言い始めた白井を尻目に、蓮が機器の電源を入れる。新しいモニターを買っていないためまだ小さい画面だが、やがて両親の姿が映し出され、四人で話せるようになった。
父も母も、今の見た目はとても麗しい。父は後ろで束ねた金髪とセピア色の瞳の組み合わせが美しく、顔立ちも整っている。母も淡い金髪の楚々とした美人なのだが、その大きな瞳の色が薄いグレーで、「お父さんみたいな色がよかった」と言っていた。どの世界でも、人はないものねだりをするものらしい。前に蓮が何でこんな美形に転生したのかと尋ねたことがあったのだが、本人たちにもわからないらしく、「たぶんチートってやつ?」とのことだった。
「お父さん、お母さん、久し振りね。結婚式もパーティーも無事に終わったよ」
「おめでとう、さくら。ウェディングドレス姿きれいね、とても素敵よ」
「おめでとう、きれいになったな。あれ、白井くんはどうした? そこにいるんだろ?」
父に名前を呼ばれ、白井は独り言をやめて映像に入る位置に移動した。
「あっ、すみません、います。お久し振りです」
「おお、さすがだな、モデルみたいで格好いいよ」
「いえ、それほどでも」
これまで白井がそうしていたように、この日は蓮が横に控え、あまり参加しないでおこうと思っていた。主役の二人の邪魔をしたくなかったのだ。そんな蓮の気遣いを、父が砕いた。
「蓮? 蓮はどうなんだ?」
「えっ、どうって?」
父に呼ばれ、蓮は白井のそばに寄って話し始める。
「蓮は彼女いないのか?」
「いないよ」
蓮にとっては触れてほしくない話題なのだが、やはり親としては気になるようだ。仕方なく短い言葉で返答する。
「彼女はいなくても、ちょっといい感じになってる女の子くらいはいるんだろう?」
「いや、そういうの全然ない」
「何で!? お父さんはあなたくらいの頃とても格好よかったのよ!?」
父の問いに完全否定で即答する蓮に、母の方がキレ出した。こうなると父はしばらく空気になる。
「まるで僕は格好よくないみたいな言い方。何でかなんて僕が知りたいよ」
「そ、そういうわけじゃないけど……そのタキシードもよく似合ってるし……」
冷たい口調で返したところ母のテンションが下がったため、蓮も一度深呼吸し、更にクールダウンしてから返答する。
「母さんが、女の子への連絡はマメにしなさいって言ってたからその通りにしてたんだけど、大学で仲良くなれたのは男子学生一人だけ……」
「……そう……男子学生……」
「……うん……」
両親を含む全員の哀れむような視線が煩わしく思え、蓮は退場することにした。
「今日はそんなことどうでもいいだろ、おめでたい日なんだから。しら……じゃなくて達也さんとさくらの二人と話しなよ」
「そ、そうだな、白井くん……じゃなくて達也くん、娘のことを頼むよ」
やっと口を開くことができるようになった父が努めて明るく言っているのが見え見えで、蓮は短くため息をついた。
**********
「一応僕だって二年前まではちょっとモテてたんですよ」
蓮がぶすっとした表情で依頼書を手に取る。
「二年前? 二年前から何が変わったんだ?」
「わからないけど……バイト始めて時間の余裕はあまりなかったかも。でも関係ないですよね?」
白井とさくらの新婚旅行はまだ先らしく、白井は翌々日から出勤してきたのだが、来て早々蓮の愚痴に付き合わされる羽目になった。
「それ関係あるんじゃないか? 時間の余裕のない人に、一緒にどこか行きましょうとはならないだろ。まあ機嫌直せよ、親はやっぱりそういうの気になるんだよ。僕もけっこう言われてたし」
「え、白井さんも? じゃなくて達也さんも?」
「……うん……大変だった……」
「そ、そうですか、思い出させてしまってすみません」
その時のことを思い出した白井が、うんざりした表情でキャビネット下段を睨みつけている。蓮は何とか話題を変えようと、自分が持っていた依頼書を白井に渡した。
「これ、醤油って書いてあります。簡単そうですね」
「へぇ、じゃあこれからやるか」
依頼品の醤油にはメーカーや銘柄の指定はなかったが、備考として「安物でいい」と書き添えられている。そこで蓮が買いに行き、近所のスーパーで安売りしていた百八円のものに決めた。いくら安物でいいとはいっても依頼者に気に入られない可能性もあるが、その場合は改めて依頼品の詳細指定をしてもらい、違うものを買ってくればいい。それがこの卸問屋のアフターサービスということになる。
「依頼者については転生者とか転移者とかそこらへんも詳しく書かれてないみたいですけど、あまり深く追求しない方がいいですよね……?」
金沢で辛酸を嘗めた経験から、蓮は時々及び腰になってしまう。
「そうだね、今回のは簡単に手に入るものだし」
白井が同意するのを聞いて、蓮はほっとした。前に異世界転生した料理人の依頼を受けたことがあったのを思い出し、今回も料理に携わる人なのかな、などと想像してみる。
白井が別の依頼について調べ物をしている間に、蓮が醤油の依頼を完遂させた。あとはパソコンに必要事項を入力しておくだけだ。あまりにもスムーズだったため裏に何かあるのではと勘ぐりたくなるが、考えても特にトラブルの種になりそうなことは出てこない。
醤油を取引した商人から再度連絡が入ったのは、この一週間後だった。
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