41.誓言
五月下旬、白井とさくらの結婚式が執り行われる日になった。本来は白井側に多くの人が列席する大規模な式になるはずだったが、白井家ではもう息子の結婚式が三回目ということもあり、一般的な中規模の式が許された。
蓮は、式が始まる前に男性用メイクルームで既に支度を終えた白井に会った。
「うっわ、白井さん今日は一段と格好いいですね。ほんとすごいな、モデルみたい」
蓮が手放しで褒めると、これはフロックコートと呼ばれる礼装だと白井が教えてくれた。体型に合わせて作られた長めの上着がその長身の体躯にとても合っている。色はいつものダークカラーではなく、シルバーに近いライトグレーで明るい印象だ。
「あとで一緒に写真撮りましょう」
「いいね、天気がいいからガーデンパーティーの時に撮ろうか。蓮もそのタキシード似合ってるよ。いつ買ったの?」
「いやいや、買ってないですよ、普段使わない服だし。貸衣装です」
白井は冗談ではなく本気で、いつ買ったのか聞いてくるのだ。格好が変わっても中身は白井だなと思いながら、蓮は胸の前で手をひらひらさせて軽く否定した。
「へぇ、貸衣装なんだ」
「白井さんには負けるけど、主賓だからシャツ以外ほぼ黒でちょっといいですよね。執事みたい」
「あのさ、蓮」
「何ですか?」
蓮が蝶ネクタイを触りながら答えると、白井が真剣なトーンで言い出した。
「今日は白井がたくさんいる日なんだし『白井さん』はもうやめようよ」
「あ、そうか。じゃあ何て呼びます? えーと、下の名前何だっけ……達也?」
「えっ、そうくる? そこは名前じゃなくて『兄さん』だろ」
「兄さん? 姉のさくらも呼び捨てなのに? ……達也さん? 達也くん? 達也? たっちゃん?」
「兄さんがいいんだけど……」
「えー」
「ブーイング入った……じゃあ、達也さんでお願いします……」
幸せ絶頂のはずの新郎の表情が、がっかり顔に変わってしまった。
**********
蓮は教会入場前のさくらと合流した。自分がさくらの隣に並んでバージンロードを歩かないといけないのだ。
「おー、さくら、きれいにしてもらえたね、よく似合うよ。よかったね」
「蓮も似合ってて格好いいよ、よかったね」
「さっき白井さんが『兄さん』って呼べって言ってたんだけど、話し合った結果『達也さん』って呼ぶことになったよ」
「あ、そうなんだ。本人は兄さんがいいって言ってたのに」
ふふ、と笑うさくらはいつも通りの表情だが、プロのメイクが入っているためいつにも増して美しさが際立っている。ドレスはプリンセスラインで、シフォン生地やレースがふんだんに使われており、かわいらしさと上品さを併せ持つ逸品だ。
言葉をかわして数秒ののち、さくらは入場前の扉に向かいまっすぐに立って顔だけ蓮の方を向き直した。身長差が十二センチほどあるため、さくらが少し上目遣いになる。
「蓮、ありがとう。蓮がいたからここまで来られたんだよ」
「それって大国ホテルの食パン食べられなかった恨みから行われた犯行のこと?」
突然しんみりと言うさくらに少し驚き、蓮はふざけた言葉を投げた。「それもあるけど」と、さくらは肩をすくめる。
「私、子供の頃から蓮がかわいくてしょうがなかったから。お父さんとお母さんが死んでもあまり弱音を吐かないでやってこられたのは、蓮のおかげなの」
「……そっか。達也さんの前では弱音吐いてもいいんだよ」
「うん」
「達也さんとなら一緒に幸せになれるよ」
「うん。でも、今までも幸せだったよ。ありがとう、蓮」
「僕もだよ。ありがとう、さくら」
「新婦様、ご入場です」とスタッフが扉を開け、入場曲であるG線上のアリアが流れ始めた。姿勢よくまっすぐに前を見ながら目に涙をためるさくらの顔を、蓮が薄いヴェールで覆う。
ゆっくりとバージンロードを歩く間、荘厳なパイプオルガンの音と、祭壇前で後ろを振り向き静かな微笑みをたたえる白井の姿は、絶え間なく蓮の心を震わせていた。
「兄さん、姉さんと一緒に、幸せになってください」
こんな日くらいは白井の希望通りにしてやろうと、蓮はさくらを白井に引き渡す時に「兄さん」と呼んでみた。涙で声が詰まりそうになったが、きちんと最後まで言えてほっとする。
「ありがとう。一緒に幸せになるよ」
蓮に向かって真剣な眼差しで
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