Act 2 王女と人魚姫
<海の見える離れの一室>
空っぽの部屋。
奥に見える扉の向こうから声がする。
王女「(声のみ)お前たち、お下がりなさい。着替えくらい一人でできる。何度も言わせないで。わかったらお下がり」
王女が一人、部屋に入ってくる。疲れた様子で部屋の隅のソファに腰を下ろす。
ほどなく、侍女が部屋に入ってくる。部屋をざっと見回してしかめっ面をする。
侍女「なんて殺風景な。まるで女中部屋じゃありませんか」
王女「そう?こじんまりした静かな部屋よ。窓から海がよく見えるわ。ほら、潮の香りがしない?」
侍女「おまけに侍女の一人も控えていないとは…」
王女「私がいらないと言ったのよ。必要ないでしょ。自分のことは自分でできるわ。優秀なお前が一人いれば十分」
侍女、テーブルに置かれた水差しからグラスに水を注いで、王女に差し出す。
王女、礼を言って、それを飲み干す。
侍女「(王女から空のグラスを受け取りながら)とにかく、文句を言ってやります。こんな人気もない離れを姫様になんて」
王女「私が頼んだんだから。できれば海の見える離れをって」
侍女「全く、姫様ったら。あきれ果てましたよ、私は。あんなに素敵な部屋をいただいていたというのに。部屋を変えてほしいだなんて」
王女「ゴージャス過ぎて落ち着かなかったの。見た?あの派手なタペストリー。ピンクに金糸のふちどり。見るからに舶来の高級品。さすが小国と言えども、 新進気鋭の貿易国。絨毯だって、この暖かさに不必要なほどふかふか。掃除が大変って感じ」
侍女「掃除なんて召使がやってくれます。今までとは違うんです。姫様は何もなさる必要はありません。大国の王女らしくふんぞり返っていればいいんです」
王女「わかってるけど。ああいう豪華さはね。なにせ、育ちが育ちだから」
侍女「姫様は超一流の教育を受けておいでです。気にしてはなりません。口さがない
王女「こそこそ言われるのが気に食わない。堂々と言ってくれれば、言い返してやれるのに」
侍女、ため息を吐く。
侍女「姫様、問題は教育や育ちではなく、性格ではないかと」
王女「別にかまわないでしょ、部屋を替えてもらうくらい。いいこと。私は好きでこんなところへ来たわけじゃないのよ」
侍女「(唇に指をあてて)しぃ!姫様。(あたりを見回して)壁に耳あり、障子に目あり。そんなこと口に出してはいけません」
王女「お国のため、会ったこともない王子と結婚だなんて。
侍女「会ったことはあったみたいじゃないですか。印象的な出会いをされたようで」
王女「ああ。あれ。大げさなのよ。そりゃ、救ったといえばそうなのかもしれないけど。私が見つけたときには嵐は止んでたわ。私がやったのは、水打ち際から引きずり出して、2、3発ぶったたいたくらい。すぐに漁師が来てくれたし」
侍女「都合のいい誤解で幸いですよ。ま、よかったじゃないですか。正直なところ、心配だったんです」
王女「何が?」
侍女「お互い外交上の政略結婚。当たりが悪かったら、どうしようかと。その点、少々、頭がお軽いかもしれませんが、誠実そうだし、見目も極上」
王女「(ちょっと考え込んで)見た目はまあまあ・・・かな」
侍女「おまけにあんなに積極的で。父王様もおっしゃっていたでしょう?もしも向こうが乗り気薄の場合は腕によりをかけて・・・たぶらかせって」
王女「陛下、そんなことおっしゃった?」
侍女「遠まわしに、ですが。まあ、姫様にそんな手腕を期待すること自体、無理ですけど」
王女「失礼ね。私だってその気になれば・・・」
侍女、王女の全身を一瞥する。
侍女「無理です。(思いっきり断言する)」
王女「う…(話題を換えようと)・・・そう言えば、あの娘・・・」
侍女「娘?ああ、あの。きれいな
王女「裸で、浜辺に?」
侍女「ええ。どこから流れ着いたのか、いまだに身元もわからないとか。あの人間離れした美貌、立ち居振る舞い。まるで海の泡から生まれたみたいだと。海の神の使いだと言う者もいるらしいですよ。バカバカしい噂ですけどね」
王女「気がついた?あの娘、宴の間、ずっと王子の背後から私をにらみつけてた」
侍女「あれに気がついてないのは、王子ご当人だけかと」
王女「殺気立った視線を感じると、必ずあの娘がいるのよ。不愉快きわまりないわ」
<ノックの音>
果物の入った籠を持って、人魚姫が入ってくる。王女を一瞥すると、つんけんとした様子で籠を差し出す。
王女「(むっとして)何?言いたいことがあるなら言いなさい」
侍女「姫様、だから、この子は口がきけないんですってば。(横から籠をさらって、添えられたメッセージに目をやる)あら、王子さまからのプレゼントですよ。ほら、姫様、珍しい果物です。(気分を出して読み上げる)『あなたを残して出かけなければならない運命に私の胸は張り裂けそうです。またお会いできる日を一日千秋の思いで待ちわびております』ですって」
王女「(素っ気なく)そう言えば、領地の見回りだっけ?10日ほど、城を空けるって言ってたわね・・・(あくまでにらむのをやめない人魚姫に)文句があるなら王子に伝えなさい。お前が報われないのは私のせいではないわ」
人魚姫、なおも王女を敵意むき出しに見る。
王女、いきなり、人魚姫のあごをくぃっと持ち上げて、その顔を覗き込む。
王女「きれいな瞳ね。まるで煌く海の底。あの人の瞳とよく似た色」
侍女「姫様?」
王女、侍女の声にハッとしたように手を放す。
王女「あんなに見つめられているのに全く気づかないなんて、あの王子の目は節穴ね。私を恨むのはお門違いよ。向こうが勝手にロマンチックな幻想を抱いてるだけ。まあ、私にとっては確かに都合がいいか。父王の命で是が非でもこの国に嫁がなくてはならないのだから。多少、好みから外れていてもね」
侍女「姫様、いくらなんでも、皇太子に対して、言い過ぎ」
人魚姫、両手でテーブルを思いっきりドンと叩く。
侍女、びっくりして口をつぐみ、人魚姫を見る。
王女「面白い。生意気にも、この私に、抗議しようというの?」
人魚姫と王女、しばし無言でにらみ合う。
王女「そうだ」
王女、いきなり引き出しの前に行き、紙とインクとペンを見つけ出し、テーブルに置く。
王女「言いたいことがあるなら、これを使いなさい。言葉は通じるんだから、字くらい書けるでしょう?ほら」
王女、人魚姫にペンを押し付ける。
人魚姫、どうしていいかわからず、途方にくれる。
王女「まさか、字が書けないの?」
人魚姫、悔しそうに、頷く。
王女「呆れた!やっぱりあの王子は愚か者だわ。字も教えてないなんて・・・(ぱんっと両手を胸の前で叩いて)いいこと思いついた」
人魚姫、怪訝そうに王女を見る。
王女「私がお前に文字を教えてあげる」
侍女「姫様!?」
王女「夕餉の後、ここに来なさい。私が特訓してあげる。僧院でも書き取りだけはいつも誉められたものよ。(突然の展開に付いていけず、目を白黒させている人魚姫に)声が出ないなら、字を書けばいい。その瞳では伝えられなくても、文字を使えば思いは伝えられるわ。そんなにあの王子が恋しいなら・・・」
侍女「姫様!あなたがそのようなことをなさる必要はありません!」
王女「(侍女の言葉を無視して)いい退屈しのぎになりそう」
人魚姫、どう反応していいかわからずにいる。
侍女は何か言いたげにしていたが、王女の楽しそうな顔を見てあきらめ顔になる。
王女「手習い本はどこかしら?紙とインクももっと必要よね」
王女、手習い用の道具を引っ張り出し始める。
<海の音。時の経過を表すホリデント>
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