Act 5 消えない想い

  <城の中庭> 

  <夜のホリ、地明かり>

  <盛大な祝いの音楽、花火の音。遠くから人々の歓声>


 誰もいない中庭に人魚姫が現れる。中庭のベンチに王女にもらった本をそっと置き、そのページに紙切れをはさむ。


 人魚姫、王女からもらったペンも置こうとするが、考え直して、懐に入れる。

 しばし感慨深げに辺りを眺め、意を決したように海の方へ向かおうとする。


 人目を気にしながら、侍女がやってくる。


侍女「よかった。やっぱり、ここにいたのね」


 侍女、怪訝そうに立っている人魚姫に近づく。


侍女「ほら、聞こえるでしょう。二人の婚約を祝福する人々の声が。おまえが、どんなに王子のことを想おうと、王子の妃になるのは私の姫様。おまえに勝ち目などないのよ。だから・・・これを」

   

 侍女、人魚姫にいかにも高価そうな腕輪を差し出す。


侍女「これをお前にあげる。昔、姫様の母君から頂いた腕輪。とても高価なものなの。これを売れば一生楽にくらせるはず。だから…これを持ってこのまま城から出て行って」


 人魚姫、首を大きく振り、憤然と受け取りを拒絶する。


侍女「受け取りはしないというの?どうあっても?・・・では、仕方がない!」


 侍女、隠し持っていた短刀を振り上げ、人魚姫の胸を思いっきり突き刺す。

 人魚姫、胸を押え、衝撃に倒れこむ。


侍女「許して。お前は若く美しい。いつか王子が心変わりしないとも限らない。姫様にこそ王子の愛が必要なの。今度こそ、姫様は幸せにならなくては。そのためなら、私はなんだってする」


 人魚姫、よろよろと立ち上がる。短刀を握り締め立ち尽くしている侍女によろめきながら近づくと、短刀を奪い取る。


 人魚姫、最後の力を振り絞り、下手にはける。

 立ち尽くす侍女。

       

<何かが水面に落ちる音>


 侍女、驚愕の表情を浮かべる。


<波の音。暗転>

  

<朝のサス、フェードイン。鳥の声>


 人魚姫を一生懸命探しながら、王女と王子が、素知らぬ顔の侍女とともに中庭にやってくる。


王子「いったい、あのはどこへ行ってしまったのだろう?おや、あれは?」


 王子がベンチの上に人魚姫が残した本を見つけ、その下に置かれたメモに気づく。目を通してから黙って王女に手渡す。


王女「(メッセージを読んで)『海に帰ります。お幸せに』


 驚く王女。その手から紙が落ちる。

 驚愕する侍女。崩れ落ちるようにひざを付く。顔を覆って泣き出す。


王女「(侍女に)なぜ、お前が泣くの?そんなにあの娘がいなくなったのが悲しい?」


侍女、泣きながら首を振る。


王女「私も悲しい。母上がなくなったときは胸に穴が開いたようだった。でも今は…変ね。とても悲しい」


 <波の音>


人魚姫(声のみ)「さようなら、おせっかいで優しい王女様。さようなら、大好きな、残酷な王子様。そして誰よりも忠実な侍女頭さん。さようなら。さようなら」


ナレーション「人魚姫は地上のすべてににっこりと微笑みかけました。それから、海のように青い空を高く上っていきました。どこまでも、どこまでも」

     

 王女が何かを感じたかのように、顔を上げる。その背を王子がおずおずと支える。


 <寄せては返す波の音>


    

       終幕  


 

     ※参考文献  岩波文庫 完訳 アンデルセン童話集 Ⅰ  人魚の姫生まれて初めて描いた脚本です。今まで某無料脚本サイトに載せていただいていたものに少し手を加えてみました。実写のディズニーの人魚姫の影響か、もともとのものはここ2、3年ほど、いくつかの高校で演じていただきました。

 カクヨムの短編コンテストでこの先の話を短編小説「人魚姫異聞」にした関係で、今回描きなおしてここに掲載してみました。少しでも気にいっていただけたなら、評価してくださるとうれしいです。



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人魚姫 浬由有 杳 @HarukaRiyu

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