Act 4 それぞれの想い

 <夜の城の中庭 青サス 波の音>


 ベンチにしょんぼりと座っている人魚姫が照らし出される。


 波の音に混じって、海の方から呼ぶ声がする。

 人魚姫が立ち上がり、海の方を見つめ、姉姫の髪が短くなっているのを見て驚く。(←姉の姿はイメージのみ)


姉姫(声のみ)「驚いた?可愛い末の妹。長い髪は魔女にやってしまったの。このまま王子の愛が得られなければ、あなたは泡になって消えてしまう。だから、魔女と取引したのよ。髪と引き換えにこれを」


 銀色の短刀が音を発てて、人魚姫の足元に落ちる。

 人魚姫、短刀を恐る恐る拾い上げる。


姉姫「その短刀で王子の心臓を突き刺しなさい。王子の血があなたの脚にかかれば、あなたはもとの人魚に戻れる。そうしたら、また海に戻って、一緒に楽しく暮らしましょう。さあ、勇気を出して、愛する妹。みんな、あなたを海の都で待っているわ」


 人魚姫、短刀を握り締めて、立ち尽くす。


 <徐々に大きくなる波の音>

 <青サス、フェードアウト>


 <朝の訪れを表す地明かりフェードイン。鳥の声>


 人魚姫、ベンチでうなだれている。探検は胸元に隠されている。

 王子、上手から現れる。


王子「探したよ。こんなところにいたのか」


 立ち上がって逃げようとする人魚姫を王子が引き止める。


王子「お願いだ。どうか逃げずに私の話を聞いてほしい」


 人魚姫、王子の真摯な様子に、頷いてその場に留まる。


王子「私はお前をとても大切に思っている。それは分かってくれるね」


 人魚姫、王子をじっと見詰めて頷く。


王子「口がきけずとも、お前は誰よりも賢いし、誰よりも美しい。王宮一の踊り手でもある。私はお前のことを誇らしく思っているよ」


 人魚姫、王子の言葉に再び頷く。


王子「私はお前のことをとても大切に思っている。けれど、違うんだ。姫君を想うようには思えない」


 人魚姫、王子の手を掴むと、その手のひらにたどたどしく指で文字を書く、王子、その文字を読んで


王子「恩人?・・・確かに姫君は私の命の恩人だ。あのとき、あの人がいなければ、私は海の藻屑となっていた」


 人魚姫、指文字でさらに真実を伝えようとするが、王子は話を続ける。


王子「けれど、人は恩義だけで、恋をすることはできないよ」


 人魚姫の手がぴたりと止まる。人魚姫、王子の顔を見上げる。


王子「ぐっしょりと濡れた髪。化粧ひとつしていない青ざめた頬。よかったと、助かってよかったと、呟いたその声が私には天上の音楽に思えた。そして、あの笑顔・・・今でも思い出すたびに胸が熱くなる。たぶん、この気持ちが恋だと思う」


 王子、物思いにふける。

 人魚姫、肩を落として唇をかむ。胸元の短刀に触れ、ゆっくりと握りしめる。


王子「ずっと会いたいと思ってた。再会して、もっとあの人のことが知りたくなった。私は、あの日まで、あのような姫君には、いや女性には会ったことがなかった。誰よりも正直で、不器用だけど、誰かのために一生懸命になれる優しい人。私はそう思うんだ。あの人は私があの人のことを何も知らないというけれど」


 王子は¥、人魚姫の様子に全く気付かすに話し続ける。

 人魚姫、意を決したように短刀を取り出し、その背にかざそうとするができない。ついには力なく、腕を下ろす。


王子「姫君はお前が私を好きなのだと言う」


 王子、人魚姫を振り返る。

 人魚姫、すばやく短刀を後ろ手で隠す。

  

王子「本当にすまない。お前にもこんな苦しい思いをさせているなら。けれど・・・許しておくれ。この想いはどうにもならない」


 人魚姫、悲しげに王子を見つめる。


王子「報われない想いだとしても。私にはどうしようもないんだ。それだけはわかっておくれ」


 王子、はける。

 人魚姫、ベンチに座り込み、手で顔を覆う。短刀が滑り落ちる。


 王女と侍女が上手からやってくる。

 二人は話に夢中で周囲に全く注意を払っていない。人魚姫、図らずも二人の話を聞くことになる。


侍女「(腹立たしげに)馬鹿なのは、姫様、あなたです!」


王女「あの娘は何の打算もなく、王子を愛しているのよ。この縁談が持ち上がるずっと前から」


侍女「恋は早いもの勝ちではありませんよ。残念ながら、想いは常に報われるものでもありません」


王女「わかってる。そんなこと」


侍女「ならば、どうして・・・どうして、王子様の言葉に素直に耳を傾けようとなさらないのです?あの娘の真心は信じられても、王子の心は信じられないのですか?」


王女「思い出すの。あの娘の姿を見てると。焦がれ続けて海に沈んだ母上を。母を捨てた父上を」


侍女「(やさしい口調で)あの娘と母君は全然似ておりませんよ」


王女「そうね。似てるのは瞳の色だけ。あの子はしっかりと前を見てる。母上はいつも海の向こうを見てた」


侍女「母君は王様をとても愛しておられたんです」


王女「恋ほどあてにならないものはないと知っているのに。あの娘の気持ちが伝わればいいと思うの。矛盾してるわね、我ながら」


侍女「人の心なんて矛盾の集合体ですよ」


王女「王子はあの娘の想いをわかってくれたかしら」


侍女「王子様は姫様を心から愛しておられます。もし、もしも、姫様が、口がきけないあの娘を不憫に思って、同情から、王子を譲ってやろうというのなら・・・」


 人魚姫、急にベンチから立ち上がる。

 二人、ようやく、人魚姫の存在に気がつく。


王女「聞いてたの!?」


 人魚姫、王女につかつかと近寄って、その頬をひっぱたく。

 王女、あまりのことに声もなく、打たれた頬を抑える。


侍女「無礼者!何をするのです・・・姫様、大丈夫ですか。姫様!」


 侍女、慌てて王女のところへ駆け寄る。

 気を取り直した王女が、侍女を振り払い、人魚姫の頬を叩き返す。


 しばしにらみ合う二人。


 憤然と頭を上げた人魚姫に、王女はクスリと笑う。


王女「そうね。哀れみなど、お前には必要ないわ」


 人魚姫、泣き笑いのような表情で大きく頷く。


王女「立場上、王妃の地位は譲れない。けれど、本気で王子の心が欲しいなら・・・見事奪ってみるがいいわ。この私から」


 王女、人魚姫に手を差し伸べる。

 人魚姫、その手に自分の手を重ねる。

 

 侍女、人魚姫の落とした短刀を見つけ、こっそりと拾い上げる。


 <時の経過 場転>

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