俺を、昼に葬るな

西の海へさらり

俺を、昼に葬るな

※当然のことながら、この物語はフィクションです


 俺の身体にはウイルス型の時限爆弾がセットされている。正確には一定時間が経つと、身体の中ウイルスが体外に放出される。どんなウイルスかはわからない。きっと俺の体内にカプセルみたいなものが埋め込まれていて、それが時間経過で溶けだすんだろう。あと、十一時間しかない。

 ウイルスが外に放出されると同時に俺は死ぬんだ。まだ彼女もいないのに。


 芳野淳は部活もせず勉強に明け暮れた。やっと大学生になったばかりの頃、身体の中に異物感があったので、整形外科で診てもらった。

「芳野さん、ご両親とか今日付き添いされてる?」

父と同い年ぐらいだろうか、恰幅のいい中年の医者だ。汗が止まらないようだ。


「いいえ。ひとりで来ました」

「そっか、そっか」

 医者は動揺を隠せないようだった。

「どうかしたんですか?」

「君の背中、ちょうど肩甲骨の間に、埋め込まれているカプセルがある。チッチッと音を立てているんだ」

「それは何ですか?」

「ちょっとわからないなぁ。紹介状書きます。○×市立病院で検査してもらってください」


 地元の医者に言われるがまま、検査してもらった。わかったことは

・カプセル状の物質が埋まっている

・外科手術で取り出すと動脈を傷つけてしまうから手術はできない

・血液検査したところ、わずかにカプセルから漏れだした物質は未知のウイルスということだった。


 カプセルの状況からするとあと十二時間で溶けだしてしまうだろうということだった。あれから一時間経っている。残り十一時間ってことだ。


 残り時間を言われたとて、何をするにも足りないようで、何をするにも持て余しそうで。

今は昼の一時か。腹が減ったが飯が喰えそうな場所はない。俺は隔離病棟に入れられ、地下の奥の病室にいる。これはもう、軟禁状態だ。


「逃げ出そう」


 あと、さらに一時間経ち、腕時計の針が二時を指す。ウイルスが排出するまであと、十時間になったところで決心した。どうせ死ぬにしても、こんなところで最後を迎えたくない。


 幸いにもフロア全体には警備やカギはかかっているが、個別の部屋は出入り自由だ。俺は警備の男の背後から忍び寄り、後ろから首を締めあげ、気絶させた。子どもの頃から柔道を習ってきたことが、ここにきて役に立った。


 奪った鍵で地下のフロアから逃げ出した。警備員から服を奪ったおかげで、俺とは気づかれない。エレベータで一階にあがり、受付を抜け、自動ドアが開き、病院から出ようとしたまさにその時、特殊警察部隊に捕らえられた。


「芳野さん、手荒な真似はしたくありません。別の施設に連れていきます。いいですね?」


特殊な武装をした一見警察官には見えない、軍人のようないで立ちをした男が丁寧な口調で芳野に言った。それは命令というよりも、お願いのようだった。戦っても勝てそうにない。観念するしかなかった。


「わかりました」

 男は芳野の声に気づかないのか

「連れていきます。いいですね?」

 と繰り返した。


 目隠しをされて二時間、たどり着いた場所は再び地下室だった。床には大きな穴が開いている。壁は入口を除いてはすべて鏡張りだった。マジックミラーなのか?俺はUFOキャッチャーのようなマジックハンドに掴まれている。景品のように、マジックハンドからポイッと穴に落とされるのか?


 腕時計はちょうど四時を指していた。カプセルが溶けだすまであと八時間ほどだろう。そして、次の瞬間、何が起こっているのか分からないうちに、俺は穴に落とされた。


「これで、我々の時代は助かった」

「しかし、芳野をサンプルとして時限爆弾を発動させた方がよかったのでは?」

 マジックミラーの奥で、白衣を着た二人の老人が話をしている。双子の老人だった。


「いいんだ、解決する必要はない」

「そうだな、リスクは最小限だからな」


 芳野淳は穴に落とされてどうなったのか?芳野はタイムホールに落とされたのだった。今から二十数年前のこと。2000年問題は何事もなく回避できたというのが通説だが、ひとつ問題が起こっていた。


 警察が保有していた地下施設に大きな穴が空いたのだ。国内の物理学者、数十名が二十年近く研究した結果、この穴はちょっとだけ過去へとつながっている穴ということがわかった。


 過去への片道切符だ。過去といっても厳密には今日だ。今日の午後十二時につながっているらしい。


 芳野は穴の奥、暗闇の奥に吸い込まれるように、落ちていった。落ちていったというのが正解なのかわからない。上に飛ばされたような不思議な感覚だった。芳野はゆっくりと目を覚ました。


 それは、○×市民病院でカプセルの説明を受け終えたところだった。


「ん?俺はたしか、連れ去られて、穴に落とされて、それから、どうなった?」

状況が飲み込めなかった。


 そうこうするうちに、ここが隔離病棟で地下の病室で、軟禁されていることに気づいた。


「どうやら、過去に送られたみたいだ」


物理学とオカルト・超常現象に興味があった芳野は、2000年問題でタイムホールが発生したことを雑誌の記事で読んだことがあった。場所は特定されていなかったが、警察組織が管理しているということだった。


 あの穴がタイムホールと理解すれば全てが合点がいく。合理的に説明できる。 


 俺からウイルスが排出される前に、過去に俺自体を捨てたってことか。


 腹が減った。


飯なんて食ってる暇も場所も、そもそもの食い物もない。とにかくここから脱出するのが先だ。


 警備員の首を締め落とし、数時間、前回と同じようにして、エレベーターに乗り込んだ。エレベーターは1階にしか止まらないようになってた。


「クソッ、正面突破しかないのかよ」


 エレベーターが1階に着いた。特殊警察部隊が数人、制服を着た警察官もいる。裏口から出よう、バスの停留所もある。そこから家に戻るんだ。せめて最後は家で迎えたい。 


 芳野は慌てず堂々と病院裏口を目指した。


 裏口にたどり着いたころ、特殊警察に捕獲された。再びUFOキャッチャーからタイムホールに落とされた。


 芳野は再び午後十二時に戻った。


 芳野はあれから何度か、タイムホールに突き落とされていた。もう四回目も病院で捕った。


 どうも記憶だけは蓄積されていくようだ。ただ、どうやっても病院から出られない。そもそも、これは方法次第で逃げ切れるものなのか?


 芳野は再び医師から五回目のカプセルの説明を受け終えたところだった。ここから地下の隔離病棟まではどうやっても自分の意思で動けない。ゲームのムービーシーンのように、ただ観ることしかできない。


 あれ?今まで気づかなかった。俺がいつも締め落とす警備員がいるじゃないか。

 だがそんなことに気づいたところで、どうなるでもなかった。

 芳野は考えた。なぜ、いつもすぐ捕まるんだ。


 考えろ、考えろ、考えろ!!!


そうか!いつも時間を使い切ろうとしなかった。スグに脱出することばかりだ。警備員を締め落としても、おそらくエレベーターに乗るまでの間で、バレてるんだ。そりゃぁ、警備員に俺の服を着せて偽装してもダメだったってことだ。


 芳野は脱走を諦めた。正確には、もし警備員を締め落とさずに、時間が過ぎればどうなるのか、それをこの五回目で確認したかった。三時間ほど時間が過ぎた。ちょうど三時ごろに俺は特殊警察官に引き渡された。


 その間、警備員の男は交代はせず、ずっと俺を部屋の外から見張っているだけだった。十五分おきに無線で状況連絡をしている。やはりそうか。この定期連絡が途切れたせいで、俺は毎回すぐ捕まっていたのか。少し作戦が練れた。


 六回目、芳野にはひとつの考えがあった。警備員を締めあげたあと、服を入れ替え、そのまま逃走せしない。芳野が警備員になり、見張り連絡をするというものだ。そのままこの警備員を俺の身代わりにして、連行させる。俺は最後の時間を俺の家で過ごせる。


 予定通り、警備員が定期連絡をしたあと首を締め上げた。部屋の扉を閉め、服を交換した。着替えきれないことを想定し、無線だけは手元に置いていた。


「こちら芳野淳、地下病棟・特に異変なし」

 俺は定期連絡をし、その間警備員の乱れた服を整えた。


今は丁度、二時五十分だ。締め落としを二時四十五分にしたのは、いくらなんでも締め落としてすぐ意識が戻ったら厄介だからだ。


 ちょうど三時になる頃、特殊警察が下りてきた。俺の身代わりの元警備員の男をストレッチャーで連れて行った。


「俺は芳野じゃない!警備員だ!」


と叫んでいたが、誰も聞く耳を持つものか。俺は警備員の姿のまま、ゆっくりと病院から出た。病院の駐車場を抜けたところで、俺は特殊警察に捕まった。俺が再びタイムホールへ落されるとき、いつもと様子が違った。既にあの警備員が先にタイムホールに落とされていたのだ。


 やつらの連携不足だった、そして俺は七回目の午後十二時を迎えた。


 警備員の男、名は村上信一郎という。芳野と同じ十九歳。高校を出てすぐ、警備員会社に勤めていた。病院の警備業務、なかでも隔離病棟という特殊な警備だったため、特別手当が付き給料もよかった。


 村上はタイムホールに落とされたことをうっすらと覚えていた。

「村上!そろそろ時間だぞ、地下一階で芳野の警備をするんだ」

「はい、承知いたしました。今から向かいます」


 上司からの指示に返事をし、急いで芳野の警備に向かう。先に入っていた先輩警備員と交代した。

 芳野の詳細は聞かされていない。それよりも俺は、なぜまた芳野を警備しているんだ。俺は確かアイツに首を絞められて…。


「警備員さん!」

芳野が村上に声をかけた。


「どうでした?タイムホールは?」

村上は慌てて、芳野のもとへ駆け寄った。

「それをどうして?」

「いや俺なんて、もう何回もあの穴におとされてるんだよ。警備員さんも落とされたんだろ?」


「はい、そしたら、そしたら」

「そう、また同じ午後に戻ってる」

 芳野は村上に事の顛末を説明した。にわかに信じられなさそうにしていたが、タイムホールの存在が強烈すぎて、信じざるを得ない。


「で、何の用ですか?」

 村上はそっけなく、自分が優位であることを示そうと芳野に言った。

「ここから、出るのを手助けしてほしいんだ」

「どうして俺がそんなことを」

村上は芳野の図々しい申し出に困惑した。


「今度また俺はタイムホールに落とされる。だけど、警備員さんは…」

「村上です」

 警備員は芳野に名乗った。

「そう、次は流石に村上さんを身代わりにはできそうもないし。手口バレてるし。そうなると村上さんはタイムホールに落とされないでしょ」

「そうですね」

「それ、ヤバいんじゃないかと。この世界について考えたところ、タイムホールで送られると、次の世界には【もともといた自分】が消されているんじゃないか?ってこと」


 村上は芳野が何を言いたいのか、何を言っているのかよくわからなかった。芳野は村上にパラレルワールドが存在しないことを説明した。つまり、一度タイムホールで送られてしまうと、その世界に【いるはずの自分】は存在しなくなる。


 そうでもないと同じ時空に自分が二人いることにになる。芳野はかれこれ数十回タイムホールに落ちているが、その時空にいるはずの自分に出会っていない。


「おそらくタイムリープのフラグが立ってしまうと、転送される世界の自分は消えてしまう。だから、村上さんは次の回からは存在自体がなくなってしまう」

「じゃぁどうすれば?」

「ひとつは俺と一緒に、ひたすらタイムリープをくり返して同じ時間を生き続ける。つまり午後十二時から四時まで警備して、また同じ日の午後十二時に戻るってことだ」


村上は首を横に振った。

「もうひとつは?」

「タイムリープの連鎖を止めて、この時空の時間を進めるってことだ。そのためには、このカプセルがつぶれる十二時間を越えなければならない」

 村上は理解の壁を越えられていないが、芳野の話を信じた。


「ただ、芳野さんのカプセルが割れたら、つまり十二時間後ってことになったら、世界はその未知のウイルスだらけになってヤバいんじゃないの?」

「そうかもな」

「そうかもなって!」

「その時は、俺から抗体作ってくれよ。過去に俺を送り返したって、それは問題の解決には何らならないんだ」

「問題の先送りならぬ、過去送りか」

「おっ、村上さんおもしろいこと言うね」

芳野は七回目にして初めて人と話をし、初めて笑った。


 作戦はこうだった。

1)村上と芳野が入れ替わる。特殊警察官は二名で隔離病棟地下1階に来る。2)ストレッチャーで搬送する際に、芳野が後ろから殴りかかる。

3)もう一人の特殊警察官が芳野を確保しようとする時に、ストレッチャーにいる村上が襲いかかる。


 作戦は予定通り実行できた。芳野と村上は特殊警察官の装備・制服を奪い着替える。特殊警察の二人は、そのまま後ろ手・猿ぐつわで無力化した。

 芳野・村上は病院内を見回りながら、特殊警察の配置地図を確認した。村上は警備の都合上、こうした機密情報を手にしていたのだ。


 特殊警察官それぞれ一人になるタイミングを見計らって、二人で襲い掛かる。芳野は中学時代の柔道技、村上は警備員をするだけあって空手のたしなみがあった。


 午後九時半を過ぎていた。病院内は芳野が逃げ切ったこと、ことごとく特殊警察官が倒されていたことで大騒ぎだった。

芳野と村上はあのUFOキャッチャーのある地下室に特殊警察車両で向かっていた。全ての検問はフリーで通過できた。目的地へは拘束した特殊警察員に案内させた。


 病院からちょうど二時間。もうすぐウイルスカプセルが破裂する十二時だ。


「ここからは、俺一人で行くよ」

 芳野は村上と握手し、車から下りた。

 芳野は目隠しをされてこの建物に連れてこらえていたとはいえ、ニオイ・光の感覚で建物の構造を理解していた。鏡張りになっている。


 内側の部屋にはあの双子の老人がいた。芳野は奪ったキーカードで部屋に入った。


「ここは、関係者以外立ち入り禁止じゃ」

「関係者ですよ、俺は。芳野淳ですよ」

 芳野はゴーグルを外した。

「どうしてここに?」

「あんたらからしたら、今日が初めてだが、俺はもう何回も繰り返してんだ!」

 芳野は、双子の老人二人を軽く制圧した。


 時計の針は十二時を指していた。


 芳野の背中がブチブチと音を立てる。ウイルスカプセルが作動した。芳野はマジックミラー越しに見えるタイムホールが閉じていったのを見たのち、「なんのこっちゃ」

と言い意識を失った。


 後日、芳野はタイムホールを研究していた科学者たちに呼ばれ、郊外の研究所に行った。そこで科学者たちからある仮説が提示された。


 芳野のウイルスとは、タイムホールを閉じるためのものだったのではと。タイムホールは生きていた。無生物ではなく、生物。誰かを取り込むことでわずかな養分を吸収し、代わりに時空を歪ませて時間をさかのぼらせる。


 敢えて同じことを繰り返させて、つまり芳野を何度もタイムホールに送り込ませることで、タイムホール自身が無限に生きながらえようとしたのではないかと。


 その芳野のウイルスカプセル自体も、タイムホールが植え付けたとしたらどうか?自らを滅ぼすウイルスであるが、容易にウイルスの正体を特定されては困る。対策を練られてしまう。それなら、理解不能なタイムホールを滅ぼすウイルス、それを自ら作り出す。そうすれば、ウイルスの特定はされない。灯台もと暗しの生存戦略とも言える。


 このウイルス、午前十二時で発動するのだから、タイムホールも必死だ。発動前に、何としてでも穴に芳野を放りこませなければならない。

 逆を言えば、このタイムホールを倒せるのは芳野のウイルスが発動する午前十二時。真夜中だけだ。葬るのは真夜中だけだということだ。


 双子の老人たちは裁判も行われず、即拘束され地下にある特殊刑務所懲罰房行きとなった。芳野はタイムホールの権威である科学者たちから説明を受けた。

「芳野さん、本当に申し訳ありませんでした」

 科学者のリーダーのような男が申し訳なさそうに、芳野に相談を持ち掛けた。


「日本各地にタイムホールが十五ほどあります。勝手ではありますが、芳野さんに倒していただきたいのです。ウイルスカプセルの成分は再現できます。今度は意図的にカプセルを埋め込み…」

芳野は話を遮るようなそぶりで、手をあげた。


「俺を、昼間に葬るな」


そう言い残すと、芳野は家路を急いだ。


(おわり)

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