第16話

 2日後、再びお店にやってきた俺は、暁影さんと裏山に来ていた。

 今日はここで術を扱う練習をするらしい。こういうのってテンション上がるよな。



「読んでこいと言った本は読んできたな?」


「えっと、妖力の扱い方の本と種族ごとの術の得手不得手が書かれた本の第2巻ですよね?」


「あぁ。その知識がないと練習にならないからな。その本に烏天狗のことが書いてあったはずだ。扱い方はもちろん、自分の得手不得手を理解しておくことも必要だ。種族によっては、威力が弱いものでも特定の術でダメージを受けやすかったり、無理にそれを発動しようとすると反動が起きることもあるからな。」


「例えばどんなのがあるんですか?」


「そうだな…例えば雪女は炎に弱い。まぁ、これはイメージ通りかもしれないが。暑いところで長時間過ごせないし、そもそも炎系の術は使えないって聞いたことがある。仮に使えても、火傷じゃ済まないらしい。他の地域に比べて、冬樹ふゆきに住んでるやつは暑さに弱いやつが多い。逆に夏明かめいに住んでるやつは寒さに弱いやつはいるが、冬樹ほど多くはない。ちなみに、術自体は使えないが、妖気を体にまとわせることで暑さ・寒さはコントロールできるから出身地以外でも普通に過ごせる。」


「そんな事まで出来るんですね。」


「術を開発したのは冬樹の長様だ。冬樹の者は外に出るときはほぼ必須らしいからな。やろうと思えばお前もできるようになるだろう。これは誰でもできる類のものだからな。」



 それは日常生活でもめちゃくちゃ役に立つんじゃないだろうか。

 ずっと使えば一年中好きな気温で過ごせるってことだよな?



「ただ、それにはデメリットもある。常時発動が必須だから、常に意識を向けなければならないし、一定のレベルでずっと妖力を出力しなくちゃならない。慣れれば無意識で出来るらしいが、0から始めると相当時間がかかる。大体10年くらいか?同じ性能を持つ道具が売っているから、それを使うほうが簡単だな。」


「じゅ、10年ですか…」


「種族によっては子供の頃からやるものだからな。それなりに時間がかかってもできるようになるし、道具は使わなくても基本的には問題ないやつらの保険的な意味合いが大きい。まぁ、気長に頑張れ。」


「…はい。」


「話しすぎたな。では始めるか。まずは羽を出してもらえるか?」



 しまっていた妖力を使って、背中の羽をイメージする。体から出てきた黒い靄が背中に集まり、黒い羽をかたどった。

 俺の羽の最大とも言っていい利点は服が破れないことだと思う。背中と羽がつながっている感覚はあるのだが、なぜか服は破けてないのだ。どこかで



「…なるほど。じゃあ、まずはその羽を自在に動かす練習をしようか。その後は風の術、最終的に2つを使って飛ぶことが目標だ。」


「わかりました。」



 羽を動かしてみる。…えっ、動かない…


 それから30分、全く動かない己の羽と格闘した俺は休憩をしていた。

 身体的にというか、精神的にものすごく疲れた…


 何が駄目なのだろうか。こういうときは冷静に考えるべき。こう見えて分析は得意なのだ。ゴリ押しでは無理だってこの30分でわかったからな。


 …考え始めるのが遅いとは言わないでほしい。悲しくなるから。



 それから2時間後。



「で、出来た…」



 バサリ、と俺の意思に従って羽が動いた。

 達成感!…というより疲れた。ベチャッという効果音とともに地面に倒れる。いや、効果音は幻聴だけどね…



「出来たみたいだな。」


「なんとか…」



 いつの間にか現れた暁影さんが、ペットボトルの水を渡してくれた。

 いつの間にか消えて、戻ってきてたんだよなこの人。仕事してたのかな、お疲れ様です。俺が自主練してる中で長時間付き合ってもらうよりはむしろそっちの方が助かるんだけど。



「疲れているようなら今日はもう止めるか?」


「いえ、もうちょっと練習します。」



 なんだかんだ言ってこの練習は楽しい。疲れるけど。



「そうか。じゃあ、終わったら呼んでくれ。体調確認も兼ねているから、遠慮せずに呼ぶこと。それじゃあ、また後で。」



 そう言うと、暁影さんは一番近い木の陰で姿を消した。

 ああやって移動してたのか。かっこいいし便利だな、俺出来るようになるかな。


 …もうちょっと頑張りますか。

 やっと起き上がって、俺は練習を再開した。



 …そういえば、終わったあと暁影さんをどうやって呼べばいいんだ…?









 日付も変わり空が白み始めた頃。渡世堂の扉を開けたのは赤い角を持った白髪の鬼だった。

 当然のようにそれを迎えるのは欠けた角を持つ黒髪の鬼であり、影のような存在感を打ち消すかのように紅い角飾りが揺れている。



「あれ、今日は待ってなくてもいいって言ってたよね?」


「仕事ですから。」


「ふーん。昔はあんなに可愛かったのに、可愛げがなくなったねぇ…いつの間にか背だって俺よりも高くなったし。」


「何時の話ですか、そんな昔の事は忘れました。」


「まぁ、そういうことにしておいてあげようか。」



 にこにこ、というよりはにやにや笑う相手を視界に収めないようにして黒髪の鬼は話を続ける。



「そんなことより、どうだったんですか。」


「んー、やれることはしたかな。あの子結構強いし、お前が直々に見てるんだから大丈夫でしょ。」


「…そうだといいんですけどね。」

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万屋バイトくんの日常は非日常!? 蒼井 蓮月 @hazuki-aoi152

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