第7話

俺は突如、大きな悲しみと痛みを思い出した。決して好きではない相手だったが、国の為にしっかりと勤めあげようと、辛い王妃教育にも耐えた。その挙句の仕打ちが、アレだったとは。

では、この石板の下には俺の遺体があるのか。俺は無我夢中で周りを掘り始めた。この石板が蓋で、その下には棺の部分があるに違いない。

タカハシが何か言っているが、俺は全てを無視することにした。そうして棺の部分まで見えるようになると、俺はありったけの力を込めて石板を持ち上げた。

棺の中には、骨も、ましてやミイラのようなものもなく、ただキラキラと光る金属の塊が無数に散らばっていた。

「どういうことです?副葬品だけ入っていたんですか?」そうタカハシが考えるのも無理はなかった。だが、俺は知っている。これはアメリアの遺体だと。この時点で俺は全てを思い出していた。この惑星の文明人の痕跡がなぜ見つからないかも。なぜなら、この惑星の人間の骨格は金属などの鉱物でできていたのだから。そして、人間が現在、資源として掘り出しているものの正体も。

アメリアが死んだあと、この星には酷い疫病が蔓延した。アメリアの死体だけは鍾乳洞の中に安置されることで、文字の書かれた石板ごと残ったが、残りの人類は疫病やそれに伴うアレコレで絶滅し、長い年月を経て死体の山は鉱物資源の山に変わった。文明の痕跡も実際にはあったが、開拓の初期から自動で採掘をしているため、遺体由来の金属と共に鉱物資源の一部となってしまったのだろう。そういった状態でタカハシが趣味と実益を兼ねて実際に山野を調査し、アメリアの墓を発見したのは、そして、その調査依頼がセルゲイ=アメリアに出されたのは果たして偶然だったのだろうか。

この事実を公表するのは気が引けた。俺たち人類は、異星人の死体を産業資源として利用しているのだという事実もだが、それを証明する手段は俺の前世の記憶しかないということもある。だが、タカハシにだけはそれを伝える事にした。彼にはこれを知る権利があるように思えた。そして、予想通り、彼はそれをすんなり受け入れた。そして、アメリアの墓については、単なる自然現象が人工物のように見えた、と報告することにしようという密約が結ばれた。

その晩、俺はタカハシの家に招待されたのを断り、貨物列車の貨車に詰まれた異星人の遺体由来の鉱物の上で夜空を見上げながら揺られ、かつての俺たちの事を考えていた。

俺がアメリアであったことを思い出した時、同時に、アメリアは春蘭になり、春蘭は佐倉桜になり、桜は俺になったと、記憶が一度に繋がった。またアメリアは桜でもあり、桜は春蘭でもあった。その情報量で一瞬、頭が割れそうになったが、それは実はたいした事ではなかった。これまでの俺は、アメリア以外はその一人一人が違う世界の人間だった。桜も同じ世界線の人間のように思えたが実は少し違っていたようで、彼女の世界では、俺が今生きている時間まで進んでも銀河系はおろか、太陽系を出る事すらできていない。春蘭の生きていた時間は、今からずっと先、俺たちの感覚でいうと100年は先だし、世界も違っていて魔法が当たり前にある世界だった。つまり、前世、とは言っても、単に過去の魂の事ではない。異なる世界、異なる星、異なる時間の魂がつながって一つになり、あるいは別々の時間と空間に生きている。何なら、今回思い出した彼女たちだけではなく、もっと無数の魂が俺として存在していた。それは、まるで合わせ鏡の中の世界のようだった。

そして、タカハシがアメリアの名を思いついたのはやはり偶然ではなかった。タカハシも俺だった。時間と空間がたまたま一致した俺だったのだ。ただ、タカハシは魂のほんの一部だけを受け継いでいるのだろう。だから文字も読めないし、記憶も無意識の底に沈んでいるだけなのだ。

魂とはなんだろう…?春蘭は魔法陣の誤作動で瀕死状態だったが、所長が依頼した高位魔導士のおかげで九死に一生を得た。その代わり所長の財産は半減することになった。

佐倉桜はガス爆発に巻き込まれたものの、しばらく入院した後に、元気に登校するようになった。

火星で生まれ、大学は地球に留学し、あまり金にはならない考古学者になった俺は、この空の星のように、無数にある魂のうちの1つであり、またすべてが俺でもある。そうだとしても、これからも、俺は俺だ。俺の存在は、今、ここにある。アメリアの心意気も、春蘭の未知のものに対する高揚感も、桜の無邪気さも、タカハシの探求心も、一緒に引き受けて、それでもなお、俺は俺として生きていく。そう誓った。


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俺とお前と悪役令嬢 永田電磁郎 @denjiroonagata

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