第8話

 それから二ヶ月後、明日美は個人の出店者として、青空市に参加した。販売用のテーブルに布を広げ、自分が作ったフェルトのマスコットを並べる。


 こうやって自分が作ったものを売るのは、生まれて初めての経験だった。ちらほらと人は立ち止まってくれるが、商品を手にすることなくそのまま去っていってしまう。人気のベーカリーのブースには、今日も長蛇の列が出来ていた。


 やはり自分の作ったものには、何の魅力も無いのだろうか。明日美は肩を落とした。この二ヶ月の間、休みの日は朝から晩まで、仕事の日でも帰ってから食事もそこそこに、制作に取りかかった。本心から納得するまで幾度もやり直して、たくさんのネズミやラッコやアライグマに、命を吹き込んだ。


 睡眠も栄養もはげしく不足して、肌は荒れて、肩こりも悪化した。けれども、たのしかった。毎日、愉しかった。疲れ果てて、倒れるように布団に横たわって瞼をつむった瞬間に湧き上がる満足感は、決して幻ではなかった。だからこれからも作っていこうと思い直して、大きく自分自身に頷く。


「わあ、可愛い」


 眩しい声に、明日美ははっとした。大学生くらいのお洒落な女の子が、明日美の作ったネズミのマスコットを手に取った。じっくりと眺め回して、明日美にたずねる。


「これ、いくらですか?」


「あ、えっと、百円です」


 全ての商品を百円と決めていたので、わざわざ値札をつけてはいなかった。すると、


「駄目ですよ!」


 唐突に怒られて、明日美は驚いた。女の子は真剣な表情をしている。


「百円だなんて、安すぎます!」


 思いがけない言葉だった。自分の作ったものなんて、せいぜいそれくらいだろう、百円だって高いかもしれないと、明日美は考えていた。


 女の子はマスコットをもう二つ選び取った。


「なら、三つ買いますね。でも、本当に、ひとつ百円は安すぎますよ。こんなに可愛いのに」


 代金を支払うと、女の子はマスコットを手に持ったまま行ってしまった。まだ呆然としていた明日美は、あわてて彼女の背中に向かって礼を云った。


「あ、ありがとうございました!」


 女の子は振り向いて、笑顔を見せた。明日美はテーブルに置かれた三百円を、おそるおそる自分の手のひらにのせた。足元が浮き上がる感じがして、ここはぬかるみではなかった。



〔 おしまい 〕

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百円神様 ユメノ @yumeno_note

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