第56話 エピローグ

 大東西製薬本社ビル跡……、1本のオーヴァルの木が青い空に枝を広げている。見上げたルミルは目を細めた。


「人間が汚した地球を、人間を食べるものが浄化するなんて、皮肉なことですね」


 オーヴァルの存在理由と、自分のそれとを頭の隅で比較していた。


「俺たちは生き残った。このオーヴァルも、ナパーム弾に焼かれても死ななかった」


 ゼットが言った。


「もっとたくさんのオーヴァルが生き残っていたら、この辺りの土壌も浄化されたのでしょうね」


 ホワイトがオーヴァルの木の隣にある強化プラスチックのパネルに目を向けた。文字が刻まれている。


【英雄オクトマンここに眠る】


「父が死んだのは、SETビルの地下駐車場でしょ?」


「どこで死んだかは問題じゃない。何を残したかが重要なんだ。俺にとっては、ここがオヤジの墓場だ」


「ゼットのパパは、ここで世界を変えたのよね。まさに英雄だわ」


「ルミルの言うとおりだ。しかし、ルミルの両親もまた英雄だ。生きているから誰もそう言わないが、間違いなく英雄だ」


 ゼットが始めてルミルの名前を呼んだ。ルミルはそれだけで満足だった。


「このオーヴァルも20年前の戦いを生き抜いて、を得ることが出来たのね」


 青葉の茂るオーヴァルの木肌をなでた。そのために誰かが犠牲になっているはずだが、考えないことにした。


 ホワイトが振り返り、瓦礫の山に目を向けた。


つわものたちの夢のあと……」


「種族が千あれば、千の生き方がある」


 ゼットがオクトマンの面影を追うようにつぶやいた。


「そうよ。人が千人いれば、千通りの考え方がある。その考え方の違いに反発するのか、あるいは妥協点をみい出すのか、それとも積極的に協調するのか、その関わり方にも千通りある。自分の生き方だけが正しいと言うのは、傲慢以外の何ものでもない」


 ホワイトが応じた。


 ルミルには、ゼットとホワイトが何を語り合っているのか理解できない。もっと勉強しなければならないのだろう。それは分かった。そうしようと思った。


「私たちの世界はまるでゲームね。人間やエクスパージャー、オーヴァルの葛藤の中で、ゲームのルールが日々変化してしまう」


 ホワイトが言った。


「日々、新しいルールがステージに適用される。そのゲームから、俺たちは逃げ出すことは許されない……」ゼットがプレートの前に膝を追った。「……オヤジ。俺は父さんを誇りに思うよ。この世界を残してくれて、ありがとう」


 ゼットの声が震えていた。


 ルミルもゼットの隣にひざを折り、手を合わせた。


§   §   §


 3人の姿をドローンのカメラが映している。モニター越しに杏里は見守っていた。


 偏見に満ちた社会の中で、子供たちがどのように育ち、どのようなルールを作るのか……。不安と希望が交錯する。


 自分のような苦痛を味あわなくて済めばよいのだけれど。……杏里は、右腕の義手を左腕のそれで抑えた。


 科学がどれだけ進んでも、いや、進めば進むほど、子供たちの未来は複雑で予想しがたいものになっていくだろう。それでも彼女たちなら大丈夫だ。彼女たちは、これから成長するのだから。


 杏里は、モニターの電源を落とす。


 ――ルミルたちのゲームは、まだ始まったばかりだ――

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私たちは血塗られた大人の世界を知らない。破壊と再生の物語 明日乃たまご @tamago-asuno

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