第5話 書店員 豊平有希 04
◇◆◇
時刻は16時30分。
今食べているテイクアウトの牛丼ははたして昼食なのか、夕食なのか。
「夕食だな。サラダ付けたし。」
勤務先の書店の事務所で、独り言を言う28歳独身男。兼平啓介。
こう見えて一応この店の責任者だ。今は午前中の仕事をひと段落させて昼休憩に入っていた。
ロードサイド店舗なのでマイカー通勤が許されており外に食べに行くこともあるが、どちらかというとテイクアウトして事務所で食べることのほうが多い。ちょうどこの時間は午後から出勤する従業員が店に来る時間だからだ。
「兼平店長、お疲れ様です。おはようございます。」
そう言って挨拶してくれたのは名寄玲なよろれいさん。
主にコミックの売り場で仕事をしてくれている大学2年生。
水曜日は授業が午前中だけのようで、午後からのシフトに入ってくれている。
「あぁ名寄さん、おはようございます。今日もよろしくね。」
そう声をかけると、名寄さんは少しだけ微笑んで会釈をしてから事務所を後にした。
その後も何人かのアルバイトとあいさつをしていると、業務用のスマホから通知音がなる。
(ポロン♪)
“『テイキュー!!20巻』の在庫が明販のWeb在庫発注で復活したので、必要な店舗は発注しましょう”
在庫管理を担当する部署からの業務連絡だ。
発売日から全国的に品切れが発生していた『テイキュー!!』の最新刊が発注できるようになったことを共有するチャットの文章が送られてきた。
書店というとアナログなイメージがあるけれど、うちの会社はデジタル化をそこそこ進めている。業務連絡も電話だけではなく、チャットを使ったり様々なデータをクラウドで管理したりしている。慣れるのに多少時間はかかるが変化に適応できるのは良いことだと思う。
一方で業界としてはアナログな側面も多分に残していて、商品の発注はまさにその一つだ。
本を仕入れる際、書店は出版社へ直接注文して代金を支払うわけではない。
出版社共通の倉庫兼物流を担う『取次』と呼ばれる会社へ代金を支払う。
なぜそんな形態なのかを説明するとややこしいので割愛するが、基本的に書店は取次と契約をしていて、その書店に届くすべての商品は出版社から直接書店に発送されるのではなく印刷所から取次に一度納品されてから書店へと届けられる。
チャットに書いてあった『明販』というのは取次会社の一つで、業界で最も大きなシェアを持つ会社だ。
その倉庫にある在庫は、契約している書店ならどの書店でも発注可能だが、その発注は完全に早い者勝ち。1秒でも早く注文した書店は商品を確保できるが、取次の倉庫の在庫が0になってしまったらその時点で終了なのだ。ゆえに人気作品の在庫確保のためには常に取次の在庫状況を確認、把握しておく必要がある。
(『テイキュー!!』は毎回初回入荷分は即完売だからなぁ…)
こういう時、従業員にファンがいる店は販売動向の察知が一瞬だけ早い。
やはり人間、自分の好きなものは注視するものなのだ。
(さて、飯も食ったしもう一仕事するか。)
サラダ付きの健康的な食事を堪能した俺は午後の仕事に取り掛かるのだった。
書店員は思ったより大変 @keidc28
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