第17話 月震
名義上リシアが所有する豪邸。
グラハム家には現在総勢18人の使用人がいる。
「少し、名簿とってきてくれないかしら?」
「わかったのです!」
アルルに言われた通り、ティアは使用人が羅列されている名簿のボードをとってくる。
「とってきたのです。」
「ありがとね。」
アルルは新しく入ってきた子たちの名前を書き記す。
◆◇名簿
【剣術指南役】
イルフィナ=ファラルド18歳
【料理人】
シュウ=ナナカタリ21歳
エルン=ナナカタリ19歳
【見習い料理人】
エミリア=ツルギ16歳
リン=ツルギ15歳
ティア=ツルギ8歳
【庭師】
コルン=アスパイラ20歳
ワタリ=ジングウ26歳
【見習い庭師】
フラン=ツルギ14歳
【メイド長】
アルル=カタレット27歳
【メイド】
ケイ=ベレッカ22歳
シオン=クリカラ26歳
【見習いメイド】
シャーロット=ツルギ12歳
ハイネ=ツルギ10歳
フィル=ツルギ16歳
アイナ=ツルギ15歳
ミーシャ=ツルギ13歳
クロン=ツルギ11歳
_____________________
奴隷は配偶者が居ないと苗字を失効する。
ウラクの市民権を得るために雨音は彼女たちを養子に入れた。
ティアは自分の持ち場に戻り、お皿を洗う。
頑張って台の上に乗って食器棚に乗せていくティア。
しかし、その瞬間ティアは台から滑り落ちてしまった。
「おっと、危ない。」
間一髪のところでティアを支える料理人のシュウ。
しかし、ティアが持っていた皿は床に落ち勢いよく割れる。
「あ…あの、ごめんなさいなの、お皿割ってしまったのです…」
また失敗。
あたし、役立たず…
ティアは涙目になりながら、おずおずとシュウに頭を下げた。
「おい大丈夫か!?怪我は、なさそうで良かった。」
シュウはそう言ってティアをなでながら、ハンカチでティアの涙を拭う。
「兄さん大丈夫?大きな音したけど………なるほど、私がこれ片付けておくから兄さんとティアちゃんは上がっていいよ。」
その光景を見て大体察したエルンはシュウとティアにそう言った。
「ありがとなエルン。」
「いいのいいの。」
エルンは箒で、割れたお皿を丁寧に集め捨てるその光景を横目にシュウはティアを肩車した。
「じゃあ行くか。」
そのシュウ言葉にティアははにかんだ。
ここに来てから毎日が幸せなの。
殴られないの。
蹴られないの。
美味しいものがあって、広々とした自分の部屋があって…
この、めいど服?とかいう可愛らしい服を着ることができて、
仕事に見合ったお給料も貰えるの。
シュウお兄ちゃんもエルンお姉ちゃんもとっても良い人で、
作る料理はぜっぴん?ってやつなの。
エミリアお姉ちゃんも、リンお姉ちゃんもどんどん料理が上達して、少し置いてかれてるけれど、焦らず頑張るの。
ティアは、改めてそう決意した。
「お前さんたち仲ええの。」
肩車をして、まるで兄弟みたいなシュウとティアを見て、庭師であるワタリは葉巻を吸いながらそう言った。
「ワタリさん、葉巻吸うなら外で吸ってくださいよ。ティアがいるんですから、」
「わりいな。」
ワタリ=ジングウ。
13歳で国宝のアズマに弟子入りし、26歳という若さで王宮の庭を担当した巨匠。
見た目は、中性的で相当綺麗な印象があり、服装さえ変えれば確実に女性に見えるだろう。
髪は青みがある漆黒。
地面まで伸びた髪は、一つに束ねられている。
相当綺麗好きだからか潔癖だからは分からないが、庭師をやっているのに一切汚れていない。
まあその割には葉巻を吸ったりしているが…
「ワタリお姉ちゃんかっこいい…」
「…自分、男なんだがな、」
かっこいいと言われるのは嬉しいが、
女と間違えられるのは凹む。
性別をよく間違えられるから慣れているとはいえ、うなだれるワタリだった。
◆◇ーーー
鮮やかな青い月が、世界を照らす。
まるで脈打つかのように途切れ途切れの点滅する光が、生物のようにも思えて…
本当にその月が生き物だと知っているのはこの世にどれくらいいるのだろうか。
その月が青くなる時、超高密度の魔力波動が地上に降り注ぐ。
数十年に一度、或いは数百年に一度。
月が及ぼす【龍災】
どれだけ知恵を絞ろうが、天災の如く未然に防ぐのは不可能。
対策も魔力に耐性があるもの以外は致命的なら影響を及ぼすとされる。
龍災に耐えられないものは淘汰され行き、絶滅する。
アトライナに住む生き物は、龍という災害から身を守るために魔力を操れるよう進化したという定説があったりする。
◆◇Another sideーー
「あわあわあわ、やってしまったのじゃ…」
分体は焦りながら、龍の加護を持つ者を探す。
龍の加護は龍人にのみ発現するが、龍人は別に龍の血を持つわけでは無い。
かつて智龍アイラが、その人種の持つ技術に惚れ込み教えを乞うた。
その対価として、龍の分体を召喚する能力、龍の加護を渡した。
そんなアイラにとっての恩人が、事故とはいえ自分が引き起こした超高密度の魔力波動によって生み出された次元の歪みに巻き込まれてしまったのだ。
「やばいのじゃ、まずいのじゃ、」
世界から隕石を守るという名目で、月龍は魔力障壁を張る。
そして隕石と魔力障壁が衝突しあうことにより魔力の波動が地上に大量に放射される。
だから次元の歪みができるのは致し方のないことだと今まで割り切っていたが、龍の加護を持つ龍人がピンポイントで次元の歪みに入り込んでしまうとか、ありえない確率なのに…
「早く見つけないと、アイラに斬られちゃうのじゃ…」
数千年くらい前に会ってそれっきりじゃけど、きっとまたどこかで転生してるはずじゃ。
太古の昔、アイラを宇宙から魔力波動を放射して煽ってたら、地上から宙ごと斬られてしまったディグレシア。
普段は温厚なアイラ。だがキレたら手のつけようがないとディグレシアは思っている。
まあ、調子乗って煽っていたから自業自得だとはいえ……
真っ二つにされるのは思わなかった。
それ以来、アイラを怒らせまいと頑張ったディグレシアことディアは、大人しくなったのである。
『
自身の波動が龍の加護を持つ者を探して、次元を超えていく。
「場所は…これまた遠いの、待っておれすぐに向かうのじゃ!」
そうして、次元を飛び越えたディアは地球の衛星である月にたどり着いた。
「ちと、座標がズレたか、どれどれ加護持ちはどこかの?」
およそ40万キロほど離れているとはいえ、ディアの肉眼は正確にエヴァを捉えた。
「あそこか、とりあえず迷惑かけずに回収するのじゃ。」
そう考え慎重に地上に降り立ったディアは、まさかその世界が全く魔力が無い世界だとは思いもしなかった。
そのせいで、地球に魔力が大量に供給され行き場を失った魔力は空間に穴を開けダンジョンが出現することになる。
意図しない迷惑が、地球を襲うのだった。
一方その頃、エヴァとリシアは、雨笠一刀流門下生達と試合をしていた。
エヴァの苛烈な二刀流とリシアの鮮やかな剣技に、門下生達は虜になっていた。
エヴァとリシアのことを説明されているのは優の父である裕司と母の響のみ。
内弟子の中の一番弟子である、萩原 鉄里は海外に旅行しに行っているし、二番弟子の片桐 識は自衛隊で年中忙しくて全く帰ってこないため、その二人に天音のことを電話で説明したら、至急戻ってくるらしい。
「リシア、なんか変な感じがしないか?」
エヴァは剣を払いながら、拭いきれない違和感に突如苛まれる。
魂が震えるような、そんな感覚がする。
「確かに、魔力濃度が極端に増えてるような気はするけれど…」
リシアもまた、エヴァほどでは無いものの、違和感を感じた。
コンコン、
扉が叩かれる音がした。
「いったい誰でしょうか…」
もしかしたら兄弟子二人が帰ってきたのかもなんて思いながら優は扉を開けるとそこには、
「こんばんは〜なのじゃ!」
透き通った金色の髪に、猫のような黄金の瞳を持ち神の如き出立をした美少女がいた。
◆◇ーーー
「スー、汗拭きますね。おかゆは入りますか?」
全神経と魔力をその魔法に注ぎ込んでいるスーザイに雨音は徹底的にサポートしていた。
折角招待してくれた学院には申し訳ないけれど、何よりもスーザイのことを優先したかった雨音。
痛みで叫んでいるような表情。
まるで魂と寿命を削っているようにも思えた。
いや、本当に削っているのかもしれない。
魔法陣がどんどん完成していき、縦横無尽、無数に無限に描かれていく神業。
魔法もまた、剣と同じく美しいと雨音は思った。
そして……
長い長い時間が経ち、
「成功、した…」
スーザイは何話ではなく自分の口でそう言った。
「スー、今、口で喋りました?」
『あ、これは…その、』
慌てながらジェスチャーするスーザイ。
それがなんとも可愛らしい。
『恥ずかしい、話…なんだけど、』
そう言いながら経緯を話し始めるスーザイ。
何故、何話で話すようになったかというと、魔法国家の生みの親、賢者クルトが亡くなった時から、ショックで喋ることができなくなったという。
それからは時間の流れでなんとか喋ることが出来るようになったものの、考えたことが全く口にでず、誤解されることが多かったとか。
だから思ったことを率直に伝えられる念話を使うようになっていったらしい。
途切れ途切れの言葉は、伝える言葉が上手くまとまっていないまま率直に念話を送っているためだと言う。
「スーの声、好きなんですけどね。」
「………じゃあ、時々、そうする。」
ふいっとそっぽを向きながら、口でボソボソっと喋るスーザイに、雨音は苦笑した。
「じゃあ早速行きま……」
「ふうやっと、戻ってこれたー!」
「あれ、アマネとスーじゃないか久々だなあ。」
雨音とスーがゲートに入ろうとした瞬間、聞き慣れた声が聞こえた。
「あ、え?」
リシアと、エヴァと、え?
「ゆ、ユウ!?」
幻覚…いや、
幻覚なんて今生では見たことがない。
「アマネお兄、お姉ちゃん…」
優はそう言って抱きついてきた。
まあ、今の性別は女だけれど、なんか釈然としない。
いやそんなことより、
二人が行った世界は地球だとは理解できたけどありえない確率のはずだ。
「あ、アア…アイラ!!??何故こんなところにいるのじゃ!?」
「…?」
その少女の目線の先は、どう見ても自分だった。
なんというか、いつの日か見たような記憶があるのは何故だろう…
「もしや転生しすぎて記憶が無くなっておるのか?」
「あの、ちょ…」
ディアはいつのまにか雨音の目の前に移動し雨音の胸に触れた。
「あが…!?」
触れられた瞬間、一瞬だけ激痛が走り次第に治っていく。
「いつまで触ってるんですか、ディア?」
雨音、もしくはアイラはそう言ってディアを押し除けた。
「思い出したかの?」
「はい、おかげさまで。」
ああだから…
やっと腑に落ちたと言わんばかりに、落ち着いた表情を浮かべる雨音。
もしくは、転生の権能を持つ智龍アイラは、ディアに素直にお礼を言った。
空と海すら斬り咲いて 〜異世界に転生したTS精霊さんは最強剣士になるようです〜 猫渕 雨_海ねこ @Yume_Ututu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます