白飯

電楽サロン

白飯

「これがいちばんうまいんだよ」

 理人さんのお兄さんがそう言って白いご飯を頬張るのは、よくある光景だった。好きなハンバーグや回鍋肉があってもまず、白いご飯を食べる人だった。

 湯気のたった白米を茶碗でかき込む。なにもおかずはつけずに、欠かさず三杯は平らげていたのだという。

 お兄さんは高校でも部活に入らなかった。家に帰ると、夕飯時になるまで出てこない人だった。夕飯時まで、お兄さんの部屋からは何の音も聞こえなかった。理人さんにはそれが不気味に思えた。

「高校でも友達と普通に話してるんです。むしろ人気者っていうか」

 両親は心配したのだろう。お兄さんには「たくさん食べて」「うまいよな」と殊更優しく接していた。

 炊飯器は何合も炊くため頻繁に代わった。美味くするためといって海外の知らない紋章の描かれた塩が置かれていることもあった。

 家は白米の甘い香りが絶えず漂っていた。それにつれて、お兄さんの体も浮腫んだように膨らんでいった。

「兄は大学も地元で進学したんです。変わらず白飯をかき込む姿が、正直いって気味悪く思えました」

 理人さんは大学卒業後、都内で就職した。

 三年たったある時。理人さんは夢を見た。教室で授業を受けていると、隣から白米の香りがしてくるのだ。理人さんは振り向いてぎょっとした。

 お兄さんが白飯をかき込んでいる。けれど、その顔は怒っている。それも尋常ではない怒り方だ。伸びかけの坊主の額には血管が浮き出て、一点を見つめたまま一心不乱に白米を咀嚼している。

「これがいちばんうまいんだよ」

 どこか自分に言い聞かせるような言い方だったそうだ。

 理人さんは目が覚めた。かっかっかっ、と茶碗を箸で搔く音だけが、しばらく耳から離れなかった。


「もしかしたら、兄と喧嘩でもしとけば変わったのかもしれません」

 理人さんは一度だけ、実家に帰ったがすぐに引き返したのだという。

 ふと思い立って炊飯器の中身を見た。炊きたての米の上に、薔薇のつぼみがひとつ置いてあった。

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