夏の気づき

岡池 銀

夏の気づき

 最初に伝えておきたい事があります。


 これだけは覚えてほしいのですが、カラスって喘ぐんです。


 もう一度書きます。


「カラスって喘ぐんです」


 覚えましたね。


 これで伝えたい事の九割は言えました。

 この後は残りの一割です。




 さて、私がこれを知るに至った経緯ですが、それはある夏の暑い日のよく晴れた昼頃の事。

 私は健康の為にしばしば散歩をしているのですが、桜が並ぶ川沿いを行くと色々なものに出会えるんですよね。


 ランニング中の女性。

 ベンチに座ってパン屑を撒く男性。

 そのパン屑に集まるハト。

 木の陰で跳ねるスズメ。


 ありがちですね。


 ですがその中でなにやら様子がおかしい生き物がいるのです。


 カラスです。


 間抜けにも口を開けたままにしてぜいぜい喘いでいるカラスを見つけました。

 最初私はそのカラスが感染症にでも罹っているのかと思いましたが、周りを見てみると他にも多数のカラスに同じ症状が見られます。


 野生の生き物は病に罹り弱ってしまうと真っ先にその個体から襲われ喰われる、という知識を持っていた私は、すぐに病気説を否定しました。

 視界に入るだけでも十羽以上、仮に病気だとして、それだけの数を一ヶ所だけで見つけられる訳がありません。


 次に考えたのは熱中症。

 最高気温三十八度近くにもなる猛暑日でしたのでカラスも熱中症になったのでは、と考えました。光をよく吸収する黒い色はカラスの色。他の鳥類が平然としているのにカラスの様子だけがおかしい事に納得がいきます。


 さて、熱中症と推測を立てたのはいいのですがそれでも疑問が残ります。

 なぜ口を開けたままにしているのか、という事です。


 その疑問をサクッと解決、とする前に話題をカラスから人間に変えます。


 私達人間は暑さを感じると汗をかきます。正直服がじっとり濡れて気持ち悪いし脱水症にもなるしであまり良い印象は持っていませんが、この汗は人間にとって大切な役割があります。


 水は蒸発する時、その周囲から熱を奪いますがこれを気化熱といい、熱を奪われた物体の温度はわずかながら下がります。つまり汗はこの現象を利用した人間の体温調節機能なんですね。


 この汗のおかげで私達は猛暑の中だろうとある程度活動ができるわけですが、この汗、実は人間以外だと哺乳類の一部が使える機能らしいのです。しかもその哺乳類の中でもウマ以外の生き物は体の一部にしか汗をかく為の汗腺が存在しないのだそう。

 ですが汗は一部でも熱は全身。水浴びなんかもできない状況なら熱中症まっしぐら。ではそういう動物はどのように体温調節をしているでしょうか。


 イヌを例に見てみましょう。

 イヌの汗腺は首や腹にあるそうですがその目的は老廃物の排出。汗の量も微量で体温調節など期待できません。つまり汗をかく事による体温調節はしていない、という事なのですが、それならどうやって体の熱を放出しているのか。


 全力で運動した後って体温は上がりますよね。イヌも同じく全力で運動すれば体温が上がっているのですが、その運動の後のイヌってイメージできますか?


 口を開けて、舌を出して、はあはあと息を切らしているのではないでしょうか。


 そう、これがイヌの体温調節です。


 イヌは汗をかきませんが、口の中で唾液を出します。唾液は当然水分なので蒸発すれば気化熱によって熱を奪います。こうする事で体温を下げているのですね。しかし口の中からだけで体温を下げているので、全身で汗をかいて体温を下げられる人間と比べるとその効率は悪いと言わざるを得ません。


 と、ここまで書きましたが、このイヌの体温調節のやり方、どこかで覚えがありますね。


 暑いから、体温が高いから、と口を開けてはあはあと喘ぐその様は、私が見たカラスそっくりではありませんか。


 これでわかりましたね。

 よく晴れた暑い日に口を開けたままにしているカラスは、間抜けな訳でも、感染症なわけでもありません。猛暑によって上がりすぎた体温を真面目に下げているにすぎないのです。

 私は病気じゃなく熱中症だと推測した時、このイヌの体温調節が頭をよぎりました。そしてカラスの体温調節も同じなのだと気づいた時、カラスとは全くの無関係と思っていたイヌの知識が繋がり、カラスに対しての気づきと知識を得たのです。


 つまり、私がこの話で言いたかったのは、無関係に思っていた、いいえ、無関係とすら思っていなかった知識が思わぬところで繋がりを見せる事がある、という事です。

 私はこの知識が繋がる瞬間が好きで、毎日、は言いすぎですが定期的にこの瞬間を体験したいと思っていて、可能ならいつかはそれを誰かに聞いてほしい、知ってほしいと思っていました。

 つまり今書いてるこれですね。

 私はこの体験を共有したくてこれを書いています。


 さて、せっかく腰を据えて書いているのですから一つだけを共有するのでは少し物足りない。ですので夏繋がりでもう一つ、書いていきたいと思います。


 お祭り、って好きですか?

 近所の神社や公園で街灯に提灯が吊ってあったり、出店が出ていたり。浴衣姿も良いですね。いつもと変わらない私服だって日暮れの薄暗さと暖色の光にわたあめなんかを添えれば趣きある夏の風物詩。

 ここ数年はめっきり行けてませんが私はこのお祭りの雰囲気は大変好ましい。


 さて、ここからが本題ですが私がアニメを見ているとその中でお祭りのシーンがありました。すると先程述べた素敵なものが描かれた他にお囃子のシーンがあったのですがそこで私は「ある物」に目を惹かれました。


 お囃子には定番の太鼓です。その太鼓の一部分に目を惹かれたのです。それは皮に描かれた模様。

 時計回りに引っ張られた、等間隔な三つの雫型、なんて書いてもわかりにくいだけですので誤魔化さずに書いてしまいましょう。


 写輪眼のアレです。


 あの模様に目を惹かれていたのです。

 あの模様、私の中では写輪眼のアレとしか呼んでなかったのですが、アレの本当の呼び方を知らなかったので調べてみたんです。そしたらビックリ、アレの名前は「巴」と言い、その中の「右三つ巴」というのだそうです。


 巴、という言葉自体は以前から知っていました。


 巴御前、三つ巴の戦い、巴投げ。


 人名はともかく、慣用句としての三つ巴の戦いは三つの拮抗した勢力同士の戦いの事だとふんわりと理解していましたし、巴投げもどう言う投げ方をするのかは動画やゲームで見て知っています。

 ですがその根本となる巴が何なのかを一切知らなかった訳ですね。


 写輪眼のアレとしての模様は知っていても、それが巴という名前だとは知らなかった。


 逆に巴という言葉だけは知っていても、それが写輪眼のアレの模様だという事は知らなかった。


 一般にはこの二つは同一の物ではあるのですが、私の中では別々の物。

 つまり全く関係のない独立した知識だった訳です。


 その二つの別々の知識が、調べるという行為を経て繋がった瞬間に、私の頭を達成感にも似た快感が満たしていきました。


 同じ形、同じ大きさの三つの巴だから、拮抗した三つの勢力による戦いが「三つ巴の戦い」なのね、と。

 投げる動きが真横から見た時に巴の模様を描いているように見えるから「巴投げ」なのか、と。


 ああもう、最高ですね。


 こういう事があるから私は新しい事を知る、という行為が好きです。だから知らない言葉や見た事のない物の名前を調べたりするのが好きなんです。


 知識が繋がる体験はいつ出会えるかわかりません。

 ですがわからないからこそ、その感動もひとしおなのです。




 私が伝えたかった残りの一割、伝わったでしょうか?

 一割のそのまた一割でも届いてくれたなら私は嬉しいです。




 最後に私から読者のあなたへ、いつか繋がるかもしれない、むしろ一生繋がらない方が多いであろう知識を教えたいと思います。



 

 タンチョウという鳥がいます。画像検索すればすぐわかりますが頭部が赤いツルの仲間です。そのタンチョウですが、漢字で書くと「丹頂」と書き、それぞれの意味は。

 丹=赤色

 頂=一番上、つまりは頭

 になっています。

 見たままの名前ですね。


 さて、このタンチョウ、頭だけが赤でそれ以外は黒と白というカラーリングなのですが、このカラーリングの物が身近にありますよね。


 パトカーですね。


 一番上のパトランプが赤。

 それ以外の車体は黒と白。


 同じ色なのです。


 だからパトカーや警察官がタンチョウやツル、と呼ばれたりする訳ですね。


 ちなみに、交差点で一時停止や信号無視を取り締まっている警察の事を「ねずみ捕り」と言ったりしますが、この由来もタンチョウによるもので、実際にタンチョウはネズミを捕食しますが、その方法は待ち伏せです。あおの様子から連想して「ねずみ捕り」と呼称するようになったそうです。




 楽しんでいただけましたか? こんなエッセイのようなエッセイじゃないようなものですが、楽しんでいただけたなら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の気づき 岡池 銀 @okaikesirogane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ