【脚本】お別れ
加藤「……浅野のやつ遅いな。今日はあいつの送別会だってのに」
穂苅「ねー。せっかくシャンパンボトル持ち込んだのに」
加藤「お、さすが気が効くな穂苅」
穂苅「えへ、まあね」
加藤「早く来ないかな。めちゃくちゃ盛り上げてやるのに」
佐々木「まあ待とうぜ加藤。今日引っ越し作業やってるらしいから大変なんだろ」
穂苅「でも必要なものはあっちで買うって言ってたからそんなに荷物ないんじゃない? 船便で送ると一ヶ月もかかるんだって」
加藤「シンガポール転勤だもんなぁ。いやぁ、俺ら同期の五人の中で選ばれるならやっぱあいつだったな」
佐々木「これであいつはエリートコースに乗ったってわけか。給料倍くらいになるらしいぞ」
穂苅「私は菊田君の可能性もあると思ってたけど……。残念だったね菊田君」
菊田「俺はまだ認めちゃいねえぞ。絶対に俺の方がふさわしかったはずだ……」
佐々木「まあそう言うなよ菊田。今日は素直に祝ってやろうぜ」
加藤「……っていうか、お前じゃ絶対無理だったろ菊田。海外は……」
菊田「う、うるさい! それは言うな!」
佐々木「……穂苅、いいのか? あいつ行っちゃって」
穂苅「何が?」
佐々木「だってお前、浅野のこと……」
穂苅「えー? 佐々木君が心配するようなことじゃないでしょ。……そりゃ浅野君のこと好きだけど、でもただの同僚だもん。引き止める権利なんてないし。それに、最低でも10年はあっち暮らしになるんでしょ? 私は東京にいたいし、縁がなかったんじゃない?」
佐々木「そんな理由で諦めていいのか?」
穂苅「……うーん」
加藤「け、結構な理由じゃないか? お、俺もこっちで穂苅と……、あ、いや、みんなと一緒の方がいいし!」
浅野「……お、遅れてごめん」
穂苅「浅野君! 待ってたよ!」
浅野「あの……俺……どうしよう……」
佐々木「……どうした? 顔真っ青だぞ?」
浅野「あ、あっちに送る荷物を積んだトラックが爆発したらしい……」
浅野以外の四人「え⁉︎」
浅野「ぜ、全部燃えたって……お、俺どうしたら……」
佐々木「お、落ち着け浅野。冷静になるんだ」
穂苅「お、送る荷物あんまりないんだし、貴重品は自分で持ってるでしょう?」
浅野「そ、それが……。まだあっちに口座がないし送金も面倒みたいだから、貯金全額下ろして自分で持ってこうとしてたんだ。しかも間違えてその封筒を荷物に入れちゃってたみたいで……」
穂苅「えぇ⁉︎」
加藤「ぜ、全財産無くなったのか……⁉︎」
浅野「財布に入ってる8000円しかない……。こ、この店いくら?」
佐々木「ここは奢るから! 冷静になれって!」
菊田「ハッハッハ! いい様じゃねえか浅野!」
浅野「菊田……!」
菊田「俺たちの倍の給料貰うエリート様になるんだろ? また稼げばいいじゃねえか」
加藤「おい菊田! やめろ!」
浅野「お、俺死ぬのかな……。金もなければ家具も家電も処分しちゃったし、携帯も解約したし、今着てるジャージくらいしか残ってない……」
菊田「せめていいパンツ履いてりゃいいな」
加藤「菊田! いい加減にしろよ!」
佐々木「二人とも騒ぐな。店の中だぞ? 今はとにかく冷静になるんだ」
穂苅「な、何とかなるよ浅野君。あっちのお家の契約は終わってるんでしょう? 行けば居場所はあるんだし」
佐々木「会社に話せば給料の前借りできないか? 厳しそうなら俺からもガンガン交渉してみるぞ」
浅野「いや、俺もう諦めるよ……」
加藤「え?」
浅野「着の身着のままで貯金もないのに海外暮らしなんて不安すぎるよ……。誰か代わってくれないか?」
加藤「ま、待てよ浅野! 大丈夫だって!」
菊田「ハッハッハ! そういうことなら俺の出番だな!」
加藤「菊田……!」
菊田「知ってるだろ浅野。わずかではあるが、俺が上げた業績はお前より上だ。本来、シンガポール行きは俺こそふさわしかったんだよ。お前はこっちで下っ端やってろ」
浅野「菊田……お前じゃダメなんだよ」
菊田「何?」
浅野「お前は飛行機に乗れない。そうだろう? 俺は覚えてるぞ。お前と沖縄出張に行ったとき、お前が恐怖のあまり泡を吹いて飛行機を緊急着陸させたことを……!」
菊田「クッ……!」
穂苅「どんだけ怖いの飛行機が⁉︎」
佐々木「どんだけの量吹けばそうなるんだよ!」
浅野「あれ以来世界中の航空会社は『ハイジャックと菊田に気をつけろ』という標語を掲げているんだ。お前に海外行きは無理なんだよ」
菊田「道理であれ以来飛行機の予約を入れてもすぐキャンセルされるわけだ……」
加藤「果敢に挑むなよ! そんなに怖いなら!」
菊田「苦手は克服したい!」
穂苅「偉い……!」
浅野「佐々木、お前なら安心だ。頼めるか?」
佐々木「俺か……?」
浅野「お前はどんな状況でも冷静だし、人と人の間で上手く立ち回れる調整力もある。それに、お前には上に対して強く出られる図太さもある。海外でもうまくやっていけるはずだ」
加藤「確かに佐々木ならむしろ海外の方が向いてるかもしれないな。いい話じゃないか」
佐々木「いや……俺実は……今日会社クビになったんだ」
佐々木以外の四人「え⁉︎」
穂苅「ど、どういうこと? 何があったの?」
佐々木「……課長をマウントでボコボコにしたんだ」
浅野「そんなには強く出るなよ! 何してんだよ⁉︎」
加藤「その状況でどうして給料の前借り交渉できると思ったんだよ⁉︎」
佐々木「次は部長をボコればいい」
菊田「頼めるか?」
加藤「頼むな! 上の席一つ空くとか思ってんじゃないだろうな⁉︎」
穂苅「どうして課長を? 何かされたの?」
佐々木「いや、気分で」
浅野「気分で人を殴るな! え? 何⁉︎ どういうこと⁉︎」
佐々木「まあまあ、みんな冷静になれよ」
浅野「お前が冷静なのにびっくりだよ! 一番焦れよ!」
穂苅「か、課長は大丈夫なの?」
佐々木「ああ、6時間気絶するくらいの加減で殴っといたからそろそろ目覚めるはずだ」
浅野「俺が言った調整力ってそういうんじゃなかったけど……!」
加藤「お前、初犯じゃないな……?」
佐々木「あ、そういえば課長がいい靴履いてたから剥ぎ取ってきたんだ。やるよ浅野」
浅野「いや今は助かるけど盗品は困る!」
菊田「浅野。佐々木がダメならやはり俺じゃないのか?」
浅野「いや、お前だけは絶対ない。……穂苅はどうだ?」
穂苅「わ、私?」
浅野「お前は観察眼があって困っている仲間にすぐ気づける。気遣いができてお前がいるだけで職場の人間関係が円滑になる。あっちでも喜ばれるはずだ」
穂苅「で、でも……」
加藤「ほ、穂苅はダメだ浅野!」
浅野「何でだ?」
加藤「そ、それは……。ほら、穂苅は海外暮らしは嫌だって……」
浅野「確かに不安かもしれないけど、シンガポールは治安がいいし東京並みの大都会だ。生活には困らないぞ?」
穂苅「あ、あのね……今まで黙ってたんだけど……私犯罪歴があるから入国できないの」
穂苅以外の四人「え⁉︎」
加藤「犯罪……? な、何したんだよ穂苅?」
穂苅「老人を騙して不当に高い羽毛布団を売ってたの」
浅野「エグいな⁉︎ ご老人を騙すんじゃない!」
穂苅「で、でも、どうせすぐ死ぬでしょう?」
佐々木「発想怖っ⁉︎」
菊田「だからこそ優しくしてやれ!」
穂苅「だ、だって私すぐわかるんだもん。この人すぐ人を信用しそうとかお金余ってそうとか」
浅野「俺が言った観察眼ってそういうんじゃなかったけど……!」
菊田「そんなことして心が痛まなかったのか⁉︎」
佐々木「こいつ老人には優し……」
穂苅「えぇ? だってあっちがいくら苦しんだって私は苦しくないんだよ?」
浅野「サイコパスの発想じゃないか!」
菊田「全く反省してないぞこいつ……」
穂苅「あ、そういえば私も浅野くんにプレゼント持ってきたよ。あっちでの生活がいい感じになればいいなと思って良いコーヒー豆を……」
浅野「気遣いはありがたいけどサイコパスからもらう飲み物怖っ!」
穂苅「だ、大丈夫だよ! テトロドトキシンとか入ってないから!」
浅野「毒に詳しいのも怖っ!」
菊田「泡を吹きそうだ……!」
佐々木「我慢しろ菊田!」
浅野「ほ、穂苅もダメか……。じゃあ加藤、お前に頼む」
加藤「お、俺?」
浅野「しょうがないだろ。菊田は泡を吹くし、穂苅はサイコパスだし、佐々木に至ってはうちの社員じゃないんだ。もうお前しかいない」
加藤「で、でも……」
菊田「何で嫌がるんだ加藤? いい話じゃねえか。本来お前の実力じゃありえねえんだぞ。浅野だって本当はそう思ってるはずだ」
浅野「た、確かに……。加藤に関してはこれといって褒めるところがない。決断力もなければ空気も読めないしゴミ屋敷に住んでいるしケアレスミスが多すぎる。それでももう加藤しか……」
加藤「お、俺は絶対東京から離れないぞ。いや、東京からじゃない。穂苅から離れたくないんだ」
穂苅「え?」
加藤「お、俺は穂苅が好きなんだ!」
穂苅「か、加藤君……」
加藤「穂苅……」
穂苅「わ、私、サイコパスで前科者だよ……?」
加藤「それくらいじゃ俺の気持ちは変わらない! 穂苅、俺と東京に残って付きあってくれ……!」
穂苅「私……、加藤君のこと嫌いじゃなかったけど……でもゴミ屋敷に住んでるとなると嫌いかも……」
菊田「こっちの気持ちはちゃんと変わったな!」
佐々木「そう! 聞き流すとこだったけどお前ゴミ屋敷に住んでんのか⁉︎」
加藤「ゴミ屋敷じゃない! 全部要るものなんだよ!」
佐々木「ゴミ屋敷の人が言いそうなこと言った!」
加藤「なあ浅野頼むよ! 俺は絶対残りたいんだ! そしてお前はあっちでうまくやって戻ってこないでくれ!」
浅野「そ、そうは言ってもな……」
加藤「俺もプレゼントがあるんだ。お前の名前とお前の写真でマッチングアプリやってデートの約束40件取り付けてあるんだよ!」
浅野「お前はやり口と根気が怖っ!」
加藤「大体、お前もうこっちの家は引き払ったんだろ? あっちに住むしかないんじゃないか?」
浅野「うっ……! それは確かに」
佐々木「……穂苅、確かお前、家に一部屋余ってるって言ってたよな?」
穂苅「うち⁉︎ ……わ、私は……構わないけど……?」
浅野「あ、ありがたいけどサイコパスと同居は怖い……!」
穂苅「怖くないよ! 私にメリットがある内は生きてていいから!」
浅野「ないと殺されるのか⁉︎」
菊田「泡が……!」
佐々木「我慢しろ菊田!」
加藤「そんなの絶対ダメだ! 男女で一緒に済むなんてありえないだろ! どうしてもっていうなら佐々木の家とか……」
佐々木「俺社宅だから今日で追い出されるんだ」
浅野「お前はもっと焦れよじゃあ! 俺よりピンチだぞ⁉︎」
加藤「じゃ、じゃあ! 俺の家でもいい!」
浅野「ゴミ屋敷は嫌だよ!」
加藤「ゴミ屋敷じゃないって! 踏んでいい場所もあるんだ!」
穂苅「それゴミ屋敷の言い方だよ⁉︎」
浅野「そもそも誰かの家に転がり込むのは申し訳ないな……しばらく家賃も払えそうにないし……」
菊田「あ、そういや俺もお前にプレゼントあるぞ。あっちでやらかして路頭に迷ったとき用に寝袋を」
浅野「くそ……! 今のとここれが一番助かる……!」
穂苅「ずっと寝袋で野宿ってわけにもいかないでしょ? うちは本当に構わないよ?」
加藤「それは絶対ダメだって!」
佐々木「ああもう、一旦落ち着けお前ら! 冷静に話をまとめよう!」
菊田「お前が冷静なのヤバ……」
佐々木「現状、浅野をシンガポールに送り出すのは厳しい。無一文じゃまともに生活できないし、給料を前借りするには俺が部長もボコらないといけない」
浅野「それはマジでやめろ……」
佐々木「となると誰かが代わりに行くことになるが、菊田は航空会社にマークされてるし、穂苅はサイコだから入国できないし、俺は職も家もない暴行犯だ」
浅野「俺の同期粒揃いだな……」
佐々木「つまり加藤が行くしかない。浅野がどこに住むかという問題にはなるが、穂苅は来ても構わないと言ってる。加藤が引っ越せば街から一つゴミ屋敷が消えるというメリットもある。……それでいいだろ加藤」
加藤「い、嫌だ……! 俺は絶対に行かないぞ!」
佐々木「そうは言ってもな……みんなの事情を調整するともうそれしか……」
菊田「……調整?」
佐々木「どうした菊田?」
菊田「佐々木、お前さっき言ってたよな。6時間気絶するくらいの加減で殴ったと」
佐々木「あ、ああ」
菊田「それ、俺にもできるか? 羽田からシンガポールまでは6時間。その間ずっと気絶しておけば……!」
佐々木「なるほど……! それならお前も飛行機に乗れる!」
菊田「あっちに移った後もこっちに戻る機会はちらほらあるだろうが、その度にすぐ来て俺をボコってくれ。俺は給料倍になるし手間賃も払ってやれる」
佐々木「俺の転職先はお前を殴る仕事……? 楽だな」
穂苅「菊田君がどれだけ痛くても自分は全然痛くないもんね!」
浅野「で、でも菊田は飛行機の予約すら取れないんだぞ? 誰かが代わりに取ったとこでパスポートの名前と合ってなきゃ色々問題が……」
穂苅「私が交渉するよ。気絶してればちゃんと乗れるんだし説得すれば大丈夫でしょう」
浅野「できるのか?」
穂苅「口車でいくら騙し取ったと思ってるの?」
浅野「いや知らないし聞きたくないけど!」
加藤「浅野はどこに住むんだ? 穂苅の家なんて認めないぞ」
佐々木「お前が引き取ってやれ。浅野は家賃を払う代わりに掃除という労働ができる」
浅野「なるほど。それならむしろ給料を貰いたいくらいだ。全然申し訳なくない」
加藤「ご、ゴミじゃないけど、穂苅と同居させるくらいなら捨ててもいいよ」
菊田「よし、まとまったな。佐々木、早速試してみてくれないか? もし飛行中に目覚めたらおしまいだ」
佐々木「わかった」
浅野「いや綺麗にまとまったようで実際やることはエゲツないな……」
佐々木「じゃあ余裕持って8時間コースにするか。……結構力使うな」
穂苅「あ、シャンパンのボトル使う?」
浅野「発想怖っ!」
--------作者より--------
王様ジャングルのbpmさん(猪狩敦子さん、浅沼晋太郎さん、伊藤マサミさん 、菊地創さん、笹岡幸司さん)出演回のために書き下ろしたものです。基本的に二人芝居を書かせていただく機会が多かったので、登場人物が多い話を書ける際はワクワクしました。
コメディーのごった煮 タカハシヨウ @manbo-p_takahashi
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