しょっぱい苺大福

三咲みき

しょっぱい苺大福

「あれ………三個? 誰か食べた?」


 結菜ゆなは母が持ってきた盆を見るなり、首を傾げた。そこには、熱いお茶が入ったマグカップが四つと、苺大福が三個のってあった。


「あぁ、一個ね……おばあちゃんちに持っていったの。おばあちゃん、おいしいって言って食べてくれたよ。ありがとうね」

「えっ!? おばあちゃんにあげちゃったの!?」


 母の言葉に、結菜は鋭く反応した。


「これは、私が買ってきた苺大福なんだよ!?」

「うん、そうだよ。あ、お母さんはいらないからね」

「そういうことじゃなくて!! なんで勝手にあげちゃったの!?」

 結菜の言葉に母はキョトンとした。

「何そんなに怒ってんのよ」


 結菜は三個しかない苺大福に目を落とした。これは今日、ショッピングの帰りにたまたま見つけて、父と母と兄と自分のために買ってきたものだ。


 マグカップが四つに苺大福が三個。何度見ても一個足りない苺大福に、結菜はギュッと口を結んだ。


「勝手にあげるなんて、信じられない!」

 声を張り上げた。


 どうやら娘が怒っているらしいことに気づいた父は、母と結菜を交互に見比べ、二人の間でオロオロとしている。長男のひろは、そんな二人のやり取りを聞いているのか聞いていないのか、特に気にする様子もなく、スマホをいじっている。


「だから、母さんの分はいらないって言ってるでしょ。食べ物のことでそんなに怒らないの!」

 母はそうたしなめながらマグカップと大福を、父と大也、結菜の前に、そして自分にはマグカップのみを置いた。

 そんな母の様子に、結菜はこみ上げる苛立ちを抑えることができず、バンっと机を叩きながら立ち上がった。


「もういい! もういらない!!」


 そう言い残すと、荒い足でリビングを飛び出し、自分の部屋へと引っ込んでしまった。


「何なの、あれ……」

 そんな娘の様子に、母は呆気にとられた。父はフォローするように「まぁまぁ」と声をかけるが、母の表情は晴れないまま。


 すると、ずっとスマホをいじっていた大也が唐突に口を開いた。


「今のは母さんが悪いよ。何でばあちゃんにあげたの?」

「何でって………苺大福なんて、なかなか食べられないんだから。おばあちゃんに食べさせてあげたかったの」

 それを聞いて大也は小さく息を吐いた。

「あいつもそう思ったんだよ。母さんに食べてほしいと思って、母さんのために、買ってきたんだろ」

「あ………」

 娘の想いに気づいた母は、声を上げた。


「なのに、あいつの気持ちを無視してばあちゃんにやるから。怒って当然だよ。母さんさ、たまにそういう無神経なとこあるよね」


 大也が容赦なく母を非難する。すると父は、苦い笑みを浮かべながら仲裁に入った。


「まぁまぁ。母さんだって悪気があったわけじゃないんだから。そんな言い方しなくても………」

「悪気がないって、便利な言葉だよな。それ言ったら何やっても許されるわけ? ほんとタチ悪いよ」


 大也のキツい言葉に、父は口を閉ざした。しかしそれも束の間。息子に気圧されることなく再び口を開いた。

「ほら、母さん………これ持っていってやりなよ。あいつも食べるの楽しみにしてたんだし、」

 父は自分の大福を差し出した。それを見て大也が呆れて言った。

「父さん、俺の話聞いてた? それがあいつを怒らせたって言ってんの」

「………すまん」

 父は自分の皿を引き寄せて、シュンと下を向いた。


 大也はため息を吐きながら立ち上がった。そして台所に行って何やらごそごそすると、ものの数秒で戻ってきた。その手には包丁が握られている。


「一番良いのはこれだよ」



********



 勢いよく扉を開け、電気もつけぬまま、机にドカッと突っ伏した。

 熱い涙がこみ上げる。こんなことで泣くな。食べ物で怒るなんて、みっともない。


 おばあちゃんの分も買ってこなかった私が悪い。


 お母さんはいつも、自分のことより、おばあちゃんを優先する。


 おばあちゃんは、ここから十五分ほど歩いたアパートで一人暮らしをしている。おじいちゃんが亡くなって、もう十年。亡くなった直後は、独りになったおばあちゃんを気にかけて、お母さんが同居を持ちかけたらしいけど、おばあちゃんはそれを断った。


 まだまだ元気なおばあちゃんだけど、心配性なお母さんは頻繁に出入りしている。買い物に行ったり、病院に付き添ったり、晩ごはんを持っていったり。


 おばあちゃんが大切なのはわかる。私もおばあちゃんが大好き。でも、あの苺大福は、お母さんに食べてほしかった。


 今日、ショッピングの帰り、改札へ向かおうとしたら、たまたま見つけた。駅構内にあるそのスペースは、どうやら隔週で店が変わるらしく、今週は大福専門店が出店していた。

 中が白あんの苺大福。小豆でもなく、クリームやカスタードでもない、白あんの苺大福。お母さんが大好きな、白あんの苺大福。最後に食べたのはいつだったか………。


 近所に売っているお店はないし、高いからなかなか買えない。持って帰ったらきっと喜ぶだろう、そう思って買ったのに………。


 お母さんが悪いわけじゃない。でも、自分の気持ちを無下にされたようで、悲しかった。


 顔を上げて、ティッシュに手を伸ばした。泣いたって仕方がない。どうあがいても、欠けた大福は戻ってこないのだから。

 鼻をすすったそのとき、ドアをノックする音が聞こえた。


「結菜。開けるよ」


 お母さんの声だった。こっちが返事をする前に、扉が開かれる。


 部屋に廊下の明かりが入ってくる。「真っ暗じゃないの」と声が聞こえ、次の瞬間に電気がパッと点いた。扉の方を向くと、お母さんがさっきの盆を持って立っていた。


「結菜、ごめんね。お母さんひどいことしたね。さっきお兄ちゃんに怒られちゃったよ」


 盆を机に置きながらそう言った。盆には、マグカップ二つと、半分に切られた苺大福がのっていた。大福にはそれぞれ爪楊枝がささっている。

 それを見て、引っ込みかけていた涙がまた溢れそうになった。同時に、腹を立てて、お母さんに当たってしまった自分がすごく子供っぽく思えて恥ずかしくなった。


「こっちこそごめん。おばあちゃん、喜んでくれたんだよね」

「うん、喜んでた。ありがとうね。お母さんも食べようかな」


 そう言うと、お母さんは半分に切られた苺大福をパクリと口に入れた。モグモグしながら顔を綻ばせ、「おいしい」と呟いた。


 そんな様子に私も思わず笑みがこぼれた。そしてお母さんの真似をして、自分も大福を全部口の中に入れた。


「………おいしい」


 それは白あんの甘さと、苺の酸っぱさと、そしてちょっぴり、涙のしょっぱい味がした。

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