第68話 「迷宮医学」の真価

「ど、どうなったのでしょう……?」


 本の発光が収まると……杉田さんは期待五割、不安五割といったような表情でそう呟く。

 ページを開くと、先ほどまで書かれてあった魔法陣はなくなっており、代わりに見慣れない横書きの文字がびっしりと羅列されていた。


 他のページを見ても、ところどころ図解が載っている以外は軒並み同じような感じになっている。


「成功……なのかな……?」


 仮にちゃんと正しくオランダ語に復元できていたとしても、そもそも俺はオランダ語が読めないので内容は分からない。

 俺はそう呟くしかできなかった。


「ちょっと見せてください……」


 今度は杉田さんが本を手に取り、まずは1ページ目にじっくりと目を通し始める。


「……間違いなく成功ですね。タマちゃん、流石です!」


 十数秒ほどしてから、杉田さんは確信を持ってそう口にした。


「やったな、タマ!」


「にゃあ(合ってて良かったにゃ)」


 つい嬉しくなり、俺はタマの顎をわしゃわしゃする。

 タマは嬉しそうに笑顔で鳴いた。


「ここまで来れば、あとは私の方で翻訳できます。読み慣れてないかなり昔のオランダ語なので、時間はかかると思いますが……」


 杉田さんは、どうやら俺たちのために内容を日本語に訳してくれるつもりのようだ。

 だが……それを聞いて、タマはこう言いだした。


「にゃあ(そこまでしてもらう必要はないにゃ)」


「「え……?」」


 タマの言葉を聞いて、杉田さんと闇宮先生が声をハモらせる。


「タマちゃんって……この時代のオランダ語も読めるんですか?」


「にゃーん(現代のオランダ語は今のタマでも読めるにゃ。古語となるとちょっと難しい部分もあるけど……たぶん、ちょっと頑張れば順応できるにゃ)」


 現代のならオランダ語も分かるのか。

 まあ確かに、海外勢のコメントをリアルタイムで訳したりしてくれてたんだし、それくらいはできてもおかしくはないわな。


 しかし……順応とは?


「にゃあ?(ここの本、何十冊か見てみてもいいにゃ?)」


 などと思っていると、タマは杉田さんにそんな質問をしだした。


「え、ええ、いいですけど……」


「にゃ(ちょっと拝借にゃ)」


 杉田さんが許可すると……タマは念力で何冊か本を浮かし、開いた状態で自身の周囲に浮かべる。


「にゃ……(なるほどにゃ……)」


 一冊一冊、高速でページをめくりながら、タマはそれらの本を読み進めて(というスピード感ではないがおそらくタマのことだし読めているのだろう)いった。


「にゃ(準備完了にゃ)」


 念力で本をすべて棚に戻すと、タマは自信ありげな表情でそう言った。


「じゅ、準備完了って……まさかこの短時間で古のオランダ語を!?」


 衝撃の発言に、またもや口をあんぐりと開けたまま固まる杉田さん。

 タマは再び「ダンジョン・アナトミア」を開くと、先ほどまで読んだ本と同じスピードで全ページをめくった。


「にゃあ(読み終わったにゃ)」


 どうやら、たった今の短時間で読破してしまったようだ。


「そ、そそそそんな……」


 杉田さんは、ただ目を白黒させるしかできないご様子。


「専門分野で負けたくらいで落ち込んでたらキリ無いよ、白実ちゃん。元気だしてこ」


 ショックを受けたであろう旧知の友に、闇宮先生はさりげなくフォローを入れた。


 その慰め方合ってるのかな。

 ま、それはそれとして。


「で……どんな内容だったんだ?」


 結局、俺たちが求めるような内容だったのかどうかが気になり、俺はタマにそう尋ねる。


「にゃ(結論から言うと……ちゃんと欲しい内容が載ってたにゃ。この本の内容を応用して、門下生たちへ道場に通う用のワープを作ってあげることが可能にゃ)」


 タマは自信を持ってそう断言した。


「えっ……読み終わっただけじゃなくて、もうそこまで考えが!?」


 それを聞いて、杉田さんは更に驚きを重ねる。


「ワープって……具体的にどう作るんだ?」


 俺は続きが気になり、タマに踏み込んだ質問をした。


「にゃあ(大事そうなポイントは三つあったにゃ。一つは、『正常なダンジョンコアは60%切除しても機能を失わず、自然回復させられる』。二つ目は、『切除したダンジョンコアはダンジョンとしてのフル機能を有することはできないが、一部機能を指定して数年であれば維持できる』。三つ目は、『ダンジョン内のギミックは切除したダンジョンコアと紐づけておけばダンジョン外でも機能を維持する。ただしギミックの機能も限定される』にゃ)」


 俺の質問に、タマはまず本の要点をまとめ上げる。


「にゃーん(ここから言えるのは……『切除したダンジョンコアを使って、ランダム性を排して無人島にのみ転移できるようにした転移トラップを作り、弟子志願者たちに配れば通いやすくなる』ということにゃ)」


 それからタマは、本の内容をもとにした自身の考察を述べた。


「なるほどな……」


 ワープって単語が出た時点でまさかとは思ったが……やはり転移トラップをベースにした装置か。

 さらっと言ってるけど、あれって加工次第でランダム性を排除できるもんなんだな。


「凄いなあ、そこまで考えつくなんて」


 完全に脱帽した気持ちになり、俺はタマの頭を撫でながらそう褒めた。


 しかしその後……タマは珍しく少し不安そうな表情でこう続ける。


「にゃ〜お……(ただ……この装置を作ったとして、みんなが使ってくれるかは未知数な気がするにゃ。どんなに安全に作っても、一般的な『転移トラップ=即死の罠』という先入観を払拭できないと、使ってもらいづらそうにゃ)」


 何かと思えば、装置の普及についての懸念だったようだ。


 それは……確かにそうか。

 俺ならタマの作った装置って時点で全幅の信頼を寄せるし、たとえ転移トラップがベースになってようと自分一人で使うのも厭わないくらいだが、視聴者も皆が皆そうとは限らないか。

 タマが最強になってからダンジョンが身近になった俺と違って、昔からダンジョンを良く知ってる人ほどその先入観も強そうだし。


「なるほどな……そこはどうしようかな」


 装置の告知をする際は、原理の説明をぼかすか……いやしかしそれはむしろ危険性を訴える陰謀論者とか出そうで逆効果か。

 迷いながら、俺はそう呟いた。


 そんなとき、闇宮先生からこんな提案が出る。


「装置の作成過程を配信してはどうですか? その後、私がその装置で百回くらい転移するところを実際に見せて、本当に目的地にしか飛ばないのを実演すると少しは信頼度が上がると思います。私、転移先選定魔法の類は習得してないですし」


 なるほど。確かに、闇宮先生ほどの圧倒的強者がモニターをやれば視聴者も安心して見れそうだな。

 それでいて、タマのように行き先を因果律操作したりはできない人が転移を繰り返せば、それが装置本来の性能だという信頼も得られる。


「じゃあ、早速その配信をしますか? 思いも寄らないスピードで本の解釈まで終わったので、今日まだまだ時間ありますし。必要であれば、私も出演します!」


 続いて杉田さんもそう言ってくれた。


「じゃあ……そうしますか」

「にゃあ(確かにいい案にゃ)」


 こうして俺たちは、転移装置作成配信を始めることが決まった。

 ゲリラ配信チックにはなってしまうが、まさに「今緊急で動画を回してるんですけど」というフレーズに相応しい展開だし、これはこれで一興だな。

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育ちすぎたタマ ~うちの飼い猫が世界最強になりました!?~ 可換 環 @abel_ring

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