第67話 秘蔵書「ダンジョン・アナトミア」の解読

「じゃあ、入りましょうか」


「はい、お願いします」


 先導する杉田さんに続き、俺たちも階段を降りていく。


 降りた先には、あの物置小屋が入り口とは思えないくらい広々とした地下空間が広がっていた。

 真っ先に目についたのは、陶器やガラス製品、鏡に時計といった品々。


 流石は蘭学一家というだけあって、江戸時代にオランダから輸入したっぽいものがたくさん保管されているな。


「書庫はこちらです!」


 宝物の数々はスルーし、杉田さんはてくてくと通路を進んでいく。

 その先にあったドアを開けると、今度は本棚がズラリと並んだ部屋が待ち受けていた。


「凄い数ですね……ここにあるんですか?」


「と、思うじゃないですか」


 個人のコレクションでこれはえぐいな……なんて思いながら尋ねてみると、杉田さんは指をチッチッと振りながら否定した。

 その表情は、まるで「見たら驚きますよ」と言わんばかりに得意げだ。


「にゃあ?(ここだにゃ)」


 が、それを聞いて……何を思ったのか、タマは近くの本棚の側面に優しく触れながらそう尋ねる。


「え……?」


「にゃにゃんにゃ、にゃあにゃんにゃにゃあにゃん(オランダ・オーセンティケーションにゃ)」


 杉田さんの目が点になっている間にも、タマはなぜか認証魔法を唱えた。

 するとーー本棚が動き、床下から宝箱が出現する。


「え……な、なんで分かったんですか⁉︎」


 一連の流れを見て、杉田さんは唖然とした様子のままそう叫んだ。


「にゃ(地下に謎の空間があるのはヒゲで把握してたにゃ。本棚にないとしたら、ここしか無いと思ったにゃ)」


「な、なんでヒゲで地下空間が把握できるんですか……」


 そこは飼い主の俺でも理解を諦めてるからあんま深く考えない方がいいと思うぞ。


「にゃあ?(開けていいにゃ?)」


「も、もちろんです……」


 依然として驚きで固まったまま、杉田さんは掠れるような声で許可を出す。

 それを聞くや、タマは宝箱の蓋を開けた。

 中にあったのは、ベージュの表紙に金の印字で、おそらくオランダ語と思われるタイトルが書かれた分厚い本だった。


「これ、何て書かれてるんですかね……?」


「……はっ、失礼しました。こちらが今回ご紹介したかった本、『ダンジョン・アナトミア』です」


 タイトルを尋ねると、杉田さんはようやく我に返り、そう教えてくれた。


 なんか聞いたことあるような無いようなタイトルだな。

 この人の先祖さんが翻訳した本に後半の五文字が似てる気が。


「ダンジョン……アナトミア?」


「十八世紀頃のオランダには『迷宮医学』という、ダンジョンを西洋医学的に解釈し、外科的に取り扱おうというスタンスの学問を研究している人がいたんです。『ダンジョン・アナトミア』は、その知識をまとめた本です」


 聞いたところで結局良くわからなかったので、タイトルをオウム返しにすると、杉田さんは概要を説明してくれた。


「にゃあ(迷宮医学……聞いたことないにゃあ)」


 杉田さんの説明に、タマは首を傾げながらそう呟く。


 あれだけネットに自由に介入できるタマでも知らないのか。

 一体どれほどマイナーな学問なんだ?


「それもそのはずです。その研究は、後継者が出ないまま携わっていた全員が死亡したことで、失伝したとされていて……現代では、学術界の人々でさえほぼ誰も存在すら知らないんです。ただ、実は唯一、当時の研究者が書物に研究内容を残しておりまして。それがなぜか玄白の手に渡り、ウチの書庫に眠ることとなったのです」


 ……想像の百倍はドマイナーだった。

 そりゃタマですら知らないわけだ。


「ま、私も親からその言い伝えを聞いたに過ぎないんですが。実際中身を読んだことはないので、本当に言い伝え通りの内容かどうかは保証できないんですけどね」


 最後に杉田さんは、首を横に振りながらそう付け加えた。


 ……読んだことないんかい。


「興味本位で開いてみたり、とかもしなかったんですか?」


 俺はそう聞いてみた。

 すると……杉田さんはとんでもないことを言いだした。


「開いてみたところで読めないですよ。この本、オランダの古語で書いてあるわけじゃなくて……現代では解読方法が失伝している魔法暗号で記述されてますから」


「え……?」


「たとえ全世界に公開したところで、誰も読めないと思いますよ。内容が難解だからとかじゃなくて、だれも内容にたどり着けないという理由で」


 ……おいおい。

 それじゃあどうしようもないじゃんか。


 ――と言いたいところだが、まあなんとなく、杉田さんの言わんとすることは分かっている。


「唯一、可能性があるとすれば……」


 杉田さんがそう言った後……全員の視線が、タマに集まる。


「タマちゃんなら、復号するための鍵などなくとも、強引に解読してしまえるかもしれない。私はそう期待してます」


 やっぱり、そういうことだよな。


「できそうか?」


「にゃあ(分からないけど、面白そうだしやってみるにゃ)」


 タマはとりあえずやる気のようだ。


 本を開くと……1ページ目から最後まで、どのページにも魔法陣が一つずつしるされてあった。

 それらを見て、タマは少し考え込む。


「……にゃ(ちょっと試してみるにゃ)」


 三十秒ほどして、タマは本を閉じ、表紙に肉球でそっと触れた。

 直後……本全体が、まばゆいばかりに発光した。

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