満月少女

れいとうきりみ

満月少女

 千年に一度の美女と称されている少女は、今日もまた町から町へと足を動かす。

 そんな少女の髪はとても長く、時には彼女をうんざりさせる代物だったが、それもまた、周りから愛された。

 新月の夜、少女はとある辺鄙な街にやってきた。男たちはたとえ娯楽を愉しんでいても手を休め、少女をじっと見た。容姿から取るに少女の年齢は十八か十九といったところだ。それに対してこの町にいる男たちはみな四十を超える。勿論この町の男たちが彼女に釣り合うことなどまずない。それでも男たちは何とか栄光の未来をつかもうと必死になった。しかし、彼らに光は訪れなかった。

 三日月が出てきたある日。少女は小さな田舎町へと足を運んだ。そこではカジノが大流行していた。そんななか少女の登場により、村人の興味はカジノから少女に変わった。はじめのころはみな少女をおとすのに必死だったが、じきに人々は落とせないと気付く。するとまたカジノを溺れ、終いには勝ったものがアプローチをするという条例までできた。しかし残念ながら、少女は早々に村を出て行った。

 直に、その少女のことは巷で話題となった。男たちは少女が街に現れたらと想像し、それを糧に生きた。

 少女はまたとある町に来た。そこである一人の男に出会った。二十代前半で、町で一番美しく格好良い人として知られている男だ。男は少女に近づいてゆく。そのことに少女は少し不快感を与えた。

 それもそのはず、男は町の代表として選抜されたからである。町は少女が住むことで活性化すると考えた。その卑しい考えに男は強い憤りを感じた。そのため個人でアプローチすることを決意した。

 が、無論少女が男の告白に首を縦に振るはずがなかった。

 男は落胆し、少女に最期ぎこちなく笑って姿を消した。

 少女は隣町へとやってきた。

 隣町は今まで歩いた町よりもずいぶんと栄えていた。ただでさえテントのような建物で寝泊まりしていたので、少女はすごく感動した。そして何より料理のおいしさに少女は感動した。何か懐かしい味がした。しかし、この町でも、視線は気になる。仕方なく少女は料理を平らげて、そそくさと出て行こうとした。

 町に出てみると、今まで経験したことのないような娯楽であふれていた。

 しかし、少女は何一つとして楽しめなかった。

―この町も、やはり期待外れだったのか。少女は荷物をまとめ、宿を後にした。

 少し歩いて、もうそろそろ町をでる、といったところで、少女は一人の男が気になった。あんな美貌な少女に、男は目もくれないのだ。

 少女は不思議がって男を見つめた後、何か思いついたように間抜けな顔をして地面に倒れた。

 「大丈夫ですか」男は心配そうに少女を見る。痛てて、これではもう歩けないと男に言うと、男は少女を抱えて家はどこだと聞いた。

「何を馬鹿な事。私は旅人よ」少女は得意げに言った。

 すると男はいい宿があるといい、少女を連れて行った。まるで豪華な屋敷のようで、設備がきちんと整っていた。

 「お代はいらない。明日様子を見に来るから」そう言って男は宿を去っていった。

 少女は珍しく深い眠りにつけなかった。


 次の日、少女は早くに起きた。いや、ずっと起きていたのかもしれない。少し倦怠感があったが、見舞いに来た男を見た途端、それは跡形もなく消えた。

 男は朝食をふるまってくれた。久しぶりに美味しいものを周りの目を気にせず食べられると、少女は喜んでいただいた。少女は男に「懐かしい味」と伝えた。男はそれを俗に「母の味」というのだと教えた。

 男は本当は痛くない脚に包帯を巻いた。「お上手ね」少女が言うと、医者だと男は言った。そして男は家を聞いてきた。どうやらそこまで送ってくれるつもりだったようだが、少女は旅人。家などないのだ。その旨を伝えると、男は自分の家にしばらく泊めることを決めた。

 嘘をついたのに、少女はいい気分だった。

 

 男は毎晩、仕事終わりに少女の家にやってきた。男はその日あったことや医学の雑学などを話した。少女は毎回興味津々になって聞いた。

「そういえば…あなたお名前って?」

「そっか、まだだったね。僕はウラルという」

その日少女は今まで旅してきた地のあらゆる言語でウラルと書いた。


 次の日の夜もウラルは少女のもとに来た。

「君はなぜ旅をしているの?」

少女は少し躊躇ったが、ゆっくりと口を開いた。

「自分を探してるの。自分で言うのもなんだけど視線を独占するほどには容姿がいいから。自分を見失ったんだ」

「そうか。確かに君は可愛い。何かできることがあればいつでも手を貸すから」

ウラルの言葉を聞いて、少女は不思議とうれしさと安心感がこみ上げた。


 居候から一か月がたった。しかし、残念なことにしばらく自分を見つけることに関して進展がなかった。少女は全力を尽くしたが、それでも見つからなかった。あきらめかけた時だった。

 ウラルが夕飯を持ってきた。その時気づいた。少女のすべてはウラルだということに。ウラルがいるから自分が生きていられるのだと。もうこれ以上何もいらないと思った。 


 それからしばらくした。少女は風邪を引いた。

 段々意識が遠のき始め、少女はほぼ全ても体力を失っていて、その場に倒れた。

 気が付くと、少女はベッドの上に寝ていた。看護師の話によれば、ウラルが倒れているのに気付き、急いで院内へと運んだそうだ。少女はその話を頬を赤くして聞いていた。

 

 居候して一年がたった。噂を小耳にはさんだ。「あの病院の先生、結婚するんだって」「何でも院内の看護師さんとうまくいっていたっていう話じゃない」「おめでたい事ねえ」「今度あの宮殿でお披露目をするって」

 少女には到底信じられない内容であったが、お披露目に呼ばれたことで確信を得た。少女は泣いた。

 結局、お披露目にはいかなかった。かわりに、少女は髪を切った。鏡を見ずに、ひとりで、バッサリと。その姿はとても顔とは似て付かない無様なものであったが、少女はその姿に少し安堵した。今の自分にはこれくらいがちょうどいいと思った。

 荷物をまとめ、家をたつ。もうすれ違う人の視線はない。

 少女はゆっくりと町を出た。

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満月少女 れいとうきりみ @Hiyori-Haruka

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